第10話 水星コンプレックス

 テロによって街にいるヒトが避難しているために、遮る者などなく大通りを大手を振って走り抜けられた。

 人がいないものの大通りは静まっていない。

 テロリストどもがあっちこっちで暴れまわっているせいで爆音が鳴り止まないのだ。

 雑踏のざわめきが、けたたましい爆音に変わっただけで、不快感はこちらの方が高い。それがエリスの苛立ちを助長させた。

 人がいないから見通しがいいものの、ヒト一人探し出すのは簡単なことではなかった。

 イクミがいれば、と思わずにはいられなかった。

 彼女ならわずかな情報で読み取り、ダイチの現在位置を割り出すことなんて造作もない。

 だけど彼女はこの場にいない、連絡もとれない。ないものねだりに過ぎない。そんな考えはふり払わねばならなかった。

 さっきまでいたカフェまでついた。避難シェルターからここまで同じ道をたどってきたというのにダイチの姿は影も形もなかった。

 通りのところどころ、爆雷の被害にあったのか削れたり、高層ビルの瓦礫に埋もれていたりしていた。それらの光景を目にするたびに、最悪の想像が脳裏に浮かぶ。


「あいつ、どこにいるのよ!?」


 エリスは遂に苛立ちを暴発させた。


「どこかに連れ去られたのではないでしょうか?」


 ミリアは自分の考えを言う。ミリアが最悪の想像をしていないはずがないのに、それを口にしない。エリスに気を使っているのか。いや、おそらくミリア自身が口にしたくないだけだったのだろう。


「……そうね、これだけ探していないのならさらわれた可能性もあるわね」


 「一体何故さらわれたのか?」なんて理由から考えるのは後回しだ。重要なのは、さらわれた可能性がある、ということだ。


「可能性があるのならどうするんですか?」

「そんなの決まってるでしょ」


 エリスは拳を打ちつけて答える。


「さらった奴の仲間にでもはかせればいいのよ」


 この場合の「奴」というのはテロリストのことだ。

 テロリストの連中を見つけるのはこの見通しのいい大通りを見渡せばすぐにでもわかることだった。


「ソルダが3体いますわね」


 ミリアが捕捉し、エリスが駆け込んだ。

 ヒートアップにより、上昇した身体能力で一気に距離を詰める。

 思いもしなかった少女の出現にソルダの操縦者達の思考が驚愕で一瞬停止する。

 その一瞬が命取りだった。気合の一声から繰り出された拳はソルダの足を砕いた。


(……ソルダのコックピットはヘソってイクミが言ってたわね)


 思考と身体が同時進行で動く。

 コックピットのハッチを拳で打ち砕いて、そこにいる操縦者を掴み上げる。


「ひぃッ!?」

「あんた達、誰かさらわなかった!?」

「さ、さらうッ!?」


 操縦者の男は何を問い詰められているのか、理解していないようだ。


ゴォンッ!?


 何かが割れる音がした。

 コックピットから外を見ると、割れたのはソルダの金属板だということがわかった。

 では何故それが割れたのか。イクミから聞いた限り、ソルダにそんな機能はついていない。ミリアはそんな能力を持っていない。

 とすると、これは別の誰かからの攻撃だった。


「テロリスト、見ぃつけた!」


 上機嫌な女の声が響いた。距離は50メートルほどあり、その先に彼女はいた。水色の髪のショートカットに、胸に下着のようなものをつけているだけで上着を簡単に羽織っただけのラフな格好をしていて警棒を片手に持ち、厳しい目つきで、こちらをにらんでいた。

「何なのよ、あんた!?」


 エリスは喧嘩腰で飛び出す


「あたし? あたしは、生まれも育ちも水星の水星人のマイナ・ファインだ!」


「すい、せい、じん?」


 彼女マイナの返答がひどく場違いに聞こえた。今この状況で自分は水星人だと高らかに言う必要なんてない。そこにエリスが感じたのは呆れだった。


「な、お前! 今馬鹿にしただろ!?」

 何を聞いて憤慨したのか、マイナは怒り心頭に持っている警棒を振り回す。


「はあ?」

 エリスには何の事か、さっぱりわからない。


「これだから、テロリストって奴はあッ!」

「ちょっと待って、私はテロリストってわけじゃ、」

「問答無用!」


 有無を言わさず、マイナの怒声がエリスの弁解(?)を無理矢理遮る。


「マッハマテリアル!」


 マイナはその言葉とともに瓦礫の残骸を蹴る。

 握り拳程度の大きさだったそれは蹴られた瞬間にエリスの視界から消えた。

 蹴っただけだ。その蹴り自体大したモノではなかった。エリスなら能力を使わなくても防げる程度のレベルだ。


ゴォンッ!?


 聞こえたのは、またも金属板が割れる音だった。それも足の関節部をやられたのか、ソルダは体勢を崩す。


(あいつの能力か……石をぶつけてきたのね!)


 マイナが蹴った石が足に当たった。そうとしか考えられなかった。


「まだまだいくぞ!」

 マイナはさも愉快げに、道に転がっている瓦礫を持って投げた、その直後に蹴った。

 その瓦礫は一筋の流星のように、エリスに向かって降り注がれた。


「こんなものッ!」


 コックピットを飛び出したエリスはそれを腕ではじいた。腕に痛みが走った。音速で飛んできた石を受けたのだから当然だ。だけど怯んでなんていられない。

 今は、敵の能力を見極めることが何よりも先決だ。


「へえ、頑丈じゃないの!」


 そう言って、さらに石を蹴る。その石はやはり流星となる。見る者の目に焼きつけられる鮮やかな光の矢。

 しかし、その矢がエリスに届くまでコンマ一秒の時間を要した。


(……かわしたッ!?)


 マイナは驚愕した。自分の能力に絶対の自信を持っていたからだ。


(……なるほどね)


 エリスは彼女の能力を理解する。蹴った物体が音速の速度を得て、自分に向けられた。


「触れた物を音速で飛ばす能力ね、たいしたことないわね」


 エリスは自信満々にマイナに告げる。絶対の自信を持っている自分の能力を看破された上に、たいしたことないと啖呵を切られた。それにマイナは侮辱されたのだと思い、腹に力を込めた。


「こいつ、馬鹿にするなあッ!」


 マイナは片っ端から瓦礫を蹴り飛ばした。瓦礫は一直線でエリスに向かってきた。

 エリスの思った通り、その攻撃は単調だった。直線で来るのなら、そこから少しでも外れれば当たらない。怒りによって攻撃はさらに単調化する。

 能力を看破できたということは、弱点もわかったということだ。それに気づかれずに一瞬で勝負を決める。

 それがもっとも手っ取り早く、かつ時間のかからない手段だった。

(あいつの弱点は、接近されたら能力を使えない……!)

 だから、一瞬で間合いを詰めればいいのだ。ヒートアップにより、上昇した身体能力ならば一呼吸で数十メートルの距離を詰められた。

「こい」

 「つ!」とまで言葉が続かなかった。

 急速に接近したエリスからの一撃に備えて、身をかがめた。かがめたときにはもう手遅れだった。すでに至近距離までの接近を許してしまったのが致命的だったのだ。

 マイナのむき出しの腹をエリスの拳が突き上げる。


「ゴフゥッ!?」


 マイナは一撃を受けた腹を庇うためにさらに上体をかがませる。エリスはこの好機を逃すほど甘くない。

 必殺の回転蹴りをマイナの頭に見舞い、身体が吹き飛び、地面に強く打ちつけた。

「う、うぅ……」

 意識は残っているものの起き上がるのに数秒を要した。

 その数秒で、もう勝敗が決しているのはどちらの目からみても明白だった。エリスがこう言えば彼女が敗北の味を噛み締めてくれて、諦めもつけてくれればしめたものだった。


「ちくしょう……」


 案の定、マイナは敗北したことを実感してくれた。


「こんな……こんなテロリストなんかに、負けるなんて……!」


 そんなこと言われるのは心外だった。身に覚えのないテロリストの烙印を押されたまま、立ち去るのはプライドが許さなかった。


「何を勘違いしているのか知らないけど、私達はテロリストなんかじゃないわよ」

「えッ!?」

「あんた、テロリストじゃないって?」

「そうよ、私はただの小市民よ」


 ダイチがこの場にいたら間違いなく白々しいと言わんばかりの視線を送っていただろう。


「ただの小市民がこんなところ、うろうろしているわけないじゃない」

「人を捜しているからよ。今あいつらからそいつを見つけていないか聞き出そうとしていたところなのよ、それを邪魔をしたのはあんたなんだからね」


 そう言いながらエリスはその「あいつら」の方を見ると、見るからに操縦者のいなくなったソルダ達が倒れている光景があった。


「あーッ! あいつら、逃げたわね!」


 エリスは手掛かりを失った憤りを物言わぬソルダにぶつけた。ソルダは何も言わずただ倒れ伏しているだけだった。


「ご心配なく。ちゃんと尋問しておきましたから」


 いつの間にかミリアが傍らについている。そしてその言動はやり手の淑女そのものだった。


「さすがね。んで、何か聞きだせた?」

「はい。どうやら彼らはターゲットの少女を確保するために駆り出されたようなのです」

「ふーん、テロ目的じゃなかったてわけか」

「どーも、テロに乗じて行動を起こしたらしいのです」

「面倒なこと、よくやるわね」


 おかげでこっちまで面倒なことになった、とエリスは一息つく。


「んで、ターゲットなんてどうでもいいのよ。ダイチのこと、何か言ってなかったの?」

「ええ、そうですわね。中々口を割りませんでしたから、無理矢理寝かせてソルダのモニターを確認したところ……いたのですよ」


 ミリアは頭に引っかかるような言い方をする。


「いたって何が?」

「ダイチさんが、その少女とともにいたんです」

「あ~、また面倒なことになった!」


 エリスは頭を掻きむしる。


「それで確保した、と今報告が来ました」

「か、確保……?」


 エリスはこれ以上の面倒事はごめんだと耳をふさぎながら訊き返す。だけどさすがに聞かないわけにはいかなかった。


「身元不明の少年共々、ターゲットの少女を無事確保。ただちに帰投せよ、との命令が入りましたわ」

「き、帰投……?」


 「確保」とともに、その単語を聞き取るとエリスは頭をガクンと下げる。帰投というのはもう引き上げるということで、もうこの街から姿を消してしまったからだ。


「お、お前の……!」


 エリスは拳を震わせる。こうなったら、この憤りを誰かにぶつければ気がすまない。おあつらえ向きにまだ倒れている水星人がいた。こいつだ、こいつが現れなければダイチの居場所を連中に吐かせて、すぐさま助けに行けたんだ。そう、こいつさえいなければ、こいつさえ邪魔しなければ……!

ビクッ

 マイナは身の危険を感じた。痛みを忘れて立ち上がろうとした。

 だが、遅かった。マイナのような水星人はスピードにかけては自信を持っている。太陽系随一であり、他の星々の追随を許さないという絶対の自信がある。その自信すらも打ち砕く、音速を超えるエリスの動きにマイナは戦慄した。


「ひ、ひいッ!?」


 許しをこうような情けない声を上げた。しかし、その程度で躊躇うような慈悲をエリスは持ち合わせていなかった。


「せいだぁぁぁぁッ!!」

「キャアァァァァッ!?」


 怒声と悲鳴がほぼ同時に響き渡った。





 それからエリスが落ち着きを取り戻すのに少々の時間がかかった。

「んで、どうするの?」

 二人の間でダイチを追うのは決定事項になっていた。だから、ミリアはダイチを追うのにどうするべきかを前提に答える。


「そうですわね。彼らの帰投先が暗号化されていて解くのに少々時間がかかります」


 ミリアは困りましたわ、と手を上げる。この場合の彼女の「少々」というのは数時間以上を意味する。


「まったく、しょうがないわね……せめてどこに行ったのか、わかればいいんだけど……」


 エリスはまた頭を掻く。

 こういうとき、イクミがいれば……ここにきて何度そう思ったことだろう。専ら考える役目である彼女がこの場にいないのが辛い。だからこそ、代わりに目一杯考えなければという気になる。

 考えろ、考えるのよ。熱している今の頭をフル回転させる。

 ダイチを連れ去っていた連中は、ある場所に帰投した。そのある場所を調べるには時間がかかる。手っ取り早く割り出すには、連中の動きを探れるヒトが必要だ。そう、この混乱した状況を把握しているヒトがいるはずだ。


「そうよ……ダイチを連れ去った連中がどこに行ったのか、把握していそうなヒトがいるじゃないの!」


 エリスは手元にあった通信機でそのヒトを呼び出す。向こうからかけてきた回線をつなぐ。そのときは迷惑だと思っていたが、今の状況では渡りに船であった。


「意外でもなんでもいいわ、教えてほしいことがあるの。ダイチが何者かに連れて行かれたのよ、なんかテロリストとは違う集団みたいなんだけど、少女の確保とかなんとかが目的なのよ。そういう連中の所在とか割り出せる?」


 少しの間をとって、マーズは答えた。


『割り出せる、というべきかな。確かに妙な動きをしている連中ならいる。ソルダだけをかり、戦闘行為を行わず散開しているだけの集団は確かにいたが』

「『いたが』、どうしたの?」

『先程、一度集合したのだ。その後、彼らはバルハラから消えていった』

「バルハラから?」


 エリスは焦った。もうバルハラから消えてしまったのなら、もう追いようがない。木星のことについて知ることが少なすぎるのだ。

「まいったわね……どうすれば」

「あの……」


 ここでミリアが口をはさむ。


「ここにその連中が使っていたソルダがあるのですが、それで連中の手掛かりを何か得られませんか?」

「あの……」


 ここでミリアが口をはさむ。


「ここにその連中が使っていたソルダがあるのですが、それで連中の手掛かりを何か得られませんか?」

『むう、ソルダとな? 何故ソルダがそこに?』

「エリスが拳で叩き割って、行動不能にしたからです」


 ミリアは簡潔に答える。それは大概の人には首をかしげるような一言だったが、マーズには十分に伝わる内容だった。


『ハハハ! なるほど、それならすぐに回収すべきだな』


 マーズの笑い声が響く。そこで彼は確かに向かうと言った。


「急いでね、なるべく早く」


 エリスは釘を刺した。時間が惜しい、彼らが煙に巻く前にダイチを連れ戻さなければならなかった。


「まったく、もう!」


 エリスは焦る気持ちをそこでうずくまっているマイナに向ける。


「あんたが出てこなければこんな面倒にならなかったのよ!」

「すみません……」


 エリスの怒声がよっぽど怖かったのか、マイナは素直に謝った。


「なんだって急に襲いかかってきたのですか?」

「それは……あたしが水星人だからって馬鹿にしたからさ!」

「ああ、そういうことなのですね」


 マイナの返答で二人は納得する。


「水星コンプレックス、ってやつね」


 話に聞いたことはある。水星人は戦争の敗残星として何度も歴史に刻まれている。それは水星人はヒトとして下等なのだからと言う輩もいて、そういった劣等感にまみれてしまった水星人の性を水星コンプレックスというのだ。


「私、別に水星をけなしたわけじゃないのに」


 たとえ、非難でなくても過剰に反応してしまうのが水星コンプレックスなのだ。


「テロリストはあたしを馬鹿にしたのさ、それであんたらを仲間だと思って……」

「参考なまでに訊きますが、どんなことを言われたのですか?」

「ん~、『水星人は逃げ足だけは遅いな』とか『水星の田舎者が迷子になったのか』とか」

「ねえ、本当にそんなこと言われたの? テロリストがわざわざ水星、水星って馬鹿にするとは思えないんだけど……」

「ん~、確かに、言われてみれば……聞き間違えだったかも……」

「間違いなく聞き間違えね」


 エリスは呆れながらも断言され、マイナは縮こまる。


「あなた、思ったよりも気が小さいのね」

「……初めての木星観光旅行だったから、馬鹿にされないように心は大きくと思って……」


 縮こまりながら、マイナなりの精一杯の言い訳をした。その姿はどうみても子供じみて見えて大人らしい外見から年不相応に見えながらも不思議と違和感が無いように見えた。水星は早く歳をとってしまうから、大人の外見をしていてもエリス達よりも遥かに年下だというのはよくあることだということをマイナのこの姿を見て思い出した。


「その……気持ちはわかるんだけど……やりすぎなのよね」


 マイナの様子を見て、エリスはすっかり毒気が抜けてきた。もはや同情を通り越して憐れみすらも感じるほどに。


「反省しているわ」


 言葉通りにマイナは肩を落として、それらしい仕草をとっていた。


「ああ、もう。わかったから、早く避難しなさい」

「いいや、気がすまない! あたしのせいで面倒なことになったんだよね?」

「ええ、まあ。でもあなたには関係無いから」


 マイナは突然立ち上がり、エリスの眼前に立つ。


「いいえ、関係あるわ! だから、あたし助ける!」

「はあ?」


 エリスとミリアは顔を合わせる。


「だから! あたしも手伝うから、一緒にそのヒト、助けよう!」

「気持ちは嬉しいんだけど……」

「いいんじゃありませんの? ヒトの好意は素直に受けるものだと聞いていますし、」

 エリスは不安を覚えたが、すっかり乗り気になっているマイナにどう言えば断ることができるのかわからなかった。素直に受けた方がいいかとさえ思えた。

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