14. ピロシキと無限ループ
少しの冷たさを孕んだ爽やかな風が、身体に染みるようで心地いい。まだ生え始めたばかりの芝生は柔らかく、靴底を優しく包む。そして、青空。雲一つ見当たらず、どこまでも続いているようで、見上げると自分がこの世にたった一人残されたような、そんな寂しさを伴っている。
そんな詩にしたくなるような風景の中、エリーズはぶすくれていた。
隣には、幸せそうな顔でピロシキを頬張る少年が一人。
「それ美味しい?」
「結構うまい」
「そう」
先程から単純な会話しか続かない彼らに一体何があったのか。
それは数十分前に遡る。
*****
「それで、何をやっちまったんだ?」
しつこく聞き続けるレオンに、エリーズは痺れを切らした。
「もう分かった。もう分かったから、とりあえずここじゃないどこかで話そう」
結局利用する人も少なく、また周囲に話を聞き取られる可能性の低い中庭のベンチがいいね、という話になり、二人してベンチへ腰掛けた。
エリーズは途中トイレで男装を外そうかと思ったが、エリーズ・ベルナールの状態でレオンと二人きりで話すというのも色々な意味で目立つ。
それにアランという婚約者がいるのに、勘違いされるような真似をするのも良くない。そういう考えにいたって、女性の格好に戻るのを諦めた。
「私が男装してたのはね、アランに気づかれないようにするためなのよ」
「やっぱり」
意外な返答に驚いて隣を見ると、レオンがすごいドヤ顔をしていた。ちょっと可愛いな、なんて思ってしまう。
「何でそう思ったの?」
エリーズは聞き返した。理由によっては、アランに気づかれている可能性もある。例えばーーウィッグの隙間から地毛が見えていた、とか。やっぱり腕時計で分かったよん、とか。
「何でかは、俺も分からん。ただ、ベルナールさんに似てて、すごく。顔って言うよりも、立ち方、とか目線の向き、とか」
「何でそんなに私に詳しいの?」
ストーカーを見るような目で、エリーズは彼を見つめた。令嬢という立場上、だからかは分からないが、エリーズは何回かストーカーに合ったことがある。
とは言ってもセキュリティはちゃんとしているし、本当に危ないときはボディガードが登場する。
「いや、別に詳しいわけではない」
ストーカー、という言葉から、ふと今朝部屋の中を覗き込んでいた烏が思い起こされた。しかも彼の髪の色と、ぴったり一致する。
「まさか烏使って覗きしてたりしないよね?」
「烏?」
彼の頭上にぴこんと、ハテナマークが浮かんだ。どうやら本気で分からないらしい。
「烏ってなんだ?」
エリーズは無限ループにハマったのを実感した。
*****
結局朝の烏のことも説明し、ついでに手紙のことを突然頭の中で、神様からのお告げが告げられたのだ、という風に置き換え弁明し、全てが解決した。
彼は納得してから、近くに来ていた屋台のピロシキを買いに行き、さっきから隣で食べている、というわけだ。
男装事件で全ての体力を使い果たしたエリーズは、こうして無言になっている。
「そういえば」
はもはもとピロシキを頬張ったレオンがふと口を開いた。
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