第38話 作戦 (Side 盗賊)

 盗賊たちの視線がペーターに集まる。

 ペーターが作戦立案の意見を出すときには概ねこのような状態になるがそれも最近のことだ。


 初めて作戦を立案したときなどは二十代前半いう年齢と年齢以上に若く見える外見から聞く耳を持ってもらえなかった。

 だが、それも実績を重ねるうちに変わってきた。


 それでもやはり若造の言いなりになるような感覚があるのだろう、なかなかもって素直には賛成してもらえない。

 賛成してもらえないのには盗賊たちの理解力の低さもあることを学習していたペーターは、どうかみ砕いて伝えれば賛成してもらえるものかと思案しながら口を開く。


「北側を守る自警団相手でも皆さんの実力なら簡単に勝てるでしょう」


 ペーターの言葉にプライドをくすぐられた男が、上機嫌で北側の襲撃を主張する。

 男たちの口から発せられる主張はどれも、村や行商人、馬車隊の襲撃を成功させていることから、根底に自分たちの力を過大評価していることがうかがわれた。


 一通り男たちが言いたいことを言い終えたところでペーターが口を開く。


「でもそれは相手が真っ向勝負してくれた場合です。自警団が防衛に専念したら、勝てるにしても時間がかかりすぎます」


「防衛に専念するってんなら、自警団を無視して村を襲えばすむことだろ?」


「そうだ! 村を襲われて慌てて出てきたら自警団をヤッちまえばいい」


 彼ら二人の発言に強気な者たちの発言が続いた。

 相手が自分たちの都合がいいように動くとしか考えられないのかよ、と内心で毒づきながら言う。


「自警団もバカじゃありません。警戒しているなら夜の間だけでも村人を安全なところ、例えば村の中央付近に集めるでしょう」


「なるほどな。そうなると自警団をぶっ潰した後で村の中央に陣取っているベルトラムの護衛とやり合うことになるのか」


「戦力を分散するとはバカな連中だぜ」


 バカはお前だ、と言う言葉を飲み込んでペーターが補足する。


「自警団は守りに徹するでしょう。中央付近で村人を守っているベルトラム商会の護衛が援軍として駆け付けるまでの時間を稼ぐためです」


 防衛に専念する自警団を無力化するのは困難な上、ベルトラム商会の護衛に駆け付けられたら挟撃に遭う、と最悪の可能性を示唆しさする。


「なら、自警団をぶっ潰して、無人の家から金目の物をもらって、ベルトラム商会の護衛がくる前に退散すればいいじゃねえか」


「お前がよく口にするリスクってのも、そうなればベルトラムの護衛が俺たちの想定よりも早く到着することと、略奪に夢中になったバカが逃げ遅れるくらいだろ?」


「そこまでのバカはいねえよなー」


 盗賊たちの間から笑い声が上がる。


 そこまでのバカがいるから頭を捻っているんですよ!

 再び内心で毒づく。


「なあに、ベルトラムの護衛が到着したころには、俺たちは影も形もないって寸法だ」


 どこまでも自分の都合でしか予測を立てられない盗賊たちにペーターが補足する。


「村人の家が無人なだけじゃなく、金目の物や食料まで持ち出されていたら得るものは何もありませんよ?」


 ペーターの指摘に腹を立てたのか、一人の男が不機嫌そうに言う。


「じゃあ、南側の入り口からベルトラムの馬車隊を襲撃したらいいじゃねえか」


「南側から仕掛けたらベルトラム商会の護衛と真っ向からやり合うことになります。絶対に自警団よりも手強いですよ」


「真っ向からやり合えばだろ? なら、奇襲を仕掛けたらどうだ?」


 男の言葉にペーターがほくそ笑む。


「さすがですね。僕も奇襲しかないと思っていたところです」


「お、おう! そうだろうとも」


「ベルトラム商会の護衛が南側を守る部隊と中央で遊撃隊になる部隊がいる前提で話します」


 機嫌よく笑う男をよそにペーターが奇襲作戦の説明を始める。

 作戦の全容はこうである。


 襲撃目標は村の北側――、自警団との戦闘は極力避けて誘拐と略奪を主目的としたスピード重視の襲撃。

 今回、金目のものも女も奪えなくても問題ない。


 本当の目的は襲撃が失敗したと思わせること。

 これにより、あわよくばベルトラム商会が村から移動する。移動しないまでも油断を誘える可能性があると説明した。


 ただし、村を襲っている最中に自警団から背後を突かれるのを避けるためにも、襲撃の第一目標が立てこもる自警団の殲滅であると言う偽情報を意図的に漏洩ろうえいさせる。

 村の南に陣取っているベルトラム商会については、監視を目的とした少数の部隊を張り付かせ、不穏な動きがあれば火魔法を夜空に撃って知らせる。


「これが表向きの作戦です」


「潜入組へは自警団の殲滅が最優先だと伝えればいいのか?」


 一旦言葉を切ったペーターにボスが聞いた。

 ペーターが無言で首肯するのを確認すると、連絡係の盗賊に告げる。


「アレンたちには明日の夜中に北側の入り口から襲撃すると伝えろ」


「はい」


「北側の入り口付近の自警団が第一目標だ。自警団の殲滅が最も重要だと念を押せよ」


 首肯する男に向けてボスがさらに言う。


「それとは別に、北側から襲撃することを村の連中にも漏らせ」


「潜入した連中と連絡を取るていで偽の密書を使います」


「できるだけ詳細に書いておけよ」


 盗賊が村に潜んでいる内通者と共謀して自警団の守る村の北側を襲撃。反対側を守るベルトラム商会の護衛が駆けつける前に撤退すると書き記した書状を自警団側に渡るようにする計画である。

 ボスの連絡係への指示が終わると盗賊の一人が、さも先を読んだかのように得意げな表情で言う。


「ベルトラム商会が村から出発したら二回目の襲撃ってわけか」


「バカ、村の半分とはいえ馬車隊が駐留中に襲撃があったってのに、騎士団がくる前に移動するわけねえだろ」


 ベルトラム商会の義理堅さを知っている男が的外れな考えをたしなめる。

 そんなやり取りを横目にボスが「続けろ」、とペーターに先をうながした。


「で、本当の作戦はここからです。目標はベルトラムの馬車隊です。村はいつだって襲えますが、まがりなりにも戦力を分散してくれるベルトラムの馬車隊なんてそうはありませんからね」


 ペーターが「これは千載一遇のチャンスです」と繰り返す。


「狙いはベルトラムの積荷か」


 とボス。


「積荷は奪えるなら、ってとこですね。目標は商会長です」


 誘拐が本当の狙いだと口にした。


「商会長の顔を誰か知っているのか?」


 盗賊の一人が当然の疑問を口にするが、ペーターがそれを笑みとともに一蹴する。


「僕が知っています。あとヨーゼフさんもね」


 ペーターの言葉にヨーゼフが軽く手を上げて肯定するとボスが間髪を容れずに促す。


「面白い、作戦の内容を聞こうか」


「先ほど僕が話した作戦はすべて漏洩させます。するとどうなると思います?」


 悪戯っぽい笑顔で周囲を見回す。


「自警団へ最初から増援をだすんじゃねえか?」


「バカ、そこまでお人好しになれるかよ。精々、中央の遊撃隊を増やすくらいだろ」


 二人の盗賊の反応にペーターはニヤリとした。


「主力部隊を中央に配置して、自分の手元には最も信頼する戦力を置くでしょうね」


 これまでの経験則から貴族や富裕層が戦力を分散するときは概ねそうなることを知っていた。

 重要なのは手元に置く最も信頼する戦力。


「ベルトラム商会長の近くに残る戦力は判断力に優れ、単独での戦闘力に長けた者と考えて間違いないでしょう」


「おいいおい、ベルトラムの護衛が手強いと言ったのはテメエじゃねえか。その精鋭と真っ向からやり合うのかよ」


「なので、こちらも精鋭は勿論のこと主力をベルトラム商会の馬車隊襲撃に充てます。北側の襲撃部隊は陽動です」


 愛嬌のある笑みが急に酷薄な笑みに変わる。


「大手の商会とはいっても所詮は商会の護衛です。まして守るべき主人と馬車、非戦闘員である商会の従業員を守りながらでは、思うようには戦えないでしょう」


 ひるがえって、こちらにはボスと自分も含めて五人のBランク魔術師がいるのだと自信満々に言った。

 口には出さなかったが、その五人が隣国の現役の軍人であり、戦闘経験が豊富であることもペーターの自信の裏付けとなっていた。


 しばし、反対意見がでるかを見守っていたボスが決定を下す。


「よし、決まりだ! 襲撃は明日の夜だ」


 洞窟内に声が響き渡った。

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