第一章
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聖暦一六三―年八月二十三日(皇紀八三七年穂月二十三日) 八時00分
民主国同盟海外共同統治領南部グローヌ市近郊
ウンハルラント民主国陸軍第一山岳猟兵旅団 宿営地
旅団司令部用の天幕の中で、アイロイス・フォル・シュタウナウ大佐はオルコワリャリョの概念図を見つめていた。
図に書きこまれた尾根筋を示す線を睨むのは、
額に銀色のウスユキソウをあしらった帽章を頂く、戦闘帽に隠された灰色の髪は短く刈り込まれ、削り上げられたような頬は日焼けにより沈着した色素のお陰で浅黒い。
着古した灰色の野戦服の上に白と濃緑色の
概念図を片手に、
まだ少年と言っていいほどの若い当番兵が淹れた物だが、なかなかどうして、牛乳と砂糖、加加阿の配分は申し分なく、温度も極めて適温だ。
小さな満足と芳醇な風味を味わいつつ、それとは逆の不満と貧相さしか感じない概念図を忌々し気に卓の上に置く。
巨砲を積んだ軍艦が空を舞い、言葉や文字が電波に乗って全球中を駆け巡る時代に、わずか二百
苦々しい思いをなだめる為にまた
天幕の入り口辺りで衛兵が砂利を踏む音がするので誰か士官が来て敬礼したと思い、視線を上げると真っ黒い軍服を身に着けた若い士官が立っていた。
角張った同色の制帽には金色に光る火を吐く龍の紋章、終身大執政ゾンハルト・ブゲルが率いる『優生党』の軍事部門『民族防衛隊』が用いる紋章だ。
「旅団長、帝国の工作員がこの地域に侵入したとの情報を得ました。今すぐ出撃を!」
この旅団がまるで己の指揮下にある様な物言い、勢い彼を見る視線に不愉快感が現れてしまうが隠すことも億劫だ。
金髪碧眼、長身健躯、優生党の機関誌の表紙を飾りそうな理想的な支配民族の姿と言った彼に対し、シュタウナウ大佐はまるで教師が生徒に諭すような口調で答えた。
「今すぐ出撃と言うが、まだどの経路を進むべきか定まっていないのにどこを目指して進軍すればいいと言うのかね?デンツァー民族防衛隊少佐?」
顔が映るほどに磨き上げられた長靴を踏み鳴らし、デンツァー少佐はシュタウナウ大佐の元に歩み寄り、卓の上の概念図を指さすと。
「そんなものは最初から決まっているではありませんか、奴らは間違いなく
と、さも当然の様な口調で言うデンツァー少佐に対し、苦笑を見せた後シュタウナウ大佐は「反乱軍と対する時の理想的な彼我の戦力比は?」
すかさず少佐は答える「一対十です」
「結構。模範的な回答だ。では我が旅団の総兵力とオリャタン砦に籠る敵の兵力は?」
口を開きかけたが、何かを思い出したように少佐は口をつぐんだ。
「我が旅団の総兵力は七千二百、対して敵は判明しているだけでも五千、ひょっとしたら増強されているかもしないな。数では若干こちらが有利、士気や練度は同格としても地の利は圧倒的に敵にある。ところで少佐、今回の作戦の目的は何かね?」
「帝国の工作員を捕捉し、オルコワリャリョ登頂を阻止する事です」
「だったら、旅団の総兵力を敵が手ぐすね引いて待ち構えるオリャタン砦にぶつける様なマネは必要ないな。もっと効率の良い方法を私は取るべきだと思うがね、デンツァー民族防衛隊少佐」
何も言い返せず悔し気に睨みつけて来る少佐。シュタウナウ大佐は続けて。
「一〇〇〇に各大隊長を集め作戦会議をて行う。その時に私の考えを披瀝し各員の意見を聴取する。君も政治将校としての立場で意見を述べてもらいたい」
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