30. チートな剣術

  パラパラ、と砕け散る氷柱は、星屑のように、月光に青白く煌めいていた。

  蛍が舞っているような、そんな綺麗な眺めにうっとりしていると、いきなりレオンにがしりと肩を掴まれた。

  驚いた顔をすれば、あ、すまない、と言って、慌てて手をどける。


「どういうことだ?」


  レオンは酷く困惑した様子で、聞いた。


「本当に、人には言わないでほしいんだけど」


  前置きをするとレオンも、俺も人に言わないでほしいから、と頷く。

  確かに、お互い脅しのきいた秘密を共有する仲で成り立っていれば、抑制作用が働く。

  納得して、家でずっと秘密にしていたことを人にばらす罪悪感を感じつつ、打ち明けることにした。先に剣術、というか魔法を粉々にしてしまったわけだし。


「私ね、昔から、剣が得意なの」

 

  言うと、彼は見れば分かる、といったふうに頷いた。


「本当にね、得意だった。女の子だからって理由で今まで隠してたんだけど」


  今までずっと眠らせていた小さい頃の記憶を、そっと呼び覚ます。

  独特な緊張感に、エリーズは深呼吸をした。


 ーーまだエリーズが六歳の頃。護身術を習うために、お父様が剣の先生を雇ったことがあった。

  この国でも、そこそこ有名な人だったと思う。剣の初心者も初心者であるたった六歳の少女が、教えを乞うような人でなかったことは確かだ。

  しばらくはその剣の師匠に簡単な型について教えてもらい、あとは実践するだけ、となった。しかしここで、事件が起きたのである。




  三回あった師匠との練習試合。それにストレートで勝ったのだ。




  最初は師匠が、やる気をつけされるためにわざと負けているのだと思っていた。

  しかし、三回目の試合で師匠がムキになり、魔法を使ったことでエリーズの異才ぶりが発覚した。

  師匠が使ったのは炎の攻撃魔法であった。赤い火花を吹き出す炎の龍を、エリーズよりかなり離れたところに放ったのである。多分気を引きつけ、隙をついて勝とうとしたのだろう。それで、


「先生油断してました。貴女、練習頑張ったんですね。だけど、戦場ではこんな風に、いきなり隙をつかれることもあるんです。気を抜いてはいけませんよ」

 

  なんて言っていたはずだ。六歳の女の子相手に何やってんだ、という話ではある。それにそもそもこの国では、魔法は武器として使われるものだ。それを剣の練習試合で使うなんて、ありえないことなのである。

  だがエリーズの中身は十七歳の少女であった。しかもその時はまだ厨二病を拗らせまくっていたので、心の中で


(くっ……右手が……疼く)


  なんて言って、まさかの炎の龍に飛び出していったのだ。今から思うと、とんでもない馬鹿である。師匠は焦り、彼の人生の中で一番最速で走って魔法を止めにいったが、間に合わなかった。その場にいた誰もが絶望し、師匠が自分の首と胴体が泣き別れし、その辺の森にでも捨てられるところまで想像したところで、エリーズはあっさり龍を切り刻み、戻ってきた。

  誰もが驚愕した。しかし、本人は無邪気に、師匠、新しい剣の型教えて、なんて言って笑っている。

  誰かがエリーズに怪我がないか確認したが、かすり傷一つなく、健康体そのものであった。

  師匠はその事実を知ると、さらにムキになった。新しい剣術の型を全部教え、ついでに体術まで教え始めた。誰も彼を止められなかった。

  こうして、新たな怪物が爆誕したのである。





  という話を、伏せるべきところは伏せて話すと、レオンは若干引き気味にそうか、と頷いた。


「目には目を歯には歯を、ていうけど、別のものぶつけてみてもいいんじゃない? って思うの。どれだけ役に立つかは分からないけれど、魔法を消すことができるなら、この剣術も、使えるんじゃないかしら」


  そう言うと、レオンは悩む素振りを見せた。今の話、そして実際の行動を見て、彼の中で天秤にかけているのだろう。

  だって、魔法を剣で刻めるのなんて、この世界にはエリーズ以外にはいないだろうから。


  しばらく経って、彼は分かった、と首を縦に振った。


「ただ、魔王の部下が学園に戻ってくるのは三ヶ月後。計画したことは、それから始める」


  エリーズは新たな世界に飛び込んだのを身をもって感じ、真剣に頷いた。それに、彼のお姉さんを助けないと、次にどんなバッドエンドフラグが来るのか分からない。だって私は悪役令嬢なんだもの、どんな困難もへし折って、絶対に幸せな生活を掴んでやるわ、と心に決めて、ふと我に返った。


(あれ? 乙女ゲームって、こんなだったっけ? 悪役令嬢って、こんなだったっけ?)

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