第28話 デイジーハウスの教室で

 通された隣の部屋は年長の子どもたち学習部屋だった。小学校の教室ほどの広さで子ども用の椅子と机が幾つも並んでいる。

 俺たち四人――、俺とシスター・フィオナ、メリッサちゃん、アリシアは、その一角に腰を下ろして話を始めた。


「昨日絡んできた冒険者たち、シスター・フィオナに絡むのだけでも三回目だそうですね?」


「ええ……」


 子どもたちから聞いた話を切りだすと、彼女の顔が陰った。

 あの冒険者たちによほど悪感情を抱いていたのだろう、メリッサちゃんが怒りも露わに拳を振り回す。


「あいつら、子どもたちを誘拐して売り払うとか言って脅かしていましたが、もしかしたら本当に誘拐犯かも知れませんね」


「誘拐するつもりで接触したのでしょうか?」


 懐疑的なアリシアの反応とは異なり、メリッサちゃんは冒険者たちを誘拐犯かその仲間と仮定しているようだ。


「下調べだったのかも知れませんよ。大人のフィオナが邪魔で脅かしていた可能性だってあり得ます」


「ですが、下調べで脅かすでしょうか? 脅かしたら逆に教会側も警戒しますよね?」


 確かにアリシアの言う通りなのだが、果たしてあんなチンピラに理屈が通用するだろうか……?


「あんな人たちの思考なんて想像するだけ無駄ですよ」


 メリッサちゃんがバッサリと斬った。

 二人の会話を暗い顔で聞いていたシスター・フィオナに問い掛ける。


「冒険者たちは脅かしていたんですか? どんなことを言われたか教えてもらえると助かります」


「脅すような言葉はありませんでした。露店で何を売っているのかと聞かれました。後は、女性と子どもだけでは色々と大変だろうから、その……、助ける代わりに、いえ、助けてくれる、と言っていました」


 言いにくそうに言葉を濁した。

 どうせ下世話な要求でもしたのだろう。


 昨日、叩きのめした連中の下衆げすな顔が脳裏をよぎる。

 アリシアとメリッサちゃんも、シスター・フィオナが言葉を濁した部分を察したようでそれ以上のことは聞かなかった。


 ただ、メリッサちゃんだけは、「本当、卑劣な連中です!」語気を強めて怒りの言葉を口にしていた。

 数年ぶりに再会した仲の良かった幼馴染みと言っていた。


 その大切な友人があんな何をしでかすか分からないようなチンピラ連中に付け狙われているとなれば、心穏やかでいられるはずもない。

 シスター・フィオナのことを本気で心配しているのが伝わってくる


「あたしなら大丈夫だから」

 そんなメリッサちゃんをなだめるシスター・フィオナ。


 これ以上聞いても得るものは少なそうだな。

 俺は次の質問へと移ることにした。


「このデイジーハウスも一人行方不明になっていますが、他の孤児院はもっと多いですよね?」


 理由に心当たりはないかと尋ねた。


「特に思い当たることはありません」


 首を横に振るシスター・フィオナに続いてアリシアとメリッサちゃんが言う。


「もしかしたら、誘拐犯の拠点からこのデイジーハウスが遠いとかでしょうか?」


「単に子どもの数が最も少ないからかもしれませんよ」


 九人誘拐されているリリーハウスと八人誘拐されているローズハウスの子どもの数はどちらも八十人以上。

 このデイジーハウスは五十七人と少なかった。


「ですが、リリーハウスを担当しているシスターは五人、ローズハウスが四人、こちらのデイジーハウスは三人です。監督者の目として考えるとデイジーハウスの方が少ないですね」


 アリシアの指摘する通りだ。

 それらを考慮しても行く不明者が一人というのは他に比べて少ない。


 他に理由があるのかも知れない。


「他の孤児院の担当シスターと違って、ここのシスターたちは孤児院への奉仕活動に熱心なんですよ」


 とメリッサちゃん。

 他の孤児院を担当するシスターは決められた最低限の時間に顔をだすだけだが、シスター・フィオナを含むこの孤児院のシスターは奉仕活動に熱心なのだという。


「孤児たちと一緒に露店に立つシスターなんてここの孤児院のシスターだけですよ」


 と付け加えた。


「大人の目が邪魔だったのかも知れませんね」


 そうだとしたら理屈に合わない。

 大人のシスター・フィオナに絡むのは逆効果だし、その後に子どもが行方不明になれば連中が疑われる可能性だってある。


 しかし、連中がバカだと考えればそれもあり得るんだよなー。

 思わず天井を仰ぎ見た俺に三人が心配そうに声を掛けてきた。


「アサクラ様?」


「アサクラ様、どうかしましたか?」


「この後、教会へうかがうんですよね? 他の教会を担当されているシスターに孤児院を訪問させて頂くお願いをされてはどうでしょう?」


 この孤児院の子どもたちだけにお菓子を上げては他の教会の子どもたちが可愛そうです、とアリシア。

 三つの孤児院の子どもたちに平等にお菓子を寄付する。


 道理にかなっている。

 しかも、孤児院の訪問を申し出る際に、担当するシスターと会話する機会もつくれる。


 俺はアリシアにお礼を言って、すぐにシスター・フィオナに視線を移した。


「この後、教会へ戻るんですか?」


「はい、その予定です」


「差し支えなければ教会までご一緒させてください」


「え?」

 シスター・フィオナが目を丸くした。

 アリシアの話を聞いていたから、俺たちが教会と他の孤児院を訪れるのは予想していたようだが、これからすぐにとは思っていなかったようだ。


「他の孤児院の子どもたちにもお菓子の寄付をしたいですし、教会の活動もこの国の勉強を兼ねて知っておきたいのです」


「そういうことでしたら、歓迎させて頂きます」


「ありがとうございます」


「ですが、他のシスターたちが気持ちよく話をしてくれるかは……」


 シスター・フィオナが口ごもった。

 孤児の行方不明者について話をしたくないのは理解できる。まして、それがどこの誰ともつない者ならなおさらだろう。


「無理にお話を聞き出したりはしません」


 そう約束した。


 ◇


 早速、教会へと向かうため孤児院を退出することにした。

 出口に向かいながら聞く。


「メリッサちゃんも来るんですか?」


「ここまで関与してしまったのですから、とことん付き合わせて頂きます」


「ご迷惑でなければご一緒させてください」


 とアリシア。

 無関係のアリシアを巻き込むのは心苦しいが、ここで彼女だけメンバーから外れてもらうのも気が引ける。


「では、四人で行きましょう」


 俺が同意のセリフを発した瞬間、聞き覚えのある声が耳に届く。


「ちょうど良かった、少し話を聞かせてもらえますか?」


 ブラッドリー小隊長だ。


「何をしにきたんですか?」


「そんな嫌そうな顔をしないで下さいよ。聞こえましたがこれから教会へ向かうそうですね」


「ええ……」


 そう言えば、孤児院と教会を訪問する予定だと話したとき、自分も同行するとか言っていたような気がする。


「是非、同行させて下さい」


「タイミングが良いですね」


「嫌だなー。タイミングが良ければ孤児院も一緒に訪問させてもらっていましたよ」


 目の下にクマを作った顔で微笑んだ。

 疲れた顔をしている。


 恨み言や衛兵の詰め所で徹夜する羽目になった愚痴がでてこないあたりは評価してやろう。

 同行を認めようとする矢先、シスター・フィオナが尋ねる。


「どちらさまでしょうか?」


 こんな礼儀知らずに微笑むことありませんよ、と喉元まででかかった言葉を飲み込んで紹介する。


「騎士団のブラッドリーさんです」


「騎士様?」


 何故ここにいるのかと驚くシスター・フィオナにブラッドリーが挨拶をする。


「初めまして、シスター」


「フィオナと申します、騎士様」


 キザったらしく挨拶をするブラッドリー小隊長に彼女が明るい笑みを返した。


「昨夜遅い時間まで、アサクラ殿とお連れのお嬢様方お二人にご協力を頂き、良い結果を得ることができました。そのお礼を申し上げるために参りました」


 嘘の上手いヤツだ。

 俺のなかでブラッドリー小隊長に対する警戒レベルがさらに引き上げられた。


「アサクラ様、教会へは日を改めてとしませんか?」


 ブラッドリー小隊長と話があるのなら、そちらを優先した方がいいだろうと、シスター・フィオナが提案をした。


「お気遣いなく、シスター。私とアサクラ殿との話は教会への道すがらの時間で十分こと足ります」


「それでは失礼になりませんか?」


 今度は俺を見た。


「ブラッドリー小隊長には失礼とは思いますが、本来の予定は教会の訪問です。そちらを優先させましょう」


 アポイントメントなしでやってきたのが悪い。


「私もそれで構いません」


「お二人がそれでよろしいのでしたら……」


 シスター・フィオナが申し訳なさそうに承知する彼女にブラッドリー小隊長がまたもキザったらしくお辞儀をする。


「シスター・フィオナ、改めてよろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願いいたします。騎士様に護衛して頂けるとはとても光栄です」


 彼女に続いてメリッサちゃんも二つ返事で同意した。

 一人、アリシアだけが無言で会釈する。


「快く承諾頂けて光栄です」


 そう言うとブラッドリー小隊長は俺の傍らに立って小声で付け加える。


「道々の話題は、衛兵の詰め所での出来事なんてどうだろう?」


「一緒に訪問する約束をすっかり忘れていました」


 俺は右手を差しだしながら承諾の言葉を口にした。

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