24. 階段から落ちて

  ごめん、俺のせいで……


  誰かの声で、意識が覚醒した。夢か現か分からぬまま、その声に耳を傾ける。


「俺はからかったりしてばかりだし……なのにこういうとき、こんな目に逢うのはいつもエリーズで……」


  手が、ぎゅっと握られる感覚がした。男性らしく大きいのに、白くて、ほっそりとした、綺麗な手。つやつやすべすべしていて、羨ましいな、と何度も思ったっけ。


「アラン様、もうお時間が……」


  女性がアランを呼ぶ声がした。たぶん侍女だろう。


「分かった。もう行く」


  答えたアランはその握りしめた手を緩くほどいた。温くて安心できたのに、と少し残念に思う。


「ごめん、俺もう行くから」


  手に唇が触れる感覚がした後、ゆっくりと隣の気配は無くなった。寂しい、なんてキャラじゃないかな。

  ただ、眠い。もうちょっと、寝よう。




 


 *****アランside


  エリーズが、階段から女に突き飛ばされた。そんな知らせが入ったのは、もう昼休みも半ばを過ぎた頃だった。

  知らせに来てくれたクルーエさんも、青白い顔をしていて、大きな怪我をしている可能性さえあるそうだ、と泣きそうなまま言った。

  今は保健室で安静にしているとのことで、ほんの少し安心する。

  思えばそのときから嫌な予感はしていたのだ。

  女がエリーズを突き飛ばした理由、それがやっと分かったのは、もう学校が終わる頃だった。


「ずっと、憎いと思っていたの。昔から。あの女は私の邪魔ばかりする」


  女は、そう言ったそうだ。

  調べると女は、どこかの下っ端の貴族だが、俺と婚約していた可能性もあったとのことだった。

  たぶんその事で、勝手にエリーズに恨みでも抱いていたのだろう。

  こういうことは珍しくない。

  その度に迷惑を被るのはいつもエリーズで、自分は何もされない。

  ただぬくぬく、王子、として守られているだけだ。




  昔からエリーズは、不思議な少女だった。

  彼女と初めて会い婚約した五歳のとき、彼女は貴族の娘らしく我儘で、少し人見知りで、そして優しかった。

  なのに、次に会ったとき、彼女は妙に大人びた顔をしていて、エリーズと話しているとき、まるで母親を相手にしているような感じがした。

  幼いながらにすごく不思議に思ったのを覚えている。

  俺が歳を取るにつれ、そんな違和感は少しづつとけていったが。

 



  さっきエリーズの様子を見に行ったとき、彼女はまだあどけない顔をした少女だった。

  聞こえているかどうかは分からない。けれど、眠っているときくらい、普段は言わないようなことを言ってもいいだろう。


「俺はからかったりしてばかりだし……なのにこういうとき、こんな目に逢うのはいつもエリーズで……」


  小さく呟いて、手の甲にキスをして、部屋から出た。

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