第26話 デイジーハウス
朝食を終えて待ち合わせ場所へ到着すると既にアリシアが待っていた。
「おはよう、アリシア」
「おはようございます、ダイチさん。昨夜はとても素敵な夕食をご馳走頂きありがとうございました」
セシリアおばあさんもお礼を言っていたと微笑む。
「ミャー」
「あら、ニケちゃんも一緒だったのね」
微笑んでニケにも「おはよう」と声をかけた。
「俺の方こそ興味深い話を聞けて楽しい時間を過ごせたよ」
「そんなことを
「いや、本当に楽しい話を聞かせてもらったと思っているよ」
昨夜、俺が宿泊している宿屋『コムレフ』に商業ギルドが用意してくれたディナーにセシリアおばあさんとアリシアを招待した。
その席で話題に上ったのが錬金術と魔道具についてだったのだが、社交辞令でもお世辞でもなく、興味深くためになる話だった。
「そう言って頂けるとあたしも曾お祖母ちゃんも嬉しいです」
「俺の祖国では錬金術や魔道具の技術が発達していないから、昨夜の二人の話は初めて聞くこと、知ることが多くてとても楽しかったんだ」
「昨日、ダイチさんが使ったとても強い光を発する道具は、やはり魔道具ではなかったんですね」
問題の家で使ったLED懐中電灯のことか。
「やはり?」
「はい。道具が光を発しているときに魔力を感じませんでした」
「そんなことも分かるんだ」
「あたし、魔力感知のスキルを持っているんです」
内緒ですよ、と微笑む。
魔力感知のスキルは非常に希少なスキルの一つで、国の内外を問わず有名な錬金術師、魔道具職人でこのスキルを所持している者はいないのだと言う。
「よく分からないけど、そのスキルを持っていると錬金術を使うときや魔道具を作るときに便利なのかな?」
「魔力の流れを感じ取れるのでとても役に立っています」
「おはようございます!」
メリッサちゃんの声が耳に届く。
「おはよう」
「おはようございます。メリッサさん」
「楽しそうでしたね」
挨拶の声を聞いた瞬間、どこか弱々しい感じがしたが気のせいではなかったようだ。
目の下にクマを作った彼女が恨めしそうな視線を向けていた。
「夕食の席で話題に上った錬金術と魔道具の話の続きだよ」
「お食事はご満足頂けましたか?」
「ああ、美味しかったよ」
「あたしまで同席してしまって申し訳ありません」
「いいんですよ。ご迷惑をおかけしたお詫びですから。セシリア様にもアリシアさんにもご迷惑をおかけしていますから、夕食を楽しんで頂く権利は十分にあります」
「大丈夫ですか?」
力なく
「大丈夫ですよ。眠っていないだけですから」
「それ、大丈夫って言いません」
「若いからへーき、へーき」
とても平気そうには見えない。
単に眠っていないだけじゃなく、夜を徹して仕事をしていたのは想像に難くない。
「家に帰って休んでいても構いませんよ。ギルドへは俺たちに同行したと報告しておきますから」
「不正はだめです」
俺の提案はあっさりと却下された。
困った顔のアリシアと目が合った。恐らく俺もあんな感じに困った表情をしているんだろうな。
互いに困った顔で見つめ合う俺たちをメリッサちゃんがうながし、
「さあ、先ずは孤児院からですね」
ふらつく足取りで大通りを歩き始めた。
◇
「皆さん、おはようございます」
孤児院に到着するとシスター・フィオナが来ていた。
リリーハウス、ローズハウス、デイジーハウスの三つの孤児院は教会の下部組織にあたるのだが、それぞれのハウスを三人から五人のシスターが担当している。
シスター・フィオナの担当はこのデイジーハウスなのだという。
「フィオナ、おはよう」
「おはようございます、シスター・フィオナ」
「初めまして、シスター・フィオナ」
「こちらこそ初めまして」
俺たちが来たことが知れると子どもたちが集まり、あっという間に取り囲まれる。
集まった子どもたちの興味の対象は俺だった。
「この兄ちゃん、スゲーツエーんだぜ!」
「シスターを虐めてた悪者をあっという間にやっつけたんだ!」
昨日、露店にいた男の子たちが得意げに昨日のことを話しだした。
「へー、凄いんだー」
「強そうに見えないのにねー」
男の子たちの過剰な脚色も手伝って、集まってきた子どもたちの
世界は違っても、強者に対する憧れは不変のようだ。
「ダイチさんは子どもに好かれるタイプのようですね」
「本当、子どもって単純ですよねー」
俺の傍らで微笑むアリシアと疲れ切ったメリッサちゃんが何とも対照的な反応を示した。
「お姉ちゃん、美人だな」
「シスター・フィオナとどっちが美人かな?」
子どもたちがアリシアに無遠慮な視線と言葉を投げかけた。
そんな子どもたちの反応に困惑するアリシア。
子どもって恐いな。
女性に向かって容姿を比べるようなことを平気で口にするんだもんなー。
「胸ならこっちのお姉ちゃんの圧勝だな」
一人の男の子の発言にシスター・フィオナが即座に反応する。
「こら! 失礼なことを言わないの!」
シスター・フィオナが
男の子と女の子の間で小さな言い争いが発生した。
「フィオナ、いつもこんな感じなの?」
「そう、ね。大体こんな感じね」
メリッサちゃんの質問にフィオナが乾いた笑いを伴って答えた。
このままでは話も聞けそうにないし、先ずは子どもたちの口を塞ぐか。
俺はメリッサちゃんに目配せをした。
子どもたちにお菓子を上げても大丈夫かを彼女経由でシスター・フィオナに確認を取ってもらう。
事前に打ち合わせていたことなので、スムーズにことが運ぶ。
シスター・フィオナと
その側でシスター・フィオナがお辞儀をしている。
よし、許可が下りた。
「今日はお土産を持ってきたんだ」
子どもたちの目の前にチョコレートとクッキーをだした。
「お土産? 食べ物か?」
「お兄ちゃん、これなに?」
たちまち俺の周りに子どもたちが集まりだす。
「外で食べるのは行儀が悪いぞ。いつも食事をしているところへ案内してくれ」
「食堂だ!」
「こっちだよ」
数人の子どもたちが走りだした。
残る子どもたちは俺の手を引いたり背中を押したりと色々だが、誰もが食堂を目指していた。
「あたしも手伝いますね」
アリシアが少し離れて歩きだした。
メリッサちゃんもシスター・フィオナを伴っ子どもたちの後に続く。
さて、誘拐事件のことを子どもたちに聞かせる訳にもいかないよな。となると、シスター・フィオナを外に連れ出すか別室で話を聞くかだが……。
俺は子どもたちに聞くことと、子どもたちに聞かせたくないことを改めて整理しながら食堂へと向かった。
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