第144話 ニーム攻防戦 6


 一角獣旗ユニコーンが翻る天幕の外にテーブルを並べ、バルジャン、ゾフィー、エリザ等と共にヴィルヘルミネは朝食をとっていた。

「敵軍を撃退した」との報がオーギュストから齎され、これにより一時的にではあったが、ランス軍に安堵の空気が流れたからである。


 もともと早朝から食事もとらず、皆も戦況を見守っていたのだ。一難去ったとなれば、朝食をとるのは自然の流れであった。


「ランベール少佐であれば当然の帰結であろうが、しかしヴァレンシュタインも手段を選ばん男じゃの」


 赤毛の令嬢は新鮮な山羊のミルクを飲み、皆を見回して言う。ホッとしたから、少しだけ饒舌になっていた。


「まったくですな。朝飯も食わずに戦を仕掛けてくるなんて、やることがえげつない」


 バルジャンは大きく頷き、パンを千切っている。

 ゾフィーはジト目でバルジャンを睨み、「ヴァレンシュタイン公は剛毅な人柄と聞きます。戦場にあっては、我等のように贅沢をしていないだけでは?」と皮肉を言っていた。


 実際ヴィルヘルミネや幹部達の朝食メニューは、ライ麦パンとニームで獲れた新鮮な魚介類をふんだんに使ったスープだ。それに山羊のミルクやチーズが付き、常の食事と変わらなものが供されている。


「まあまあ、ゾフィー=ドロテア――そう尖がるな。アタシ達が贅沢な食事にありつけるのも、ニームの市民が好意的であればこそ。地の利があると考えれば、悪いことではなかろう」


 エリザがニヤリと笑って、金髪の少女を窘める。三十路を超えた大人の貫禄に、口を噤むしかないゾフィーなのであった。


 何も言い返せなくなったゾフィーはスープの中のハマグリを口に入れ、バリバリと音をさせている。それから不思議そうに目を白黒させて、「ん……硬い。なにこれ?」とぼやいていた。


「ははは、ゾフィー=ドロテア。そいつぁ殻の中身を食うもんだよ。ほら、こうして身を外して食べるのさ」

「中身を? ……あ、美味しい」


 頬を赤らめ貝の身だけを取り出して食べるゾフィーを見て、エリザが肩を竦めている。


「こいつはハマグリラプレール。ニームじゃ、こういったクラムをよく食べるのさ。アタシも海軍に入った当初は、なんだこりゃ――って思ったモンだけどね」

「た、食べ方は先に説明して下さい、エリザ=ド=クルーズ。硬くて美味しくないと思ってしまいました」

「だからって普通、噛み砕くかい? 無理してまで食べようとしなくても良かったのに。まったく面白い子だよ、アンタは」


 ヴィルヘルミネはこの話を聞き、ガチガチと噛んでいた貝をそっと口の中から出し、身を外して食べていた。


 ――危なかったのじゃ。余の歯はゾフィーと違って軟弱じゃから、こっちが割れるところであったわ。


 とはいえ赤毛の令嬢は、基本的にパンを齧ってばかりである。どうやら様々な香味野菜を使った独特な味のニーム市特製魚介スープは、山国であるフェルディナントで育った令嬢の口に合わなかったらしい。

 

 しかし、食材はニームの市民が好意で提供してくれている。なので「民の為、残す訳にはいかぬ」と謎の正義感を発揮し、何とかヴィルヘルミネはモッキュモッキュと、口の中へ食べ物を詰め込んでいるのだった。

 

 そんな時だ。第六高地に一万もの敵が攻め寄せてきたと聞き、ヴィルヘルミネがパンを喉に詰まらせそうになったのは。

 

「……ん」


 だが、お陰でヴィルヘルミネは大声を出さずに済んだらしい。詰まったパンをミルクで流し込むと、令嬢は紅玉の瞳を第六高地のある北東へ向けた。


「ヴァレンシュタインめ――忙しないヤツじゃの。朝食くらい、ゆっくり食べさせて欲しいものじゃ」


 文句を言いつつも、これ幸いと苦手なスープを下げて貰い、ヴィルヘルミネはナプキンで口の周りを拭いている。軍事的には全くぜんぜんノープランだが、何故か余裕綽々の令嬢なのであった。


「増援を派遣なさいますか?」


 執事のように腰を斜め四十五度に曲げ、エルウィンがヴィルヘルミネの背後から問う。彼は実務を担当していたから、陣営の視察中に馬上で食べた干し肉が朝食であった。なので今も司令部の天幕からここへ来て、令嬢の背後に近づいたのである。


「うむ――……それしかあるまい」

「では、レグザンスカ少佐に行かせましょう」

「で、あるか」

「では、そのように」

「いや、待て」


 令嬢は「むむむ!?」と思った。


「何か?」


 ヴィルヘルミネは当初、アデライードをゾフィーから取り上げたオーギュストこそ憎いと思っていたが、なんだかアデライードもアデライードで腹が立つような気がする。

 そう考えると、「ちょっとアデリーにも苦労させてやれ!」という薄汚い気持ちが湧き上がってきて、「その為には、どうしてくれよう?」と、令嬢は足りない頭を絞りまくった。


 そうして考えること約一分。湯気が出て出涸らしのようになったヴィルヘルミネの頭だが、一生懸命考えた甲斐もあり、何とか作戦っぽいものが出来上がったのである。

 

「ふむ――……余に一つ、策がある。これを実行してみようではないか」

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