第4話 依頼発注

 冒険者ギルドに到着した俺とアリシアは依頼が貼りだされている掲示板へと向かう。

 目的の依頼は直ぐに見付かった。


「思ったよりもたくさんありますね」


「依頼主のほとんどが商人というのが、いかにも、って感じだな」


「使うのは錬金術師か魔道具職人なんですけどね」


 確認をしていたのは無属性系の魔石採取の依頼。

 普段であれば冒険者が持ち込んだ魔石をギルドが買い取り、商業ギルドを通じて商人へと流れる。


 勿論、大量の魔石を必要とする錬金術師や魔道具職人が、魔石採取の依頼をだすことはあるがそれも希である。


「でも、これなら問題なさそうですね」


「だな」


 掲示板の確認を終えた俺とアリシアは冒険者ギルドの受付へと向かった。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご依頼でしょうか?」


 二十歳前後と思しき女性が溌剌とした声と笑顔で迎えてくれた。


「発注の申請が二件と受注を一件お願いします」


 用意しておいた二枚の発注申請用紙を受付嬢に差しだす。


「ご発注の申請が二件ですね、確認をさせて頂きます」


 一枚目の発注申請用紙に目を通しだした受付嬢が申し訳なさそうに俺を見上げて言う。


「あのー、こちら発注申請ですが、最低報酬額を下回っております」


「あれ? もしかして、最低報酬金額が引き上げられましたか?」


 セシリアおばあさんの指導の下、発注書を作成したのだが、そのときに相場が大きく変動した案件だとその変動に比例して最低報酬金額が変動することがある、と注意を受けていたがその通りとなったようである。


「無属性系の魔石採取の報酬は一時的に価格が上がっています」


「幾らですか?」


「魔石一つ当たり金貨五枚です」


 日本円換算で五百万円かよ!

 これまでの相場が金貨一枚、日本円にして百万円だったので、五倍に跳ね上がっている。


 魔石一つ百万円の報酬と考えると高額に思えるが、オーガやキングエイプを単独で倒せる冒険者は少ない。

 Bクラスの冒険者が五、六人がかりで倒すような魔物だ。


 倒せば魔石だけでなく様々な素材も手に入ると言っても、冒険者ギルドが仲介手数料として二十パーセントほど中抜きする。

 実際にはオーガ一体で三、四百万円。五人で倒したとして一人当たり八十万円である。


 諸々の必要経費を考えると、冒険者も決して割のいい商売とは言えないよなー、などと考えていると受付嬢が遠慮がちに聞く。


「あのー、申請書を取り下げますか? それとも金額の修正をしますか?」


「金額の修正でお願いします」


 そう告げると、受付嬢は再び笑顔で対応をしだした。


「無属性系の魔石を五十個ですので金貨二百五十枚となります。手付金として二十パーセントをお支払い頂くことになりますが、よろしいでしょうか?」


「全額支払います」


「へ?」


「手付金だけではなく、全額を先に支払います」


 俺はマジックバッグから金貨をだす振りをして異空間収納ストレージから金貨二百五十枚を取りだして、彼女の目の前に積み上げた。

 冒険者ギルドへの依頼申請の多くは、冒険者ギルド側が手付金を受け取ることで案件として受領される。


 ギルドが受領した依頼を冒険者が受注する。

 冒険者は受注した依頼を達成することで冒険者はギルドから報酬を得、ギルド側は残金を発注者に請求する。


 つまり、何れは支払うことになる金額だ。それに発注した依頼が期限内に達成出来なかったときはギルドの仲介手数料二十パーセントを引いた額が戻ってくる。

 ギルドは成功しても失敗しても依頼を受け付けただけで二十パーセントを取るのだから良い商売である。


「しょ、少々お待ちください」


 受付嬢が慌てて金貨を数え始めた。

 彼女が金貨を数えている間に周囲の冒険者たちの注目が俺とアリシアに集まる。


「あの兄ちゃん、随分と羽振りがいいな」


「錬金術師の弟子かなんかだろうが、護衛も付けずにあんな大金を持ち歩くとは不用心な坊やだぜ」


 そんな会話がそこかしこでささやかれていた。


「確かに金貨二百五十枚ございました。こちらが注文請け書兼金貨二百枚の預かり証となります」


 ギルドの取り分二十パーセントが引かれた金額が記載してあった。

 手数料二十パーセントって改めて考えると大きいな。


 受注案件以外でも冒険者が持ち込んだ素材や魔石は基本的に冒険者ギルドが買い取る。買い取った上で商業ギルドへ卸している。

 それも相応のマージンを取っているのだろう。


「次のご注文は護衛ですね」


「その前に、依頼を受けたいんですけど」


 俺は自分たちが出した発注書を指して言った。


「は?」


「ですから、いま発注した依頼を自分たちで受けたいんです」


 無属性系の魔石を百個採取したと仮定して、五十個は自分たちのものとなるが、残りの五十個は冒険者ギルドに買い取ってもらうことになる。

 残りの五十個も採取依頼として受注すれば、たったいま支払った金貨二百五十枚と引き換えに五十個の魔石も俺たちのものとなる。


 引き渡し免除証明書により手元に残こる五十個と併せて、都合、百個が自分たちのものとなる計算だ。

 実際はセシリアおばあさんのものとなるんだけどな。


「ご自分で発注してご自分で受注するのですか?」


「正確にはセシリア・ハートランド子爵が発注して俺たちが受注します」


「え? え? ち、ちょっと待ってくださいね」


 受付嬢が何やらブツブツとつぶやきながら書類の端に何やら書き始めだす。覗き込むとこの案件の受注からクローズまでの流れを図式に書き起こしていた。

 待つこと三分ほどだろうか。


「理解しました!」


 嬉しそうに微笑んだ。


 ◇


「もう一つのご依頼は護衛でしたね」


 セシリアおばあさんの発注した依頼の受注手続きが完了させると、もう一枚の発注申請書を手に取りながら受付嬢が聞いた。


「ええ、ミストラル王国にあるゴートの森までの護衛依頼です」


「あれ? えーと、ゴートの森で魔石の採取をするおつもりですか?」



「ええ、そうです」


「依頼内容ですが、魔石採取のお手伝いと護衛を兼ねるということでよろしいでしょうか?」


「実はミストラル王国での市場調査も行う予定なので、市場調査の際の護衛や雑務の手伝いをしてもらえると助かります」


「掲示板に貼りだしておきますが、調査の雑務をお手伝いするとなると、見付かるかは分かりませんよ」


「金額は相談に応じます」


「どれくらいですか?」


「失礼、彼女の権限を越えるので、ここからは私が対応をさせて頂きます」


 突然、横から年配の男性職員が現れ、深々とお辞儀をする。


「申し遅れました、冒険者ギルドのクインシーと申します」


「こちらこそよろしくお願いいたします。俺はダイチ・アサクラ、彼女はアリシア・ハートランドです」


 小さくお辞儀をするアリシアを見てクインシーが目を見開いて驚く。


「貴女様がハートランド子爵の後継者でしたか」


「まだ後継者と決まったわけではないのに噂が一人歩きして困っています」


 アリシアが困り果てた表情でクインシーを見た。


「これは失礼いたしました。いまのお話、ギルド内で周知させます」


 アリシアに謝罪すると、直ぐに俺へと向き直った。


「アサクラ様、先ほど金額の相談に応じて頂けるとのことでしたが、どの程度まで上積みして頂けますか?」


「相場の十パーセント増しまでだす用意があります」


「雑務の内容が明確でないのがネックですね。市場調査となると冒険者よりも商業ギルドで人材の派遣をお願いした方がいいでしょう」


 早速蹴ったよ。

 まあ、予想通りだけどな。


「それでしたら雑務の手伝いはして頂かなくても大丈夫です。護衛と魔石採取の手伝いに徹してもらって構いません」


「十パーセントですか。ミストラル王国へ行きたがる冒険者はいないと思います」


「十五パーセントならミストラル王国へ同行しても良いという冒険者が出てくると思いますか?」


「どうでしょう。少なくとも私が現役のときでしたら見向きもしませんな」


 明確な数字の提示はなしか……。

 こちらの腹を探っているな。


「行き先はミストラル王国のゴートの森。目的はミストラル王国の市場調査と無属性系の魔石の採取。三十パーセント増しの金額。自分たちで撃退した魔物は好きにしてもらって構いませんし、馬車一台分の容量のアイテムボックスを無償で貸しだしましょう。さらに道中の食費もこちらで持ちましょう」


 馬車一台分のアイテムボックスとなれば相当な容量だ。それこそ、自分たちで狩った魔物を保管しておくことも可能である。

 現地で市場調査と魔石採取をするのだから、往復で二十日以上になるだろう。それだけの期間だ、食費もバカにならない。


「それは、破格ですな……」


「冒険者ギルドとしては金貨での報酬が望みでしょうが、冒険者にとってはこちらの方が魅力的だと思いますよ」


「そうでもありません。馬車一台分のアイテムボックスで他国に行くとなれば使い道は色々あります。依頼を受ける冒険者と使い道を相談させて頂くことにします」


 予想通りだ。

 そして、セシリアおばあさんから提示された価格を下回って契約もできた。


 だが俺とアリシアは揃って、してやられた、という顔で条件に合意した。


「それで、冒険者はどれくらいで集まりそうですか?」


「好条件なので直ぐに見付かると思います」


「複数のパーティーを取り敢えず確保してください。どこにお願いするかは俺たちが面接をして決めます」


 指名依頼できるだけの金額を支払っているんだ、嫌とは言わないだろう。とはセシリアおばあさんの助言だ。

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