第18話 故郷の酒

 宴と言っても旅の途中なので普段の食事よりも酒が少しだけ多めに並ぶ程度である。

 それでも宴の支度をする人たちはどこか浮かれているように見えた。


 俺もアリシアと一緒に皆に披露する商品を並べている。


「皆さん、こちらを見ていますよ」


「珍しいんだろうな」


 まだ準備中と言うこともあって直接商品を見にくる人はいなかったが、興味津々と言った様子で遠巻きに診る人たちは大勢いた。


「フーッ」


「どうしたのニケちゃん?」


 俺の足下で不機嫌な声を上げるニケをアリシアがのぞき込んだ。

 ニケの視線の先に目をやるとリネットさんが手を振りながら近付いてくるのが見えた。


「どうもリネットさんと相性が悪いみたいなんだ」


「まあ、ニケちゃんもあの人が嫌いなのね」


 アリシアは笑顔でニケを抱き上げると、「一緒ねー」と聞こえよがしに語りかける。

 その笑顔が怖い。


 リネットさんが宴の提案をして以降というか、俺が珍しい商品を持っていると噂が広がってから急速に俺との距離を詰めてきていた。

 そしてその距離の詰め方が問題だ。


 リネットさんは自分が美人で色気があるということを承知した上で、それを利用して近付いてくる。

 鈍い俺でも彼女が誘惑してきていることくらいはすぐに分かった。


 お陰でリネットさんと会話をしたあとはアリシアが不機嫌になる。


「ダイチさん、面白い商品を並べているって聞きましたよ」


「俺の故郷の商品です」


 いつのまにか「ダイチさん」呼びだ。


「これですか?」


 胸元の大きく開いた服でテーブルに並べられた商品をのぞき込む。

 俺は、日本酒、ウィスキー、ワインなどの各種アルコール類を十種類ほど用意していた。


 俺は彼女の胸元を見ないようにして聞く。


「これがなんだか分かりますか?」


「ガラス、ですよね?」


 凝った造りの瓶を手に取った。

 琥珀色の液体が夕陽に映える。


「中はお酒です」


「とても高そう」


 リネットさんが胸元でウィスキーの瓶を弄ぶ。

 白い胸の谷間に艶めかしく琥珀色の光を落とす。


「そうですね、ここに並べたお酒の中では一番高価なお酒ですよ」


 俺とリネットさんの間に入ったアリシアが彼女の手からウィスキーの瓶を奪い取った。


 怖ーよ!

 こんな強引なアリシアは初めて見た。


 そんなアリシアの視線を真っ向から受け止めたまま、リネットさんが「それで、その一番高価なお酒で幾らくらいなの?」と聞いた。


「銀貨三十枚です」


「庶民にはちょっと手が出せない価格だわ」


 銀貨三十枚――、日本円で三十万円。

 富裕層や貴族相手の商品と考えればむしろ安価なくらいだ。


「こちらが一番安価なもので、銀貨一枚です」


 アリシアを間に挟んだ状態で、腕を伸ばしてワインのボトルを彼女の前に移動させる。

 周囲のざわめきがいつの間にか消え、宴の支度をしているはずの人たちの視線がこちらに向けられていた。


 周囲の関心がこちらに向いている。

 予定よりも少し早いがお披露目といくか。


「どうです、一杯試飲をしてみますか?」


 俺はアリシアの後ろでウィスキーの封を切った。


「いいんですか?」


「お酒で財布のヒモが緩むのが狙いです」


「しっかりしてますね」

 用意したコップにウィスキーをなみなみと注ぐ。

 すると、その芳醇な香りがリネットさんの鼻腔をくすぐったようで彼女の目の色が変わった。

「うーん、いい香り」


 艶っぽい声でそう言うとウィスキーを軽く一口飲む。

 そして、唇に付いたウィスキーを舐め取るように舌がアリシアを挑発するように艶めかしく動いた。


 アリシアの肩が小刻みに震えている。


「皆さんにも試飲をして頂きたいので、飲み終わったらどこかへ行って頂けますか?」


「あら、まだ飲み終わってないわ」


 アリシアの頭越しに俺を見て微笑むと、リネットさんが二口目を口にした。


「どこか遠くで飲んで頂けませんか?」


「できれば他のお酒も試飲してみたいのだけどダメかしら?」


 ここに並べたお酒は試飲用である。

 アリシアもそのことは知っていた。


「あらー? もしかして、ここのお酒は全種類試飲してもいいものなの?」


 アリシアの表情から何かを読み取ったのだろう、リネットさんが勝ち誇ったように口元を綻ばせた。

 とそのとき、名前も知らないおっちゃんが助け船を出してくれた。


「アサクラ様、私も試飲をさせて頂いてよろしいでしょうか?」


「勿論です! 皆さんも支度の手を休めて試飲をしてください」


 瞬く間に周囲の人たちが集まり、リネットさんを脇へと押しやった。


 よし、これでリネットさんもその他大勢のなかの一人だ。

 俺はさらに大きな声で皆に言う。


「幾つも銘柄を用意していますから、飲み比べてみてください」


 辺りから歓声が上がった。


「値段を聞くのが怖くなるような味です!」


 一口飲んだ男が大きな声を上げた。


「宣伝効果は十分なようですが、元は取れるのですか?」


「一年も経たずに元は取れると思うよ」


 心配そうに聞くアリシアに返す。

 彼らも商人だ。


 試飲だけで終わらせるはずはない。

 高く売れる、と思えば仕入れる。


 高額な商品の売り先は貴族や富裕層だ。

 高額で珍しい酒、それが美味いとなれば貴族や富裕層の間でこれらを所有していることがステータスとなる。


 それこそ晩餐会の目玉として振る舞う事だって十分にあり得る。

 そうなれば国境を越えてでも買いに来るはずだ。

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