第6話 次は冒険者ギルド
ドネリー子爵邸をあとにした俺たち三人――、俺とアリシアとセシリアおばあさんは冒険者ギルドへと向かっていた。
ブラッドリー小隊長はドネリー子爵から「まだ報告があるでしょう? お前は残りなさい」とピシャリと言われて居残りである。
「先触れの際に古代ノルト語のことをなぜ報告しなかった、と叱られとる頃じゃろう」
とはセシリアおばあさん。
普段は澄ました顔をしているブラッドリー小隊長だが、知らないところで苦労をしているんだな……。
ところで、とセシリアおばあさんに聞く。
「ドネリー子爵はどの程度あてにしていいんですか?」
「今日のあやつを見た限りでは頼りないと思うのもしかたがないが、見た目よりもずっとしっかりしているし頭も回る。なによりも情にも厚い娘じゃ」
信じてやってくれるとワシも嬉しいよ、と静かな口調で締めくくる。
彼女のことを信頼しているんだな……。
なら俺も彼女を信頼しよう。
そう思った瞬間、
「もっとも、情に厚い以上に利にさとい娘じゃがのう」
と高らかに笑った。
いい雰囲気が台無しじゃないか……。
「利にさといのは置いておくとしても、セシリアおばあさんが信頼しているなら、俺も彼女ののことを信頼します」
「ありがとう」
ドネリー子爵の言葉が脳裏に蘇る。
「これまでの状況から考えれば、ダイチが古代ノルト語を読めるというのは間違いなく広がるわ。なら、噂が広がって王家が動く前にあたしの領地で研究を進めて実績を残しましょう。古代ノルト語の研究をするなら、このドネリー領で、と思われるようにするのよ!」
残された時間は限られているから急ぎましょう、と意気揚々だった。
「最初は秘密裏に研究を進めて、無視できないほどに噂が広がったところで大々的に古代ノルト語の研究成果を発表すると言ってましたね」
隠し通せないところに至って、「実は古代ノルト語の研究を秘密裏に進めていました」と発表するのだが、これだと彼女が負うリスクも相当に高い。
下手をしたら王家の不評を買う。
そこまでのリスクを十二歳の少女に追わせる罪悪感が襲う。
「当主を引き継いだばかりとはいえ、ノイエンドルフ王国第二の都市であり、この地方で最も栄えた商業都市を有するんじゃ。財力、権力ともに頼るに値するのは間違いない」
「曾お祖母ちゃんもいますし、そうなれば王家とはいえ、無理なことは言えなくなるはずですです」
俺の不安を見透かしたような二人のセリフ。
ドネリー子爵家と大陸有数の錬金術師であるセシリアおばあさん、この二つが簡単に揺らぐような土台でないと。
「ベルトラムの気が変わっておらんかったら、ヤツの商会を押し上げるような商品をもっと提供するのもありじゃ」
可能ならお菓子や料理のレシピのような量産ができる商品が望ましいと言った。
トレーダースキルのことは伏せているので当然の結論だろう。
「そうですね。量産できそうな商品がないか考えてみます」
「ベルトラム商会の影響力が国内外で増せば反発も強まるじゃろう。しかし、得るものはそれ以上のはずじゃ」
国内有数の大商会であるベルトラム商会は、現時点でもノイエンドルフ王国のみならず他の国の経済にも影響力を持つ。
その影響力が増せば確かに心強い味方になるし、俺のトレーダースキルを最大限活かすのにも適した相手だ。
トレーダースキルの活用は後ほど考えるとして、もう一つ気になるのはヴァイオレットの身辺警護の件だ。
何度も襲われたということだし、明るく振る舞ってはいても不安なのだろう。
「身辺警護というのもきな臭いですよね」
「お家騒動を解決するくらいの心づもりでいればよかろう」
簡単に言ってくれるなあ。
前当主であるヴァイオレットの父親と継承権第一位だった彼女の兄が他界したのが一年前。
領内の視察中に盗賊に襲われて命を落としているのだが……、ヴァイオレットは亡父の弟――、つまり叔父が暗殺したと疑っている。
継承後わずか一年であるが、この間にも彼女も何度となく身の危険に晒されていた。
貴族の後継者争いとなれば血なまぐさくなるのはしかたがないとしても、十二歳の少女がその渦中にあるというのはあまりに可哀想な話だ。
口にはだせないが、別に俺を庇護する条件なんて付けなくても頼まれたら護衛くらい引き受けていただろうな。
「十二歳で両親を亡くしたにも関わらず、健気にも領主をしている……。護ってやってくれ。ワシからも頼む」
セシリアおばあさんが深々と頭を下げた。
友人の曾孫を心配するとか、やっぱり優しいよな。
「精一杯護衛します」
俺も幼い頃に両親を亡くして祖父母に引き取られた。
重ねてしまうものはある。
「店の方はどうするんじゃ?」
「改修工事をしようと思っています」
当面は自宅兼店舗の改修工事があるから、その間は問題なく護衛に専念出来るだろう。
その先をどうするかも考えないとな。
「それが終わったらどうするつもりじゃ?」
「暗殺計画が本当なら、阻止するだけじゃなく根本から解決したいと思っています」
「時間がかかるかもしれんぞ」
「ダイチさんは騎士になりたいのですか?」
「騎士になるつもりはないよ。ただ、ヴァイオレットに安心して眠って欲しいと思っている。それと……、商人としてこの大陸の人たちに便利な道具を使って貰いたい」
魔力のない人たちにも豊かな暮らしが出来るようになって欲しい。
その言葉は飲み込んだ。
しかし、飲み込んだ言葉を知っているアリシアが誇らしげな顔で言う。
「ダイチさんの優しいところ大好きですよ」
「甘ちゃんじゃのう」
独り言をつぶやいたセシリアおばあさんが冒険者ギルドの扉を開けた。
◇
俺たちの姿を見た受付嬢がスカートを翻してカウンターから飛び出してきた。
待合スペースに設置されたテーブルの一つに着いていたスハルの
「これはハートランド様。本日はどのような御用向きでしょうか?」
「先般依頼した無属性の魔石を引き取りに来た」
受付嬢の視線が一瞬俺とアリシアの上をさまよう。
「無属性の魔石ですね! 勿論、覚えています! 確か五十個のご依頼でした!」
少々お待ちください、と言い残して再びカウンターの向こうへと飛び込んだ。
「若い者は元気じゃのう」
「あたしもあそこまで元気な受付の方は初めて見ました」
「アリシアはあんなことをしちゃいかんぞ」
「しませんから安心してください」
スカートを翻してカウンターを飛び越える度に男性冒険者からどよめきが上がったが、いまは次に彼女がカウンターを飛び越えるところ見逃すまいと神経を集中して静まりかえっていた。
制服、スカートじゃなくズボンにした方がいいんじゃないか?
などと思いながら、俺たちはカウンターへと歩き出す。
瞬間、何が起こったのか察した男性冒険たちの間だから落胆の声とため息が漏れた。
すまない、男性冒険者諸君。
ここまでは太ももまでしか見えなかったが、万が一次で下着でも見えようものなら彼女も俺も気まずい思いをする。
俺は男性冒険者からの
「依頼の達成報告に来ました」
そう言って無属性の魔石五十個の依頼書と革袋をカウンターの上に置いた。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
『無敵商人の異世界成り上がり物語 ~現代の製品を自在に取り寄せるスキルがあるので異世界では楽勝です~』好評発売中です
皆様、書籍版もどうぞよろしくお願いいたします
作品ページです
https://sneakerbunko.jp/series/mutekisyonin/
Bookwalker様商品ページ
https://bookwalker.jp/deca6c822c-70af-447e-bee6-d9edb8a53c46/
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます