第20話 言いわけ

「ミャ?」


 俺とアリシアの勢いにテントで留守番をしていたニケが驚いて飛び起きた。


「ごめん、ニケ」


「驚かせちゃってごめんなさい」


「ミャー?」


 抱えていた本をテーブルの上に置くとニケの関心が本へと移った。

 しきりに匂いを嗅ぎながら積み上げた本の周りをグルグルと回り出す。


「あら? ニケちゃんも興味があるの?」


「ミャー」


「でも、この本だけはお姉さんに貸してね」


 アリシアが手に取ったのは「精霊魔法の付与魔法への応用」。

 古代ノルト語で書かれた写本だった。


 予想はしていたがブレないなあ。

 俺が内心で苦笑していると顔を輝かせたアリシアが件の本を抱えて迫る。


「ダイチさん、こちらの本を読んでください」


「いま?」


「はい」


 アリシアの弾む声に続いて、テントの外からメリッサちゃんの声が響く。


「アサクラ様、アリシア様、入ります」


「え?」


「ちょっと待っ」


「失礼します」


 こちらの承諾を待たずにメリッサちゃんがテントへと入ってきた。

 俺たちを追いかけていたのは気付いていたし、聞かなくても用件は想像できる。


「古代ノルト語のことかな?」


 落ち着いた表情でうなずくメリッサちゃんに興奮したアリシアが身を乗り出して言う。


「これからその古代ノルト語の写本を読んでもらうところなのです」


「写本を読んでもらう前にアサクラ様と少しお話をしたいのですが」


「明日ではダメでしょうか?」


 普段のアリシアからは想像もできないようなポンコツな反応だ。


「皆さんの酔いが覚める前にお話をしておきたいので」


「ダイチさん、まだお酒ありますよね?」


 追加で酒を用意して酔い潰してしまおうという考えらしい。

 発想が斜め上過ぎる。

 普段のアリシアからは想像もできない思考だ……。


「アリシア様のお気持ちも十分に理解できます」


「解ってくれますか?」


 目を輝かせてメリッサちゃんの手を取った。


「精霊魔法を付与魔法に応用できるとしたら、これまでの付与魔法が大きく変わります。もし、錬金術にまで影響が及ぶようなら歴史的な大発見です」


 メリッサちゃんの言葉にアリシアの瞳がさらに輝く。


「ですよね! 精霊魔法が役に立つかも知れないと思うと、もう居ても立ってもいられません」


 アリシアが勢い込んで話し始めた。


 錬金術や付与魔術に使われる魔法は属性魔法である。

 それがこれまでの常識だった。


 アリシアの最大の武器は希少な精霊魔法を全属性で使えること。

 しかし、錬金術師を目指すアリシアにとって自身の最大の武器である精霊魔法を活かせないと諦めていたのだという。


 なるほど、そこに一筋の光が射したというわけか。


「アサクラ様、よろしいでしょうか?」


 アリシアとの会話が一段落したところでメリッサちゃんが俺へと視線を向けた。


「それで、急ぎの用件とは?」


「その前に幾つか確認をさせてください」


 俺は無言でうなずく。


「アサクラ様はなぜ古代ノルト王国の文字を読めるのでしょうか?」


「もう薄々気付いていると思いますが、俺はこの大陸の者ではありません」


 遙か東方の大陸から単身渡ってきたのだと告げる。


「俺の故郷では科学と学問が盛んで俺自身も大学で古代の文献を研究していました」


「それが古代ノルト王国ということですか?」


 俺は首を横に振る。


「古代フェルト王国の研究チームに所属していました。古代フェルト王国ではフェルト語の他に書物の中にしか記されていない言語――、文字がありました。俺たちは便宜上「第二フェルト文字」と呼んでいました」


 それがこの大陸で言うところの「古代ノルト文字」なのだと告げた。

 もちろんでまかせである。


 古代フェルト王国なんていま思い付いたデッチ上げだ。


「偶然、と言うことですか……」


 深刻そうな表情で黙り込むメリッサちゃんに、我慢しきれないといった様子でアリシアが聞く。


「解決しました? 解決しましたよね?」


 書かれた内容を一刻も早く知りたいのだろう、件の本を抱えたアリシアが「もういいですよね?」と全身で訴えている。


「いいえまだです」


「理由が分かったのですからもういいのでは?」


 それ以上何が知りたいのかと不満げに聞き返した。


「古代ノルト語の文字が読める理由が知りたかったわけではありません」


 今回の件、あの場にいた大半の人たちが酔っていたので大きな騒ぎにはならなかったが、酔いが覚めれば異常な出来事だったと解る。


「酔いが覚めれば、アサクラ様が古代ノルト語を読める理由を知りたがるでしょう」


 まあ、そうなるか。


「表向きの理由が必要と言う理解でいいですか?」


「ご理解頂けたようで助かります」


 俺が古代ノルト語を読めるという噂が広がるのは阻止できない。

 ならば余計な詮索をされないよう納得してもらえる理由を一緒に考えようと言うことである。


 ――そこからすぐに話し合いを行い、考えた言い訳が次のものだ。


 俺の曾祖父も祖父も大学の研究者で代々学問を重んじる家系だということ。

 俺自身も曾祖父や祖父の研究を幼い頃から叩き込まれたため、古代ノルト語や現在使われている多数の言語に造詣が深い、ということにした。


「幾ら言い訳を用意しても、尾ひれが付いた噂が一人歩きするのは間違いないでしょう」


 メリッサちゃんは噂が一人歩きしたあとのことを懸念していた。


「予想される問題はどんなものがありますか?」


「ノイエンドルフ王国の王侯貴族、大学がアサクラ様の学識を求めて接触してくることは間違いありません」


 俺の質問にメリッサちゃんが即答した。


「もちろん他国も、です」


「他国に移るつもりはありませんよ」


「最初こそ好条件を提示して招聘しようと思うでしょう。ですが、アサクラ様にその気がないと分かれば強硬手段に出るかも知れません」


 むしろその可能性が高いと言い切った。


「いくら何でも強硬手段はないでしょう。下手したら戦争になりませんか?」


「相手もバカじゃありませんから表だっての強硬手段はないと思います。ですが誘拐ということはあり得ます」


「ダイチさんを誘拐ですか? 難しいのではないでしょうか?」


「それにはあたしも同感です」


 要は歓迎しない連中が近付いてくるということだ。


「誘拐犯がやってくる前に魔石の確保と市場調査を完了させて帰りましょう。そうすれば少しは安心できますよね?」


「それはまあ、確かに」


 どこかずれたアリシアの言葉にメリッサちゃんが何とも言えない表情で返した。


 噂が広がるにしてもまだ時間がかかる。

 荒事を伴うような問題が起こるとすれば俺たちがカラムの町に戻ってからだ。


 そうなると俺の対応しだいのところはあるよなー。


「警戒を怠らないようにします」


 俺の言葉にメリッサちゃんがジト目で返す。


「どちらかというと大ごとにしないようにして欲しいんですけど」


「努力してみます」


 そう遠くない将来、トラブルがやってくることを覚悟しながら力無く笑った。

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