エピローグ
古城からの生還後、シオン様を連れ帰った僕は公爵様に大まかな事情を説明した。
古城の地下で戦闘になったこと、アトスがレベスを殺害し、彼の心臓と魔導書を用いて魔人書なる書物を作り上げたこと。そして、魔人書によって凶暴化したアトスは僕が塵も残さず消滅させたこと。
最後のは当然、
馬鹿正直に地獄の門に引きずりこみました、なんて言えるはずがない。熾天書のことは絶対秘密のことだからね。
事情を聞いた公爵様はかなり頭を悩ませていた。
死人が出たこともそうだけど、それ以上に魔人書という書物の存在が大きい。
他者の心臓と魔導書を贄として捧げることで、術者の魔導書を一段階上の強さへと引き上げ、切断されても再生してしまう程の人間離れした治癒力も手に入れてしまう。加えて、アトスの例を見る限り、性格もかなり凶暴になるようだ。
もしもこの魔人書を持つ者が大勢いて、それが全て敵となれば……どれだけの犠牲が出るかは想像に難くない。
今のところ王国内に魔人書の作り方を知っている者は僕と公爵様、そしてシオン様しかいない。危険なので迂闊に広めることは絶対に駄目だけど、国王陛下やフィオナの耳には入れておく必要がある。
国の脅威になりうる可能性があるものについては、国の中枢が把握しておかなければいけないからね。
報告することやこれからの対策など、話し合うことはまだあったけど、公爵様が「ここから先は我々の仕事だ。君はもう休むといい」と気を利かせてくれた。
何でも、顔色が悪すぎる、とのこと。
そういえば血を大量に失ったんだったと他人事のように思い出して立ち上がった直後、そのまま気絶。
大慌てで使用人を呼んで、僕が寝泊まりしていた部屋に運んでくれたのだとか。
緊張が切れた途端とは……ご迷惑をおかけしましたと、後日謝罪。
最後の最後に心配をかけるようなことになってしまって、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そして、一応事件が解決してから、三日後の午後──。
「粗方の事情は知っていたけど……やっぱり使ったのねッ!!!」
図書館の司書室でガルルッ! と威嚇する子犬のように声を荒げたのは、フィオナだ。クローバーの髪飾りが彼女の感情を表現するように揺れている。
「だから、使う可能性は高いって言っただろう? それに、あの時使わなかったら僕は死んでいたかもしれない」
「うっ、それはそうだけど……でも、わかってるでしょ?」
「知られることは本当に危険そのもの。最悪、周辺諸国からの抗議や不満が王国に殺到することになるね」
大陸には多くの国が存在しているが、大国と呼ばれるのは王国を含む七つのみ。その中で、唯一熾天書を保持していないのが王国だった。が、最高位の熾天書がない代わりに多くの智天書を保持していることで、王国は他の大国と対等の力を持っていたといえる。そんな中、突然「実は熾天書持ってます」なんてことが露見すれば、均衡を保っている大国のパワーバランスが一変してしまう。
熾天書にはそれだけの価値があるのだ。
「それについては謝る。でも、僕が必要と判断したら、僕は躊躇なく使う。大切な存在を護るためなら、尚更ね」
「……それには、私も含まれるの?」
「当然だよ」
「…………ありがと」
そっぽを向いてティーカップを両手に持ち、お礼を言うフィオナはいつもの数倍は可愛く見える。
一気に可愛くなるから、それわざとやってるんじゃないかって疑うくらいだよ。
いや、絶対無意識なんだろうけどさ。前に言ったら真顔で「?」と首を傾げられたし。
「ね、ねぇセレル。よかったら、この後──」
ティーカップを置いたフィオナは人差し指を突き合わせ、恥ずかしそうにちらちらと僕を見ながら何かを言いかけ──。
「セレル様は私の勉強を見てくださる予定ですので、フィオナ様は王宮にお戻りになられてください」
音もなく開かれた扉から、一冊の魔法書(勉強で使うもの)を手にした少女がフィオナの言葉を遮った。
図書館内なので静かに扉を開けたのはいいことだね。だけど、フィオナは微笑を浮かべ(何故か怖い)、入室した少女を見つめる。
「シオン、貴女はまだ休んでいなきゃダメでしょ? どうして図書館に来ているのかしら」
「もう身体は大丈夫です。それよりも、今は
「……そういえば、魔導書の力が使えるようになったって言ってたわね」
「まだ十全じゃないけどね。あの時も、無我夢中で発動できたみたいな感じだったし。だけど。一と零では大きな違いだ。一度発動できたのだから、そう遠くない未来に、シオン様は水天慈章の力を掌握できるよ」
本人の頑張り次第だけどね、と付け加えると、シオン様はとても嬉しそうな表情で僕の方へと歩み寄ってきた。
「わかっています。ということなので、勉強を教えてください、セレル様」
「もう少し休んでからでもいいと思いますよ?」
「いえ、少しでも早く覚えたいんです。じゃないと……誰かを護れなくなってしまいますから」
「……」
引き摺ってるみたいだね。僕が目の前で死にそうになったことも、自分のせいだと思っているんだろう。
責任感が強いことは悪いことじゃない。だけど、何でもかんでも背負ってしまうのはよくないことだ。この子はまだ十四になろうかという少女。そういう重いものを背負うのは、もっと先、成長してからでいい。
「わかりました。では、先にいつもの席へ行っていてください。僕は片付けてから行きますので」
「はい!」
嬉しそうに返事をしたシオン様は去り際、何故か一度フィオナの方を見た。
どういう表情をしていたのかは見えなかったけれど、直後の彼女が拳を震わせていたので、きっといいものではないだろう。
後で少し注意しておくか。
「ベルナール公爵、少し甘やかしすぎなんじゃないかしら……」
「そう言わないであげてほしい。あの子は自分の命が危険に晒されたばかりなんだ。少しでも頼れる存在の傍にいたいと思うのは、子供なら当然だよ」
「……折角二人でお茶できると思ったのに」
「ごめんよ。けど、どのみち今日は図書館も開いているし、ここを離れるわけにはいかないんだ」
「……次の休みは、一緒に、行こ?」
「勿論。二人でね」
綺麗な髪を撫でると機嫌を直してくれたみたいで、「わかった」と頷いてくれた。
「でも、貴方もまだ休んでいた方がいいんじゃない? まだ三日しか過ぎていないんだし、身体も万全じゃないでしょ?」
「寧ろ三日も休んだんだ。これ以上は流石に気が引ける。この図書館には沢山の人が訪れて、各々知識を深めたり、憩いの場にもなっている。特に学生さんなんかはこの時期、ここを利用したいだろう。それに──」
「それに?」
小首を傾げるフィオナ。
僕はソファの上に置いてあった博士帽を手に取り、頭に乗せる程度に浅く被って、右手で自分の胸を叩いた。
「僕はこの図書館で唯一の、宮廷司書だからね」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
一章はここで完結になります。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
二章は暫し、お待ちいただければと思います。
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