第29話 教会への道
「好都合なことに私服です。私が騎士団員であることは伏せて頂けませんか?」
ブラッドリー小隊長がシスター・フィオナに言った。
「それは構いませんが」
「教会の皆さんに余計な気を遣わせたくないだけです」
口にはしなかったが疑問を抱いた様子のシスター・フィオナに向かって、ブラッドリー小隊長が快活に笑う。
「お気遣い感謝いたします」
「では出発しましょう」
シスター・フィオナの手を取ろうとするブラッドリー小隊長の襟を掴んで引き寄せる。
「俺と話があるんじゃなかったのか?」
「嫌だなー、そんなに警戒しないでくださいよ」
歩きだした俺の隣を歩くつもりだったと悪びれもせずに言った。
「じゃあ、さっそく歩こうか」
シスター・フィオナと二人で先導するよう、メリッサちゃんに合図をする。
前列がシスター・フィオナとメリッサちゃん。後列が少し距離をおいて俺とアリシア、ブラッドリー小隊長。
部外者には聞かせられない内容も含まれている、という理由でこのような並びとなった。
デイジーハウスを出てすぐにブラッドリー小隊長に聞く。
「あの後、ストーンとリバーの尋問に立ち会ったんだよな?」
「彼ら二人とボイド中隊長の取り調べにもね」
ボイド中隊長の取り調べなど興味ない、と言った口振りだ。
それは俺も一緒である。
「ダイチさん、言葉遣いが少々乱暴です」
ブラッドリー小隊長は騎士の身分でもあり俺よりも年上なのだとアリシアがささやいた。
しまった。
これでは俺が虚勢を張っているように映ってしまう。
俺はアリシアに感謝しながら、口調を変えて尋ねる。
「ストーンとリバーは冒険者たちと繋がっていたんですか?」
「繋がっていたよ」
冒険者たちから賄賂を受け取る見返りとして、彼らが起こす騒ぎを事件にせずに処理をしたり、昨夜のように他の部隊が連行した場合なども便宜を図ったりしていたのだと白状したそうだ。
「
「彼らの上司である小隊長を含めて十人以上の名前が挙がった。今頃は名前が挙がった衛兵たちは騎士団に連行されているはずだ」
「不正を働く衛兵を十人も連行したというのに随分と残念そうな口振りですね?」
俺の判断基準からすると十分にお手柄だ。
念のためアリシアに目配せすると、彼女も同意したように小さくうなずいた。
だが、当のブラッドリー小隊長はため息交じりに首を横に振る。
「尋問して有益な情報を得られそうなのは衛兵隊員ではなく、彼らが釈放した冒険者たちの方だと私は睨んでいるんだ」
衛兵は利用されただけ、と考えているのか。
「その意見には俺も賛成しますが、それでもこれまで誰も気付かなかった不正の一端を暴いたんですからもう少し嬉しそうにしたらどうです?」
「アサクラ殿が私の立場なら喜ぶかい?」
「喜びませんね。むしろ、敵の組織の大きさと慎重さに頭を悩ませます」
冒険者たちだけで衛兵十人を買収したとは考え難い。
資金面もそうだが、そもそも誰にもバレずに衛兵を取り込むなどそう簡単にできることじゃない。
潤沢な資金を有した頭の切れる連中が背後にいると考えるべきだ。
例えば、タルナート王国の軍隊とか、だ。
「取り敢えず、釈放された冒険者たちと衛兵が白状した冒険者は指名手配した。本番は彼らを捕まえてからだ」
少なくとも昨日の冒険者たちはどう考えても雑魚だ。
どこまで知っているかは疑問だよなー。
俺が考えていることを見透かしたようにブラッドリー小隊長が言う。
「もっとも、彼らにしても衛兵たちより情報を知っている程度だとは思うけどね」
そう言うと、ニヤリと笑って続ける。
「だから、私としては孤児院の線から何か掴めないかと考えているんだ。あとは、アサクラ殿の家から発見された地下牢の線からの捜査にも期待をしている」
俺と同じことを考えているのか。
何とも嫌なヤツだ。
「あの家、いつ頃返してもらえるんですか?」
現在、騎士団の管理下にあって建物のなかに入ることすらできないことをチクリと刺す。
「そのお陰で宿代を商業ギルドが持ってくれるんだから、アサクラ殿にとっても悪くない話だと思うけどね」
「それはそうなのですが、それでもやはり自分の家と店を早く持ちたい、というのも正直な気持ちです」
「そうか、忘れていたけどアサクラ殿は商人だったね」
「最高の物件だっただけに残念です」
要求した条件を満たした建屋である以上に、隣にセシリアおばあさんとアリシアが住んでいることが大きい。
この条件だけは他の物件で代用がきかない。
「そう言えば、アランから話を聞いてきたよ」
突然、ブラッドリーが話を逸らした。
「何の話ですか?」
「魔術師ギルドでの登録試験の話さ」
孤児院に来る前に魔術師ギルドに寄ったのだと言った。
俺はブラッドリー小隊長の精力的な動きに舌を巻く。
「詰め所では話さなかったが、彼には何度も協力をしてもらったことがあるんだ。だから、彼の実力がどの程度のものかはよく知っているつもりだよ」
「へー」
他に言葉の返しようもない。
「無属性魔法に限って言えば、彼は国内でもトップクラスの魔術師だ」
「圧倒したというのは誤りです。アランさんは私が鉄柱を両断するのを見て手合わせをするまでもなくCランク魔術師としての能力があると認めてくれたんです」
メリッサちゃんが衛兵を黙らせるために少々大袈裟に言っただけでしょう、ととぼけた。
「言いましたよね? アランと話をしてきたんですよ」
ブラッドリーが一拍おいて言う。
「木剣で鋼の支柱をあそこまで滑らかに両断する魔装の使い手など噂でも聞いたことがない、と言っていたよ」
私もそんな魔術師の存在をしらない、口元を綻ばせた。
「祖国では屋敷からあまり出ることがなかったし、他者と比べるようなこともありませんでした。なので、自分の実力がどの程度に位置するのかしらないんですよ」
「それが本当だとしたら、アサクラ殿は自分の力をもっとよく知るべきです」
そう言うと、アリシア様もそう思いますよね、話を振った。
「あたしも心当たりがあるので、あまり言えませんから」
恥ずかしそうに
「そうでした、貴女の試験も大変だったそうですね」
「お恥ずかしい限りです」
何があったんだ?
興味は湧いたが、アリシアが困った顔をしているのを見過ごすことは出来ない。
「ブラッドリー小隊長、俺の話でしたよね?」
「そうでした。失礼」
わざとらしい笑みだ。
さては何かアリシア絡みで何か情報を聞き出すつもりだったのか?
そのとき、前方からメリッサちゃんの声がした。
「見えました! アレが教会です」
彼女の指さす方角を見ると塔の様な高い建物があった。
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