第19話 ヴァーランス強奪

 このビーマックスという名のバイクは思った以上にスピードが出た。

 ギアを上げる度に、身体に吹きすさぶ風は強くなってくる。

 景色は全て置き去りにして疾走していく。


「くあッ!」


 油断したら車体が傾いてバランスを保っていられなくなる。

 バイクに乗るのはこれが初めてではないが、ここまでスピードを出したことは無い。

 明らかにスピード違反物である。というか、どう考えても違法改造車だ。

 エリスは歯を食いしばってこのマシンを制御する。

 兎にも角にも、これだけのスピードを出せればバギーに追いつくことは簡単だ。

 無我夢中で追いかけた先にバギーはいた。

 既に街から大きく出て、ただハイウェイと火星の荒野と赤い空が果てしなく広がる光景の中、それはかなり目立った。


「に・が・さ・な・いぃぃぃッ!!」


 ホイールからの凄まじい回転音とエリエスの歯ぎしりが同調する。

 スピードはまだまだ出る。

 メーターを見る限り、ギアをあと二段階を引き上げることが出来る。


「どりゃぁぁぁッ!!」


 エリスは躊躇いなくギアを上げる。

 そのせいでスピードが上がったものの、車体がガクガク揺れる。

 不安定でバラバラになりそうだが、何故か心が躍る。

 バギーがどんどん大きくなっていく。それはつまり近づいていっているということ。

 座席が見えて、ヤツの……デイエスの後頭部も見えた。

 運転しているのはデイエスの仲間か。隣に乗り込んでいる助手はニンマリと笑みを浮かべてこちらを見ている。


――なんて薄気味悪い少年。


 エリスは率直にそう思った。

 が、その直後にローと呼ばれたは銃をこちらに向けてきた。


「――!」


 エリスは反射的にハンドルを切って射線からはずれようとする。

 今のこの限界いっぱいにスピード出した状態だと、身体に当たらずとも車体にかすっただけでクラッシュしてしまいそうになる。


「くぅぅぅッ!!」

 チカラの限り、ハンドルを握りしめて立て直す。

 今のカーブでバギーから距離を離されてしまった。

 しかし、それよりもエリスは気にかかったことがある。

(あいつから殺気を感じなかった)

 つまり冷静に考えると、ただ銃を向けてきただけのように思える。

 つまり、からかわれたということだ。

「ああ、もう!」

 エリスは癇癪を起こす。


バァン!


 その時、空に向かって発砲される。

 次の瞬間、ローは座席から身を乗り出して、こちらに銃を向けてくる。

 今度は撃ってくる。殺気はなくても、そんな予感がする。


バァン!


 ローは何の躊躇いもなく、銃を撃ってみせた。


「ヒートアップッ!」


 エリスは能力を使う。

 熱による身体能力の上昇は動体視力にも及ぶ。

 目にも止まらぬ速さで迫ってくる銃弾もはっきりと見える。それこそ、キャッチボールで丁寧に頭目掛けて投げてくれるかのように。

 エリスはわずかに首を傾けてその銃弾をかわす。


「――ニィ」

 少年は満足したように笑う。


バァン! バァン!


 そして、次から次へと発砲してくる。


「ああッ!」

 エリスはこれを屈んだり、ハンドルを切ったりして、無理矢理かわした。

 きっちり、身体だけを狙ってくるあたり、憎らしさを助長させる。

 デイエスの後に殴ってやろうかと思った。


「うぐぅ……」


 ここでエリスにのされて気絶していたデイエスが意識を取り戻す。


「気がつきましたか」

「ローか……俺は、どうしたんだ?」

「あなたは負けたんですよ」

「俺が……バカな、俺が小娘ごときに!」

「そう、負けるはずがありませんよね」


 ローはフッと笑う。


「ああ、そうだ。今度やれば勝つ」

「そうですね、だったらお似合いの舞台を用意しますよ」

「舞台か……今走っているのもそのためか」


 バギーの激しい風に晒されながらデイエスは自分の置かれた状況を理解しようとした。


「ええ、彼女が必死に追いかけてきてますよ。それはもう必死に」


 ローは嘲るように笑う。

 この少年、会った時からどうも得体の知れないところがある。

 そもそも、今バギーを運転している奴やビルにいた仲間はこいつが集めたものだ。

 一体何の目的でこんなことをしているのか。以前問い質したら、


「面白いことを始めたいから」


 と答えた。

 その面白いことが何なのかまでは言わなかったが、ともかくそれで人や金を集めだした。

 そして、今これがローの言う面白いことなのか。

 確かに、少しは面白くなってきた、とデイエスは思った。

 このバギーを追いかけているエリスの必死な形相を見ていると踏みにじってやりたくなる。

 狙いは自分にかけられている賞金なのだろうが、それをおいそれと渡したのでは、ダメだ。

 手を伸ばして伸ばして、取りかけたところを潰してやる。想像しただけで笑みが浮かぶ。


「誘い込むのは、あそこだな」

「はい」


 少年もまた同様の笑みを浮かべて答える。




 ダイチは必死に走った。

 刻は一分一秒を争う。何しろ、相手はバギーとバイクでとんでもない速度を出している。

 グズグズしているともう追いつけないところまで行ってしまう。

「イクミ、いけるか!?」

『もうちょっとや、ちょい待ち!』

「ああ、俺ももうすぐだ!」

 ダイチはミリアとフルートと共に近くの格納庫に忍び込んで、探し回る。

『オーケーや!』

 パチン! と、指を鳴らす小気味いい音を鳴らす。

『三番目やな、そいつを動かせばいい』

「しかし、さすがですね。もうハッキングして、掌握してしまうなんて」

 ミリアが言ったことにダイチは同意する。

 ダイチがどこへ行って、何をするのか告げて、まだ数分しか経っていないのにもうそこまでの芸当をしている。味方で本当によかったと思う。

『この街でウチが掌握していないシステムはないからな!』

「やばいこと言ってるな!」

『それだけウチや、凄腕のハッカーってことや』

「自分で言うか。まあ、凄腕ってのは同意するけどな」

『せやろ、もっと褒めたってええんやで!』

「あとでタップリな!」

 ダイチはそう言いながら、三番目のコンテナに入る。

 前回の宇宙港といい、ちょっとした縁を感じる。

 などと感慨に耽っている場合じゃない。

 即座に中に入っている機体――ヴァーランスのコックピットに入る。

「えっと、確かこれをこうして……」

 ダイチは記憶を頼りに、ビムトが操作してみたようにやってみる。

「おお!」

 ディスプレイが立ち上がる。

「適当に動かしたら動いたのう!」

 フルートが横で茶々入れる。三人もコックピットに乗れるか不安だったが、フルートはダイチの膝の上に乗っていて特に邪魔はならない。

「えっと、確かここで遺伝子登録するんだったな」

「あの、それって登録できるものなんでしょうか?」

「え、俺の場合、簡単に登録できたぞ」

「いえいえ、マシンノイドは一機ずつちゃんと持ち主を登録していて、無闇に乗り回せないようにしているんです」

「そ、そうなのか。そのあたり、ハイテクだな」

「それにこうして盗難防止にもなりますしね」

「いや、シャレになってねえぞ!」

 ダイチは焦る。

 こうして保安の機体を盗み出そうとしているのだから、捕まったら間違いなくタダじゃすまない。

 しかし、エリスを助けるにはこうすることしか思いつかなかった。

(登録ができないくらいで立ち止まれるかよ!)

 ダイチは半ばヤケになって、ディスプレイに表示されている登録ボタンを押す。


ピコーン!


 何かシステムが作動する音が鳴った。

 警報ブザーかとダイチは身構えた。

 しかし、ディスプレイには「エヴァリシオン、エントリー完了」と文字が表示されている


「『あなたを当機のパイロットとして認定いたします。よろしくお願いします、ダイチさん』」

「読み上げなくてもわかるって!」

「なるほど、これでこの機体はダイチさんの物になったわけですね」

「え、あ……そ、そうか」


 なんだか、少し都合が良すぎる気がするが……

 いや、この際それはどうだっていい。ようは使えれば良いんだ。


「イクミ、ハッチを開けてくれるか?」

『お安い御用や!』


 耳元からカタカタとタイプする音が聞こえる。


ピコーン!


 また何かシステムが作動する音が鳴った。

 すると格納庫のハッチが開いて、外へと飛び出せるようになる。


「よし、いくぞダイチ!」

 フルートは外へ向かって指差す。

「ああ!」


ブオオオオオオオオオン!!


 いきなり警報音が鳴り出す。

 さすがにここまで行動したら気づかれたのだろう。


「ああ、これは早く退散した方がいいですね」

「あったりまえだ」


 ここで捕まったら、逮捕されて間違いなく罪人だ。何より、エリスのもとへ助けに行けなくなってしまう。

 ダイチは臆することなく、ヴァーランスを動かす。

 一度動かした時まったく同じ感覚だ。

 DFSというモノのおかげで、ビムトが言っていたように身体の延長みたいに機体が動く。


「おお、これはなかなか良いものであるな!」


 膝の上に乗っているフルートは満面の笑みで言う。


「そうだろ。一度操縦したらやめられなくなるぜ」

「いや、この膝の上が心地よいのじゃ」

「……は?」

「愛する者のぬくもりをじかに感じる。こうして背中を預けると言い知れぬ安心も湧き上がってくるぞ」


 フルートは

「お、おい……そんなにくっついたら操縦しにくいだろ」

「まあ、熱い仲なんですね、お二人は」

「茶化してないで、なんとかしてくれよ」

「寄り添うお二人に横恋慕する無粋な真似はしませんわ」

「誰が寄り添う二人だ……」

 ミリアにそう言われて、はやる気持ちが少々抑えられる。


キュオオオオオオン!!


 突然、目の前にディスプレイがエマージェンシーコールが鳴り出す。


「おわ、呼び出しじゃねえか」

「こんなもの、無視すればよかろう」

「ああ、そうだな。いちいち応答なんてしてられるか」

「声だけでも身元がバレる恐れがありますしね」


 ダイチはミリアの言葉に頷いて、コールに応えること無くヴァーランスを格納庫から出す。


「えっと、これでブースターを使えばエリス達に追いつけるだろ」

「うむ、便利なものじゃな」

「それでブースターの使い方は知ってるのですか?」

「え、えぇ? ああ、それは……」


 知らなかった。

 前に乗った時は歩くことぐらいしかしなかったから、ブースターをどう使ったらいいかわからない。


「そのぐらい、なんとなくで使えもんか」

「なんとなくね……」


 歩くぐらいだってなんとなくで出来たんだから同じようにブースターも使えるのかもしれない。


「ああ、レバーを押してみたらどうですか?」

「レバーってこれか」

「そしたら、こう『飛べ―!』って感じでジャンプすればいけるかと」

「そんないい加減でいいのか?」

「自分の身体と思っていただければ、感覚でそれぐらいいけますよ」


 ミリアは無茶苦茶なことを言ってくるが、不思議といけそうな気がしてくる。


「じゃあ、ちょっとやってみるか」

 ダイチはヴァーランスをかがませる。

「いっけぇぇぇぇッ!!」


 思いっきりジャンプした。

 その鋼の巨体が火星の地を蹴っただけで、砂塵が巻き上がる。


ゴォォォォォォォン


 そして、ダイチの叫びに応えるように背中のブースターが噴射する。


「おお!」


 ブースターの噴射のおかげでシートに背中を打ち付けるほどの反動がダイチを襲う。


「おお、中々スピードが出るものではないか!」

「お見事です、ダイチさん」

「ああ、これでエリスが追いつけるぜ」

「そうですね。無茶をしていないといいのですが」

「いや、それはありえないだろ」

「ですね」


 ミリアはフフッと笑う。


「さて、エリスの位置ですが……」


 ミリアは端末からマップのディスプレイを宙に表示させる。

 エリスは発信機を持っており、これで彼女がどこに行ったのかわかるようになっている。


「シルチス」

「シルチス……?」

「今は廃墟になっていると聞きます」

「廃墟?」

「ええ、前大戦の名残りなんですよ。戦争でいくつもの街が破壊されてしまったんです」

「戦争……」


 以前、宇宙海賊に会った時の話で聞いたことはあった。

 それに彼らが拠点としてるコロニーでは、その戦争によって身寄りを失った人達がたくさんいた。

 その戦争を一切知らないダイチにとって、その爪痕が今も火星や他の星にも残っていて如何に凄惨なものだったかを思い知らされる。


『応答しろ! 操縦者、応答しろ!』


 エマージェンシーコールから強制通信に切り替わり、ビムトの怒声が響く。


「なんじゃ、このやかましいのは?」

「ビムトさん……」


 この声を聞くと申し訳ない気持ちになってくる。

 いくらエリスを助けるためという大義はあっても、盗みは悪だ。

 今更ながらに罪悪感が込み上げてくるが、もう引き返す訳にはいかない。

 償いならエリスを助けてから、いくらでもする。そんな決意のもと、ダイチはシルチスへ向かう。


『ああ、ビムト君じゃ話にならないね。私が代わるよ』


 通信越しからフーラの声がする。


「フーラさん……」

 ダイチは思わず声を漏らす。

 いや、誰が来ても退く気はない。


『ダイチ君……君なのだろう?』

「――!?」


 ダイチは名前を呼ばれたことに思わず驚きの声を上げる。

 顔を見られたのか。いや、監視カメラを始めとするセキュリティはイクミが潰しているからそれはない。

 だったら、なんでこのヴァーランスを奪ったのが自分だとわかったのか。


『今、君はさぞ驚いているだろう。その顔が見れないのがとても残念だよ』


 声だけの通信だというのに悪戯っ子のような意地の悪い笑顔が脳裏に浮かぶ。


『応答してくれないか。君を罪に問うような真似はしないから――火星の皇・マーズに誓ってもいい。

――応答してくれ』

「フーラさん……」


 フーラにそこまで言われて、応えてしまう。


『ようやく、応えてくれたか。さあ、罪を悔い改めてくれたまえ』

「って、罪に問わないって言ったじゃないですか!」

『うん、元気な声だ。やはり少年は元気が一番だね』

「ふざけたこと言ってないで。どうして俺が盗んだとわかったんですか?」

『いや、そんな気がしただけだよ』

「カンで言い当てたとおっしゃるんですか?」

『ああ、君か。女の子をコックピットに連れ込むとはやるね、ダイチ君』

「そんなんじゃありませんから」

『ああ、そうか』

「フーラさん、俺は……」

『皆まで言わなくてもわかる善良な君がこんなことをしでかしたんだ。よっぽど切羽詰った状況なんだろう』

「は、はい……」

『ならばそれでいい。約束通り、罪に問うようなことはしない』

「フーラさん……ありがとうございます」

『礼よりも何度も言っているだろ。――賞金を欲しいって』


 その物言いに、ダイチは苦笑する。


「あはは、考えておきます」

『期待してるよ』


 フーラはそう言って通信を切る。


「……ふう」

 ダイチは一息つく。

 なんというか、凄く楽になった気分だ。

 許可された、というのはとはちょっと違う気がする。

 何はともあれ、これで心置きなくエリスを助けに迎える。


「む、スピードが出てきたのではないか?」

「そうか?」


 メーターを見てみると確かにさっきよりもスピードが出ている。


「気が楽になったからでしょう。操縦者の遺伝子情報だけではなくて精神状態に左右されますからね」

「そ、そうなのか。じゃあ、俺が落ち込んだらスピードが落ちるってことなのか?」

「いえ、さすがにそれだと少々不便なので、サブシステムに切り替えることもできますよ」

「凄いな、それも……」


 聞けば聞くほど便利なもので、ダイチみたいに一切知らないド素人がいきなり使ってもちゃんと操縦できるのが驚きであった。


「とりあえず今はこのままでいいな」

「うむ、乗り心地は悪くない。むしろ、とても良いぞ!」

「そ、そうか……ミリアはどうだ?」


 ミリアはシートにつくことなく、ずっと傍らで立っている。

 ブースターで思いっきりスピードを出しているせいで、かなり揺れている。立っているせいでかなり疲れているのではないかとダイチは思う。


「いえいえ、私は全然大丈夫ですよ」

「辛くなったらいつでも言えよ。いざとなってヘロヘロになったら困るしな」

「そうですね……疲れたらダイチさんの膝枕をご所望いたします」

「なッ!?」「はあッ!?」


 ダイチとフルートは揃って驚きの声を上げる。


「ならん! ならんぞ! ダイチの膝枕は妾のものじゃ! というかダイチが妾のものじゃ!」

「いや、それもおかしいからな」


 ダイチは呆れた。


「うむ、こういう所有権に関する問題ははっきりさせておかないといけないのじゃ」

「俺は誰のモノでもねえよ」

「ぬう、つまりは他の誰かのモノになってしまうこともあるのじゃな」

「なんでそうなる!?」


 なんだか、不毛なやり取りになってきたような気がしてきた。


「なんか疲れてきた」

「む、そうなのか。疲れたのなら操縦を代わろうか?」

「出来るのか?」

「うむ! この程度なら軽いものだぞ」


 フルートは堂々と胸を張って言う。しかし、ダイチからでは後頭部と背中ぐらいしか見えない。


「……そ、そうか」

「む、その反応は信用おらんな。どれ少しやってみよう」

「え?」

 ダイチが何か口を出す前にフルートはディスプレイを操作した。


ピコン!


 何やらディスプレイから妙な音がした。

「ん、なんだ?」

「これで操縦権は一時的に妾に移ったんじゃ」

「え、そんな簡単に!?」

「セキュリティが意味を成していませんね」

「いいのか、それ」


 仮にもこれは保安の機体だ。そんな簡単に操縦権を取れるのだったら、ホイホイ盗まれることになる。


「いえ、よくありませんよ。本来ならいくつか手順を踏まなければならないのにたった一動作でこんなことになるなんて」

「別にええじゃろ。妾はいつもこれで操縦しておるんじゃから」


 フルートは当たり前のように言う。


「いつも、これで?」

 ダイチはミリアに「本当か?」と問いかける。


「文化の……違いですね」

「ああ、なるほど


 フルートは冥王星人。ここは火星。


 星が違えば文化も違うということか。

「よおし、それではいくぞ!」

 フルートはピコンとディスプレイのボタンを押す。



ゴオオオオオオン!!


 突然ブースターがけたたましい音を立てて、出力を上げる。


「おうわッ!?」

「な、なんですかこれ?」


 ミリアも珍しく本気で驚いている。

 今までかなりのスピードを出していたと思ったが、更にスピードを出したのだ。

 こんな無茶なスピードを出したら、機体がバラバラになってしまう危険がある。


「どうじゃ? 妾がちょっとやってみせただけでほれこの通り!」


 フルートは得意げに言う。


「ば、バカ! スピード出しすぎだ! こんなんじゃ、シルチスに着く前にバラバラになっちまう」

「なぬ!? たったこれだけのスピードで、か!?」

「いや、スピード出しすぎだ!」

「いや、妾はまだまだ本気を出しておらんのじゃが……」

「いや、十分! 十分だって!」

「ううむ、物足りぬが……」


 フルートは不満の声を上げつつも操縦権をダイチへと返した。


「ったくよ、無茶しやがって……借り物なんだぞ、一応」

「盗品、ですよね……?」

「う……持ち主の了解はとってあるからいいだろ」

「それもそうでしたね」


 ミリアはそう言いながら、ディスプレイを見て確認を取る。


「やはり、先程の一瞬……機体のスペックを超えたブーストですね」

「なんか言ったか?」

「いいえ、なんでもありません」


 ミリアはイクミに連絡してみたら面白いことになりそうだと密かに心を弾ませる。


「エリスは無事だといいけどな……」

「大丈夫です……と、言いたいのですが、残念ながら腕の方は大丈夫ではないかもしれません」

「腕か……エリスももどかしいんだろうな」


 何しろ全力で戦えないのだから、本当なら勝てる敵にも負けてしまうし、無茶もできない。まあ、ダイチの目からしてみれば十分すぎるほど無茶してると思うが。


「だから取り返したいんですよ。是が非でも」

「ミリアもそうなのか?」


 ミリアもエリスと同じように義足を使っている。そのため、自分の足で歩いていないことを歯がゆく思っていないかダイチは心配になって聞いてしまった。


「確かに私にも取り戻したい気持ちはありますが、エリスほど強くありません」

「そこは人それぞれってことか」

「まあ、ダイチさんにはわからないでしょうから」

「ああ、そうだな……」


 ダイチは腕や足、自分の身体を動かしてその感触を確かめてみる。五体満足なのがひどくありがたく思える。

 だが、エリスやミリアにはそれがない。

 自分の腕や足がなくなる感覚は経験したことないから、気持ちは分からないが辛いことなのではないかということは容易に想像がつく。

 出来ることならなんとかしてやりたい。

 ダイチが今こうして必死になって動いているのもそれが理由なのかもしれない。

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