第36話 盗賊たちの会話

 口元を引き締めるカリーナにそっと声を掛ける。


「何があった?」


「話の様子からして自警団側の情報が筒抜け、かも知れない……」


 言葉を濁して再び意識を風魔法に集中する。

 デニスのおっさんとフリーダさんに視線で問いかけると二人はもありなんといったていでささやく。


「ゴブリン討伐で集まった冒険者だからな。村の自警団と接触しているのは当然だろうよ」


「随分と隙の多い自警団だこと」


 村の自警団の情報統制なんてそんな物かも知れないな。


「ゴブリン討伐に集まってくる冒険者はどの程度の戦闘力なんですか?」


 俺は気になったので確認の意味もあって聞いてみた。


「ゴブリンは数が集まると厄介だが、上位種が確認されない限りは下位クラスの冒険者を集めて人数で対抗するのが普通だな」


「それに最初は討伐と並行して調査が行われるのが通例よ」


 上位クラスの冒険者や過剰な戦力が派遣されることはまずないのだという。

 下位クラスの冒険者が数十人と村の自警団では盗賊の敵じゃない。


 なるほど、考えたものだ。

 これがゴブリンよりも手強い魔物だったり、ゴブリンの数が異常に多いことが確認されたりすれば派遣される戦力が大きくなる。


 つまり、派遣される冒険者と村の自警団の戦力が自分たちの戦力を上回らないための「村が警戒する数のゴブリン」というわけだ。

 そうなると、盗賊たちのトレノ村襲撃のあらましが見えてきた。


 ゴブリンを誘導して村の周囲に頻繁に出没させる。

 警戒した村が冒険者ギルドへ討伐依頼をだす。


 討伐に集まった冒険者のなかに盗賊たちの一味がいて、村の警戒具合や集まった冒険者たちの戦力を盗賊の本隊へ伝える。

 本隊が勝てる戦略を立てるなり、勝てると判断したら襲う。


「村全体を襲うのではなく、ベルトラム商会を避けて村の反対側を狙った方がいいと進言してるわ」


 ベルトラム商会は無傷で村の反対側だけが襲われる。


 あらぬ疑いが掛けられそうだ。

 大手の商会としては避けたいだろうな。


「待ち伏せしているのがバレたわけじゃないんだよな?」


「いまのところ、警戒をしているだけのようだけど……、いまから連中の声を共有するわね」


 カリーナがそう口にした途端、俺の耳元で男たちの声がした。

 男の苛ついた声。


『だから言ってるだろ! ベルトラム商会の馬車隊が村に留まって動く様子がないんだって!』


『それだけじゃねえ――』


『分かってるって、自警団の動きが怪しいって言ってんだろ?』


 チンピラの一人と思しき男の言葉を遮って、別の男の面倒くさそうな声がかすかに聞こえた。

 これも風魔法なのか?


 驚く俺にフリーダさんが安心するように言う。


「カリーナが風魔法で盗賊たちの会話をあたしたちにも聞こえるようにしただけだから」


 俺は無言で首肯して会話に意識を集中する。


『でもベルトラム商会はなんで村に留まるんだ?』


『どうやらトレノ村の襲撃のことでビビっちまってるみたいだ』


『トレノ村?』


『前回やったとこだよ』


『そういや皆殺しにしたんだっけか」


『ちーっと、やり過ぎたかな』


 反省を感じさせない下卑げびた笑い声が続く。

 くだんの盗賊で確定だ。


『笑いごとじゃねえ。それでベルトラム商会が動かねえんだぞ!』


『いまさら言ってもしょうがねえだろ』


『で、どうする?』


『ベルトラム商会がいるなら好都合じゃねえか。商会長も一緒なんだろ? 前回の村を襲ったときよりも儲けがでかくなるのは間違いないな』


 再び男たちの笑い声が耳に届く。


『さっきも言ったが、護衛がヤバい』


『手強いのは二人だけだろ?』


『二人としか戦ってねえが、二人ともヤバい』


『一人はBランク魔術師だってんだろ? なあに、こっちにはBランク魔術師が五人もいるんだ、なんとでもなるさ』


 カリーナクラスが五人もいるってヤバくないか?

 デニスのおっさんとフリーダさんを見る。


「連中の自信の根拠はこれか……」


「人数もいるようだし、手強いかも知れないわね」


 二人とも深刻そうな表情だ。

 カリーナに視線を向けると彼女も顔を強ばらせている。


『実際に戦った身としては連中が動くまでは手出ししない方がいいと思う』


づいたのか?』


 と何人かの男たちがからかう。


『怖じ気づいたね。女の方もヤバかったがガキの方はもっとヤバい』


『は?』


『何を言ってんだ、お前』


 複数人の男たちがからかうが、それでも俺たちと戦ったチンピラたちは引かない。


『女の方は何をしたのか分かるが、ガキの攻撃魔法がなんだったのか想像も出来ねえ』


『鉛の塊を脚に撃ち込まれた』


『土魔法だろ』


『だとしたら、あのガキの土魔法は俺の魔装を貫いたってことだ。そんな攻撃魔法を使えるヤツはそうはいねえ』


 魔装を展開している魔術師に攻撃を通す方法は二つ。

 一つはカリーナがやったように攻撃武器に魔装を展開して、防御側の魔装を武器の魔装と干渉させて無効化させるなり、弱体化させるなりする。


 もう一つは、単純に魔装を上回る破壊力で攻撃することだ。

 そして、攻撃魔法や弓矢、投擲とうてきする投げナイフなどの飛び道具に魔装を展開することは出来ない。


 つまり、俺の放った攻撃魔法が自分の魔装を貫くだけの破壊力があるのだ、とチンピラが主張しているのだ。

 別のチンピラがさらに言う。


『それにアヒムとエルマーの二人が脚を吹き飛ばされたって話だが、やったのはあのガキで間違いねえ』


『あいつらも油断したもんだな』


 ガキにやられたのかと男たちの間から嘲笑が湧く。

 取り合う素振りすら見せない。


 村に潜入している連中と森のなかに隠れている連中とで温度差が激しい。


「村に潜入している連中の方が格下のようだな」


 デニスのおっさんの言葉にフリーダさんが無言でうなずく。

 最後に男たちは明日の昼間に同じ場所で落ち合い、最終決定を伝えると潜入組に告げて解散となった。

 

 盗賊たちの気配がカリーナの探知範囲の外に出てからタクラ村へと戻るのだった。

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