第2話 証明書

 アリシアと一緒に商業ギルドにくるとメリッサちゃんが以前と変わらない笑顔で出迎えてくれた。


「どのようなご用件ですか?」


 彼女の立ち直りの早さに驚かされると同時に、強く生きていかなければならない現実に立ち向かう強さに感心もさせられる。

 シスター・フィオナが消えた当日は茫然自失ぼうぜんじしつとしていた。翌日も騎士団の事情聴取で精根せいこん尽き果てた様子だった。


 それでも翌々日には俺に笑顔を向けてくれた。

 開口一番「フィオナは生きていると思いますか?」、と聞いた彼女に、「絶対に生きている」と即答した。


 メリッサちゃんを思いやっての嘘ではない。

 あの状況でもシスター・フィオナなら生きていると確信する自分がいた。


「彼女と剣を交えた俺だから分かる。彼女は絶対に生きている」


「フィオナは生きていると信じていました……。でもどこか不安もありました。ですが、アサクラ様がそう言うのならフィオナは絶対に生きている、とあたしも信じられます」


 あのときの会話が、泣きながら笑うメリッサちゃんの顔が脳裏に蘇っていた。


「どうしました?」


 感傷に浸っている俺にメリッサちゃんが聞いた。


「なんでもありません。少し考えごとをしていただけです」


「考えごとですか?」


 本題から話が逸れそうだな。

 内心で苦笑しながら本題を切りだす。


「無属性系の魔石が品切れだと聞いたのですが、入荷される見通しは立っているのでしょうか?」


 採取された魔石の数量は冒険者ギルドが管理しているが、魔石の流通を管理しているのは商業ギルドである。

 当面の入荷の見通しや他国でも魔石の流通状況を知りたいとなれば、メリッサちゃんに聞くのが最も確実だ。


「無属性系の魔石ですか……」


 メリッサちゃんは言葉をにごして辺りを見回すと小声で言う。


「ゴブリンの魔石なら幾つかあります」


 通常のゴブリンの魔石は土属性だが、希に無属性の魔石が採れることがある。その希少な魔石が幾つか手元にあるのだと言う。


「アリシア、ゴブリンの魔石で代用はきくか?」


「残念ながら無理です」


「アリシアさんがお使いになるんですか?」


 高騰している無属性系の魔石で商売をしようとしていると思っていたメリッサちゃんが驚いてアリシアを見た。


「あたしではなく、ひいお祖母ちゃんが使います」


「結構な数量が必要なんですか?」


「五十個必要だと言われています」


 恐る恐る聞いたメリッサちゃんにアリシアがため息交じりに言った。


「それだけの数が必要となると、冒険者ギルドに魔石採取の依頼をだすしかありませんね」


 品切れ状態の魔石なので、通常の魔石採取の依頼よりも遙かに高額でないと誰も引き受けてくれないだろうと付け加えた。


「やっぱりそうなるか」


「悪い方の予想通りでしたね」


 顔を見合わせる俺とアリシアにメリッサちゃんが言う。


「冒険者ギルドに依頼をだすのでしたら、商業ギルドを通じて依頼するよりも直接された方が価格を抑えられますよ」


「無属性系の魔石が品切れだと聞いたので、自分たちで採取に行こうかとも考えていたんですよ」


「アサクラ様とアリシア様のお二人で、ですか?」


「ええ、そうです」


「まあ、お二人なら心配ありませんね」


「採取した魔石を冒険者ギルドに卸さずに自分たちで使いたいんですよ」


 セシリアおばあさんからの入れ知恵だ。

 商人が自分の店で販売するため、冒険者を雇って魔石や素材の採取をすることがある。


 その際、冒険者ギルドへは採取した魔石や素材の数だけを申告し、現物の引き渡しを免除する証明書を商業ギルドが発行することがある。

 それを発行して欲しいと告げた。


「また面倒なものを欲しがりますね」


「面倒なんですか?」


「上層部に相談して、その上で何らかの交換条件がだされます。それを承諾頂いて初めて発行されるような類いのものです」


「では、上層部の方に取り次いでください」


 俺は余裕の笑みでそうお願いした。


 ◇


 でてきた上層部の人はリチャード氏だった。

 なんて幸運なんだ。


 勝算は我にあり、だな。

 俺は内心でほくそ笑みながらリチャード氏を迎える。


「お久しぶりです、リチャードさん」


「五日振りくらいでしょうか?」


 案の定、どこかビクついている。


「もしかして、俺のこと避けてませんか?」


「滅相もございません」


「じゃあ、あれだ。メリッサちゃんを盾にして隠れている?」


「ご冗談を」


 乾いた笑い声を上げるリチャード氏に言う。


「実はお願いがあってきたんです」


「ご要望はメリッサからうかがっております」


「話が早くて助かります。証明書を直ぐに発行してください」


「しかし、今回は物が物ですから……」


 品切れ状態で価格が高騰している商品の引き渡しを免除するの非常に困難だ、と額の汗を拭いながら言った。


「困難と言うことは無理じゃないと言うことですね?」


「それは……」


「俺が買った家、変な噂が立って困っているんですよ」


 どこから漏れたのか、地下牢があったことが知れ渡り、ありもしない噂が真しやかに流れていた。

 前の持ち主であるモーガン・ファレルが奴隷たちを地下牢に閉じ込めて薬の実験をしていた、と言う噂が主たるものだ。


 真実とはほど遠いが、家の評価額が急降下するには十分だった。

 さらにいわく付きの家を買った俺も好奇の目で見られている。


「改装されれば噂も消えることでしょう」


「その改装費用、出してくれますか?」


「ご容赦願います」


 リチャード氏の目が泳ぎだした。

 もう一押しかな?


「俺の家に関する情報が漏洩するくらいですから、エドワードさんのことが漏洩して噂になる可能性も否定できませんよね?」


「そのことは騎士団から口止めされているはずです」


「俺の家のことも口止めされていたはずです」


 情報の漏洩元が商業ギルドの下っ端職員であることは騎士団が突き止めていた。


 ことの重要性を知らなかった職員が、地下牢が見付かったことをうっかり漏らしてしまったのだ。

 当然、リチャード氏もそのことを知っている。


「そのことについては大変申し訳ないと思っています。ですが、供給に問題が発生している商品の引き渡し免除をすることは出来ません」


 意外と頑張るな。


「では、採取した魔石の半分ではどうでしょう?」


「半分?」


「ええ、半分です」


「足りるのですか?」


 五十個と言う数はメリッサちゃんから伝わっていた。

 それだけの数を集めるのが困難なのは明白だ。当然、一回や二回の魔物討伐で採取出来る数ではない。


 数回の魔物討伐に渡って、採取した無属性系の魔石を俺が独占すると思っていたようだ。


「足りるかは分かりませんが、落とし所は必要でしょ?」


「確かに落とし所は必要です」


「引き渡し免除の証明書を発行して頂けますか?」


「証明書に、対象となる無属性系の魔石は半数であることを明記しますがよろしいですか?」


「それでお願いします」


 こうして引き渡し免除の証明書を手に入れた。

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