第41話 マンティコアと手紙

 瞬間移動能力は最悪の可能性として、それ以外に考えられるのは……、フィオナと類似した能力。

 己の姿を別の場所に映し出す能力か……。


 マンティコアが距離を保ったままゆっくりと動く。

 再び巨木の裏側へ回り込んだと思った瞬間、こちらへ向けて走り出した。


「フー!」


 ニケも同時に反応する。

 ニケが反応しているということは、敵は間違いなく正面にいる!


 迫るマンティコアに合わせて踏み出そうとしたそのとき、視界が白く染まり衝撃が俺を包んだ。

 雷撃――、マンティコアの魔法攻撃か!


 だが、身体は動く!

 さらに加速して正面のマンティコアに長剣を突き出す。


 捉えた!

 そう思った瞬間、長剣の軌道上にあったマンティコアの姿が消え、五十センチメートルほど横にそれたところに姿を現した。


 方向転換をしたような動きじゃない。

 まるで最初からそこを走っていたようなスムーズな動きで俺に飛び掛かってきた。


 そのまま右腕に牙を突き立てる。

 青白い光が激しく輝く。


 こいつも魔装が使えるのか!

 だが、これで動きは止まった。


「ニケ!」


「ミャー!」


 水の精霊魔法――、ニケの放った水の弾丸ウォーターバレットがマンティコアの首筋に直撃し、魔装を削る青白い輝きが生まれる。


「ガァー!」


 多少なりともダメージはあったようだ。

 衝撃に耐えきれなかったマンティコアが再び俺との距離を取ると、巨木の陰へと回り込もうとする。


 これで三度目……、相手の視界から姿を消してからの攻撃、これがこいつの戦闘スタイルなのか?

 攻撃のタイミングを計らせないため?


 魔法を使うためか?

 身体強化や魔装に振り分けていた魔力を攻撃魔法に振り分ける予備動作……?


 最初の背後からの攻撃も何らかの魔法攻撃なのか?

 幾つもの疑問が渦巻く。


 巨木に身を隠したマンティコアが、三度みたび飛び掛かってきた。


「ミャ!」


 ニケが反応する――、だが、方向が違う。

 巨木の左側から飛び出してきたマンティコアには反応せず、何もない巨木の右側――、マンティコアが巨木の裏側へと回り込んだ方向に反応した。


「フー!」


 ニケが虚空を威嚇する。

 俺は迫るマンティコアを無視してニケが反応した虚空へと狙いを定めた。


 その瞬間、今度は足元から火柱が上がる。

 予想通り物理攻撃がヒットする直前に魔法攻撃を仕掛けてきた。


 魔装に全振りをしておいて正解だった。

 ダメージは皆無。


「ニケ、やれ!」


 掛け声と同時に身体強化へも魔力を割り振り、長剣を虚空へと突き出した。

 瞬間、両腕にもの凄い衝撃が伝わる。


 同時にニケの放った水の弾丸ウォーターバレットが虚空に吸い込まれ、血飛沫が辺りを染めた。

 今度は魔装を削る輝きは発生しない。


 虚空から致命傷を負ったマンティコアが姿を現す。

 やはり幻影だったか。


 幻影を使いながらの魔法攻撃では、魔装までは魔力が回せなかったようだ。


「グゥー……」


 マンティコアの苦しそうなうめき声に続いて、かなり離れたところから恨み籠もった叫び声が上がる。


「貴様ー! よくも私の従魔をー!」


「随分と離れたところに隠れていたな」


 たったいま、駆けつけた様子の男に向かって言った。


「テイマーが側にいなかったとはいえ、まさかマンティコアを単独で倒せるとは思わなかったわ」


 なおも恨み言を叫び続ける男を制して、現れたのはリネットさんだった。

 続いて男が三人姿を現す。


 誰も彼もボロボロだった。

 防具の損壊具合に比べて大きな怪我を負っていないのは水魔法で回復をしたからだろう。


「お久しぶりですね、お元気そうで安心しましたよ」


「危うく死ぬところだったわよ」


 リネットさんが怒りの形相で睨み付けたのは、俺の背後に駆け寄るアリシアだった。


「そこのガキみたいななりをした女のお陰でね!」


「ガキみたいななりって……、失礼ですね!」


「善人ぶるんじゃないわよ! あんたの攻撃魔法の不意打ちで、こっちのメンバーの半数が死んだのよ!」


 自分のことを棚に上げてここまで相手を非難出来るって、ある意味に才能かも知れないな。

 非難されているアリシアはというと、取り合うのをやめて俺の心配をし出した。


「ダイチさん、お怪我はありませんか?」


 続いて、「あと少しで生き残った冒険者があたしの索敵範囲から外れます」とささやく。

 そこまで離れれば流れ弾で死者を出すこともないだろう。


「大丈夫だ、かすり傷一つ負ってない」


 俺の言葉にアリシアが安堵の表情を浮かべ、


「マンティコア相手にして無傷ですって……」


 リネットさんが悔しそうに唇を噛む。

 アリシアに続いてロドニーが駆け寄る。


 二人からさらに距離を置いてレイチェルとノエルに護られた商業ギルドの三人がこちらへと向かっていた。


「敵さん、かなりボロボロですが投降したんですか?」


 ロドニーの一言にボロボロになった敵集団の表情が変わった。


 誰もが怒りを顕わにしている。

 諦めた目ではない。


 まだ何か隠し球があるのか……?

 ダメ元で情報を引き出してみるか。


「俺に関して事前にある程度の情報を得ていたようだが、どこから入手したんだ?」


 俺がマンティコアを単独で倒せるとは思わなかった、とリネットさんが言った。

 事前に何らかの情報を得ていたということだ。


「まあ、殿方の情報をコソコソと嗅ぎ回ったのですか?」


 なんてはしたないを! とアリシアが驚きの視線をリネットさんに向けた。

 彼女の頬が引きつる。


「答えたくないわね」


 聞き出す機会を失ったか……。


「質問を変えよう。手紙について教えてくれ」


「手紙? なんのことよ?」


「俺宛の二通の手紙だ」


「誰かと勘違いしてるんじゃないの? 何であたしがあんたに手紙を出すなんて考えるのよ?」


 本当に知らなさそうだな。


「自分たちの組織の内部事情を匂わせるものだったんだが?」


「いつでも組織を裏切れるから受け入れて欲しい、って臆面もなく書いてあったじゃないですか!」


 俺がハッパをかけると、アリシアが嘘の情報でリネットさんを煽る。


「バ、バカなこと! そんな手紙なんか知らないわよ!」


 不審の目を向ける仲間たちにも、「手紙なんてしらない」と弁明しだした。


 そして、


「これはあの底意地の悪い女の作戦よ!」


 とアリシアを指さしてわめきだす。


 どうやら本当に知らないようだ。

 とすると、あの手紙の差出人は誰なんだ……?


 俺の脳裏に一人の女性が浮かんだ。

 シスター・フィオナの泣き顔を頭から振り払って言う。


「さて、大人しく降伏するか?」


「あり得ないわね」


 敵集団の空気が変わった。

 タイミングを見計らったようにアリシアがささやく。


「索敵範囲の外に出ました」


 そろそろ決着を付けるか。






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        あとがき

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『無敵商人の異世界成り上がり物語 ~現代の製品を自在に取り寄せるスキルがあるので異世界では楽勝です~』が12月24日に発売となりました

皆様、改めてどうぞよろしくお願いいたします


作品ページです

https://sneakerbunko.jp/series/mutekisyonin/


Bookwalker様商品ページ

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