第51話 神雷へ挑む戦い

 一同が絶句したように、場内も静まり返り、やがて驚きの声が聞こえてくる。


「デランって、あの男の?」「聖騎士を倒した男の騎士!」「あいつで勝てるの!?」「ニラリス様やユスティン様ならともかくあの男では……」「負けるわね、少しでも消耗させればあとに戦う騎士様が有利に戦えるのだけど」


 周囲の声はどちらかというと冷ややかなものであった。

 やはり、男の騎士というのは女よりも先天的に劣り、ここまで勝ち残れただけで驚嘆に値するものであり、ここから優勝なんて夢のまた夢というのが大方の予想なのだろう。


「周りの評価というのは厳しいですね」

「競馬の大穴みたいなやつだな」


 ダイチは呟く。


「ケーバ? オーアナ? とはなんですか?」


 ミリアは興味を向けて訊く。


「ギャンブルだよ。大穴ってのは滅多に当たらないやつだ。デランはその大穴ってわけだな。

――だが、当たったときは滅茶苦茶でけえぞ。あいつが勝てば他の騎士達が優勝した時の何百倍も盛り上がる」

「ダイチ、楽しそうじゃのう」

「当たり前だ。俺は大穴賭けは大好きなんだ。――競馬はやったことねえがな」



 ダイチ達は試合前にデランへの激励へ行く。

 控室へ行くと、デランは誰かと話をしているようだった。


「アグライアはお前を気にかけたようだったな」

「ああ、なんでかわからないけど」


 ニラリスとミィセル、それにヴェリアーデやフィオレ、ユスティンまでいる。


「昔の自分に良く似ている、と、そう思ったのだな」


 ニラリスは感慨深そうに言う。


「――んで、俺に何の用だ?」


 デランは皇騎士のニラリス相手にも物怖じせず、本題を切り出す。


「これからアングレスと戦う君の様子を見に来たのだ」

「あの男には勝てないだろうと私は思っているけどね」


 ミィセルは容赦なく毒づく。


「なんだよ、激励に来たんじゃないのか?」

「調子に乗らないで」

「いや正直私も厳しいとは思っている。勝率で言うと五分五分だろうな」

「ニラリサさん、皇騎士のあんたがそんな弱気でいいのか?」

「事実を言っているだけだ。奴の戦いぶりから冷静に分析するとそうなる」

「それで、皇騎士のあんたが勝てないかもしれないから、俺は絶対に勝てないって言いたいわけか?」

「いや……ここまで勝ち上がってきたのだ。可能性は十分になる」

「おためごかしだな」


 デランは遠慮なくぼやく。


「私達の目的はあくまで奴の優勝を阻むことよ」


 ミィセルは言う。


「奴がワルキューレ・リッターに参列させることはなんとしてでも防がなければならない。最悪、奴が決勝まで勝ち上がっても消耗させればそれでいい」

「ああ、そういうことか」


 デランはミィセル達の意図を察する。


「お前には勝てねえから、せめてできるだけ奴を消耗させろって言いに来たわけだな」

「そういうことよ。バカじゃないみたいね」


 ミィセルの言い方は少々気に障るものであった。


「バカらしいとは思うけどな」

「なんだと?」

「俺は……負けるために勝ち上がってきたんじゃねえ!」


 デランは強い意志を込めて言い放つ。


「そうだな、誰も負けてもいいなんて思ってはいない。みな、優勝してワルキューレ・リッターになるためにここまできた。それは私とて同じだ。ミィセルもヴェリアーデもユスティンもフィオレも」


 ニラリスの発言に他の騎士達も同調するように頷く。


「願わくば君と戦いたい」

「だったら、勝ち上がればいいだろ」


 デランはあっさりと言う。それがお互いどんなに困難なことかわかった上でだ。


「そうだな」


 ニラリスはデランの肩に手をかけて力づけるように言う。


「勝ち上がってこい、アングレス・バウハートを倒して」

「ああ、当然だ。俺はあんたにも勝つ」


 デランはそう言い返すと、ニラリスはフッと笑う。


「デラン・フーリス」


 続いてミィセルはデランに言う。


「お前は私がこの手で倒す。だから勝ちなさい」

「へ、言われるまでもねえ」

「気に入らないわね」


 フィオレは腕を組んで言う。


「あのクソ木星人を殺すのは私よ。だけど、私の代わりに殺しても別にいいわよ」

「ああ、やってやるよ」


 デランは力強く応える。


「私から言うことは何もない」


 ユスティンはそう言って部屋を出る。


「それでは私達も」

「はい」

「それじゃあね」


 ニラリスもミィセルもフィオレも控室を出る。


「まったく、何しに来たんだか……」

「励ましに来たんでしょ。すごい顔ぶれだったね」


 エドラが声をかける。


「別にどうだっていい。あいつらは次の対戦相手。ただそれだけだ」


 そう言い切ったデランにダイチは驚嘆する。


「大きいな……」


 素直に口からその言葉が出た。


「デラン」

「なんだよ?」

「金星人や木星人なんて俺にはどうだっていい。ただ、お前が夢をつかむところをみたい」


 ダイチのまっすぐな一言にデランは満足そうに笑う。


「――ああ、今日一番力が入ったぜ」




 武舞台にデランは立つ。

 そこにアングレス・バウハートは既に待ち構えていた。

 前の戦争で金星は木星人によって侵略された。そのせいで国土をあけわたし、家族や友人も国境によって引き裂かれ、耐え難い屈辱を味あわされ続けてきた。

 悔しさ、憎しみは今も続いている。

 アングレス・バウハートはそれをさらに踏みにじろうとしている。

 栄光有るワルキューレ・グラールの歴史を汚し、ワルキューレ・リッターに足跡を残すことで。

 金星人にとってそれは何よりも許せない蛮行。


――金星人や木星人なんて俺にはどうだっていい。


 先程のダイチの言葉が頭の中で反芻される。


「ああ、そのとおりだな」


 この試合、この勝負にそんなことは関係ない。

 今目の前に立っている敵と戦って、勝つ。単純なことであった。


「勝負だ」


 デランが剣を引き抜き、


「ああ、いいだろう」


 アングレスがそれに応える。


――ファイッ!


 開始宣言と同時にデランは一気に飛び込む。

 先手必勝! そんなデランの声が観客席にいるダイチには聞こえた気がした。

 剣の届く間合いまで接近してデランは振りかぶる。


バシュゥゥゥゥゥゥゥッ!!


 しかし、アングレスが放った剣の一振りが斬撃の洪水となって、デランを吹き飛ばす。


「うおおおおおおおおおおッ!」


 デランは空中で姿勢を直して、武舞台に着地。即座に反撃に移る。


「この程度では終わらない。さすがに勝ち上がっただけのことはある。――だが!」


 アングレスは腕を巨大化させて、さらなる一撃を放つ。


「ティターンブロンテ!」


 エドラを倒した一撃だ。

 デランはそれを真正面から受け止める。


ゴォォォォォン!!


 落雷のような轟音が響き、武舞台が爆煙に包まれる。


「セイヤァァァァッ!!」


 デランは剣を一振りすることで爆煙が吹き飛ぶ。


ガシャァァァァァン!


 直後、アングレスへと斬りかかる。

 アングレスはこれを大剣で受け止める。


「チィ、仕留めきれなかったか!」


 必殺の一撃で倒せなかったことへの苛立ちの色が浮かんでいた。


「そいつはエドラの試合で見せてもらったからな!」

「エドラ? ああ、あの一回戦で戦った貴様のお友達か!」

「よく知ってるな」

「個人的興味でな。金星人の男に生まれておきながら騎士を目指す愚か者だということは知っている」

「なにぃぃぃぃッ!」


 デランは激昂し、力任せに押し切る。


「この力……あの男より上か。なるほど、吠えるだけある」

「上から目線していると足元すくうぞ!」


 デランは肩から斜めにかけて剣の一撃をアングレスへと見舞う。


「グフッ!」

「こんのぉぉぉぉぉッ!!」


 ここが好機とデランは畳み掛ける。


ガシィ!


 それをアングレスは剣を素手で無理矢理掴んで止める。


「……調子に乗るな!」


 デランの顔を殴り飛ばされ、武舞台を転がる。


「ク、ク……」

「ちょっと油断してしまったか。いやいや無傷勝てるとは思えなかったが、まだベスト8と甘く見すぎたか」


 アングレスは立ち上がる。


「本気を出すか。噛みつかれると面倒だからな!」


 そう言うと、雷(いかづち)が走ったように武舞台が震える。

 観客達も天災にも似た衝撃に絶句する。



「な、なんだよ、これ……?」


 ダイチも震える。これが、驚きなのか、恐怖なのかはわからない。

 ただアングレスが只者ではないということではわかる。これまでワルキューレ・グラールの戦いを見てきたが、彼はその誰もと違うような気がした。もっと言うと金星の騎士とは決定的に違う何かであった。



「木星人ってああいうものなのか?」

「いえ、これは木星人だからというだけのものではありません」

「じゃあ、なんだよ?」

「……ケラウノス、です」

「ケラウノス?」

「木星人の中でも皇ジュピターの家系のヒトが持つといわれる能力です。雷を身に纏い、敵対する者を平伏せさせるとききます」

「じゃあ、彼は……木星皇ジュピターの家系のヒトということなのか?」


 エドラはミリアに訊くが、首を振る。


「詳しいことは私にもわかりません……ただ、そういう話を聞いたことがあるだけです」

「ジュピターの家系……そんなヒトにデランが勝てるだろうか?」

「デランならいけるだろ」


 ダイチは言う。


「今のあいつなら敵がどんな奴だろうと負けやしないぜ」



「しびれてきやがった……そんな奥の手を持っていやがったとはな」


 デランはアングレスが放つ雷に震えながらも、臆することなく立ち上がる。


「だが、俺は負けねえ!」

「勝つのは俺だ! お前は敗者だ! ティターンブロンテ!」


 アングレスはまた腕を肥大化させて、大剣を振り下ろす。今度は雷を身に纏っており、また本気のせいか、桁違いの衝撃が放たれる。


ズゴオォォォォォォォォォォォォン!!


 武舞台の半分が砕け散り、巻き起こった風は観客さえも吹き飛ばす。


「凄まじいですね、ケラウノス……」


 衝撃が巻き起こった風によってヴィーナスの髪がなびく。


「ケラウノス……多くの同胞を焼き払った、忌まわしい雷です」


 デメトリアは顔に怒りの色を滲ませて言う。いつも冷静で穏やかな彼女がはっきりと顔に出ているのは珍しく、それゆえに木星人への憎しみが根深いことをヴィーナス達は悟らされる。


「そうですね、我々金星人にとって忌むべきものです。ですが、これは試合です」

「ヴィーナス様、その通りです。そして、デランは負けません」


 アグライアは力強くそう言うと、それに応えるかのようにデランは反撃に転じる。


「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 デランは叫びを上げて、斬りかかる。

 身体はさっきの雷の一撃を受けて、立っているのがやっとに見えるほどボロボロだというのに、勢いは一切衰えていない。


「チィ!」


 アングレスは舌打ちし、これを受ける。


「今のは手加減していなかったのだが!」


 本気の一撃を持って仕留められなかった、そのことへの苛立ちだ。


「それがどうしたぁぁッ!」


 しかし、デランにとってそれはどうでもいいことだった。

 勝つために全力を尽くし、負けないために歯を食いしばる。ただそれだけだからだ。


「ならば、これでどうだ!」


 アングレスは雷を放ち、デランを近づけさせない。


「ぐッ!」


 雷が、ボロボロの身体に鞭打つかのように痺れさせられる。


「この雷が、俺が皇になる証だ!」

「皇……?」

「そうだ! 貴様のような平民ごときが、騎士ごときが、俺の進路を阻むことは許されない!」

「そんなの、お前が決めることじゃない!」


 デランは一言斬り伏せて、左腕を構える。


「ハルトアルム!」


 銀色の輝きが雷を受け止め、なお一層輝きを放つ。


「なッ!?」


 これにはアングレスも驚愕する。


「セイヤァァァァッ!」


 その隙を逃さず、左腕で一撃を放つ。


ザシュッ!


 左腕が大剣を折り、アングレスの身体を斬る。


「グフッ!?」


 勝負あった。と、観客のみなが思った。

 しかし、デランの直感が告げていた。


――まだ、終わっていない!


 そして、それは直後に的中していることを思い知らされる。


「ティターン、ブロンテエエエッ!!」


 アングレスは吠え、巨大化した腕が振り下ろされる。


ズゴオォォォォォォォォォォォォン!!


 今度は直撃し、衝撃は観客席にまで及ぶ。


「……ハァハァ」


 仕留めた。

 捉えた感触も確実にこの腕に残っている。もしかしたら、跡形も無く消え去ったかもしれない。


「まあ、よかろう……」


 アングレスはそれだけ言う。

 苦戦したものの、勝てば満足だった。

 だが、少し妙だ。

 何故、アナウンスは勝者である自分の名前を告げない。木星人である自分を勝者として認めないつもりなのか。いや、先程のヴィーナスの態度からしてそんな狭量な大会ではなかったはず。

 ならば、何故勝者の名前を告げない。


「……まさか」


 アングレスは目を凝らす。

 そこは今まで戦っていた敵が立っていた場所。ひょっとしたら、まだ立っているのかもしれない場所。


コツコツ


 足音がする。

 誰かが立っていなければ決して聞こえない足音。そう、立っているのは紛れもなく敵だ。


「デラン・フーリス……!」


 今ここに至ってようやくアングレスは、デランの名前を呼ぶ。

 それはデランを倒すべき敵と初めて認識した瞬間であった。


「アングレス・バウハート!」


 デランもまた敵を見据える。

 身体はボロボロで、アングレスの必殺の一撃を受け止めた左腕は折れてもなお、眼は敵を捉え、足を敵へと向かわせる。


――まだいける。


 甲冑は砕け、剣は折れた。

 だが、敵へと向かう心は一切折れていない。

 そして、身体はまだ戦えると叫んでいる。


「――グッ!」


 一歩歩くごとに、左腕を上げようとする度に、激痛が走る。

 それでも、前へ前へ……!

 ずっとこんな戦いを繰り返してきたじゃないか。

 あの日、勝てないはずの少女に立ち向かった時もそうだった。

 あの日、眩いばかりの輝きを放つ皇の騎士と立ち合えた時もそうだった。

 今日も同じだ。

 目の前に立っている敵に必ず勝ち、証明してみせるんだ。


「うぉぉぉぉぉッ!」


 左腕を振り上げ、斬りかかる。


「フン!」


 アングレスはこれを受け止める。


キィン! キィン! キィン!


 輝く左腕と木星の大剣がぶつかり合う。

 デランは立っているのが不思議なほどダメージを負っているが、アングレスの傷もまた浅くなかった。

 剣が激突する度に、血が舞い散り、金属音に乗せて、肉が裂けたかのような音が迸る。


「グウゥゥゥゥゥゥッ!!」

「ウオォォォォォォッ!!」


「何故、男のお前が騎士になろうと思い上がる?」


 アングレスは問いかける。


「ヒトは生まれた星によって運命は定められる。皇になるもの、騎士になるもの、貴族になるもの……平民のお前はずっと平民が相応しい運命だと思わないのか?」


 その問いかけによって、デランは何故自分はアングレスにここまで対抗心を燃やして戦うのか、わかった気がする。


「生まれも育ちも関係ねえッ!」


 デランは今までやってきた想いの全てを左腕に込める。


「男がなんだ! 平民がなんだ! そんなもの関係ねえッ! この手で、運命を切り開くんだよぉぉぉッ!」


 左腕の剣を振り下ろす。


ザシュッ!


 手応えはあった。

 左腕が敵を確実に捉え、斬り裂いた。


「……かった」



――勝者、デラン・フーリス!



 勝利の確信とアナウンスが同時にやってきた。


「「「オオォォォォォォォォォッ!!」」」


 そして、観客の歓喜の歓声が響き渡る。

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