第3話 叱責
「半分も渡すのかい? 正気とは思えないね」
商業ギルドで発行してもらった引き渡し免除の証明書を見たセシリアおばあさんの第一声がそれであった。
「地下牢があったという情報が商業ギルドの職員が漏らしたことと引き換えに、ようやくもらってきたのにそれはないでしょ」
「あの件と引き換えにこれか……」
セシリアおばあさんが哀れむような目で俺を見た。
「商業ギルドの職員がやらかした情報漏洩を随分と安く売ったもんだねえ」
「そうは言いますが最初はけんもほろろだったんですよ」
「そんなものポーズに決まっとるじゃろ」
「ポーズ?」
「リチャードは海千山千の商人たち相手にしてきたベテランじゃぞ。それくらいのことはお手のもんじゃ」
あのおやじ!
どんな仕返しをしてやろうか……。
などと考えていると、俺の心を見透かしたようにセシリアおばあさんが言う。
「言っておくが、リチャードを恨むなよ。己の未熟さを反省するんじゃぞ」
「勿論です。反省しています」
俺の言葉を「怪しいもんだね」と切り捨ててアリシアに視線を向けた。
「それでアリシア、お前は横で黙ってみていたのかい?」
しまった、アリシアにまで飛び火した。
「アリシアは関係ありません。交渉はすべて俺がやりました」
「そんなことは分かっとる。アリシアが口を出していたらもう少しマシな結果になっておったろうからな」
そう言って再び視線をアリシアに向けた。
「そのう、せっかくダイチさんがやる気になっているのにあたしが横から口を出すのはよくないかなー、と思ったの」
「そこは坊主の顔を立てつつフォローせんかい」
また難しい注文を言うな。
というか、もしかして、セシリアおばあさんは俺のことを試していたのか?
「もしかして、俺が失敗すると分かっていました?」
「予想はしておったが、アリシアが何もせずに黙ってみていたの予想外じゃ」
やっぱり試されていたのか。
ここで「最初から教えてくれれば良かったじゃないですか」、などと言おうものならさらに罵声が飛んできそうだ。
そもそも無属性系の魔石を採取しにいくのもセシリアおばあさんのためじゃないか。
いや、やめよう。
言いたいことは山のようにあったが、取り敢えずは話を進めことにした。
「ご期待に添えない結果となりましたが、それでも引き渡し免除の証明書をもらってきました。これがあれば自分たちで採取した無属性系の魔石の半数を自由に使うことが出来ます。アリシアと一緒に狩りに行く許可を頂けませんでしょうか?」
「この辺りでキングエイプやオーガを狩ろうと思うとちょいと難儀だよ」
リントの森で見かけることはほとんどないのだと言う。
もとよりこの辺りで狩ろうとは思っていない。
「ミストラル王国に入って、ゴートの森で狩ろうか思っています」
ミストラル王国はこのノイエンドルフ王国と国境を接する国の一つで、元々、無属性系の魔石や魔物の素材の主要輸出こくで、ゴートの森はその中心となる産地である。
「危ないね」
「危険なんですか?」
「あたりまえじゃろ! だが……、坊主が一緒なら大丈夫じゃろ」
「ありがとう、曾お祖母ちゃん」
俺がお礼を言うよりも先にアリシアがセシリアおばあさんに抱きついた。
「ただし、二人だけの旅はダメじゃ。誰か信用のおける者を数人同行させるのが条件じゃ」
ミストラル王国の国境の町であるリディの町まで馬車で片道四日間。そこからさらにゴートの森まで二日間の道のりでだ。
気軽に「行っておいで」と言えるような距離と場所ではない。
とはいえ……。
「信用のおける者と言ってもなあ」
「メリッサさんに同行をお願いしてはどうでしょうか?」
思案する俺にアリシアが言った。
「なるほど! 情報漏洩の件を安売りしすぎたらからそれもおまけに付けてもらうか」
「バカモノ! 一度使った取り引き材料を何度も利用するものじゃないよ。商人としてだけでなく、人としての信用問題じゃ」
「そうでした。済みません」
「曾お祖母ちゃん、ダイチさんはまだこの国の常識や慣習に不慣れだから仕方がないでしょ」
あまり怒らないで、とアリシアがフォローした。
アリシアの言葉が胸に突き刺さる。
何とも情けない話だ。
平謝りする俺にセシリアおばあさんが助け船を出してくれた。
「無属性系の魔石の主たる輸入元であるミストラル王国の現状調査、という名目で同行してもらうように商業ギルドに掛け合え」
「主目的を魔石の採取から調査に変えて、俺たちはメリッサちゃんの護衛として同行するわけですね」
商業ギルドとしても情報は欲しい。
しかし、商業ギルドもエドワードさんの件もあり思うように身動きが取れない。冒険者ギルドに依頼するにしても、いまの状況でミストラル王国へ送り込むだけの腕利きを確保するのは難しい。
そこへ俺が名乗りを上げるわけか。
「商業ギルドはこの提案に間違いなく乗ってくるじゃろう」
セシリアおばあさんの言葉を受けて言う。
「でも、最初は難色を示して条件の吊り上げをしてくる、と言うことですね」
「失敗から学べるなら見込みはあるぞ。でじゃ、次にやることが分かるか?」
試しているな。
ここで商業ギルドにとって返していまの提案をするのが流れのような気もするが……。
「商業ギルド」
そこまで口にしたところでアリシアが俺の脚を軽く蹴った。
間違ったのか。
「には行かず、冒険者ギルドに行きます。そこでミストラル王国へ同行する人材を確保します。それも商業ギルドが納得するだけの人材です」
セシリアおばあさんが無言でうなずいた。
よし、ここまでは正解のようだ。
「商業ギルドへは全ての準備を整えてから、先ほどの調査の提案とメリッサちゃんの同行をお願いします」
「上出来じゃ」
商業ギルドもメリッサちゃんだけでなく、他にも戦える能力のある人材を一人二人は出すだろう、とのセシリアおばあさんの見通しだ。
そうなると問題は信用のおける冒険者の確保だな。
「戦いに行くわけじゃないぞ。魔物を狩りに行くんじゃ。罠を仕掛けるのが得意な者や獲物を見つけ出すのが得意な者、周辺の警戒が得意な者を選ぶんじゃぞ」
セシリアおばあさんの忠告に感謝の言葉を述べて、自分たちに出来ることと不足していることを一つ一つ挙げていった。
「――――なので、荷物の運搬に関しては考えなくても大丈夫です。必要なら家を丸ごと収納出来ますからね」
「
「ダイチさん、そんなに凄い能力を持っていたんですね」
セシリアおばあさんとアリシアが感嘆の声を上げた。
俺が持つ
それでもこの反応だ。
「ならば、坊主とアリシアが眠っているときに番ができる者が最低でも一人は欲しいのう」
「ピーちゃんじゃだめかしら」
とアリシア。
「十分じゃな。あとは料理が出来る者もいた方がいいじゃろ」
「料理ならあたしが出来ます」
「戦闘は――」
「俺がいれば十分です」
不機嫌そうに俺とアリシアを見詰めるセシリアおばあさんに言う。
「馬車と御者、あとは先ほどアドバイス頂いたように罠を仕掛けるなどの狩りを手助けしてくれるような人材ですね」
俺とアリシアは人材選びのために冒険者ギルドへと向かうことにした。
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