新聞部

 響が神社でカイムイヴィルダーに襲われた日の翌日、響と達也は食堂で昼食を取っていた。

 そばをすする二重奏が鳴り響き、響達は味を噛み締めながら昼食を楽しむ。


「なあ響、今日はなんで食堂で食べてるんだ?」


「あーそれ聞く? まあそんな重大なことじゃないけど、今日俺と琴乃二人共少し遅くに起きてな、弁当を作る時間が無かったんだ」


「なんだ、聞いて損したぞ」


 響から理由を聞いた達也は、ため息をつくとそのままそばを食べるのを再開する。

 そんな達也をにらみながらも響もそばを口に入れる。

 そうして響達がそばを食べていると、達也がそばを箸でつまんだまま、口に入れずに動きを止めてしまう。


「どうした達也?」


 おかしいと思った響は、食べるのを止めて達也に聞くが、達也は箸で響の後ろを指す。

 行儀が悪いなと思いながらも、響は箸で指された方向に視線を向けると、そこには気分が悪そうな細身の男子生徒が座っていた。

 定食を食べている男子生徒は特に背中が痛むのか、何度も食事を中断しては背中をさする。


「あの背中をさすっている奴がどうかしたのか?」


「あの生徒な」


「おう」


「新聞部の部長だ」


「新聞部の部長ぉ!?」


 あの生徒のプライバシーなど知ったことではない内容を書く、新聞部の部長と聞いた響は、すっとんきょうな声を上げてしまう。

 達也は新聞部の部長に対して面識があるわけではない、一方的に達也が顔を知っているだけだ。

 新聞部は生徒達の私生活を侵害するような記事を書くために、生徒会でも新聞部の要職に就いている生徒の顔は周知されていた。

 達也は嫌な顔をしながらも、響の声が大きかったことについて、口元に指を立てて静かにしろたジェスチャーする。


「声がでかいぞ響」


「あいつがあの新聞部の部長ねぇ」


 響と達也はそばをすすりながら、新聞部部長の様子をジッと見つめていた。

 そのままそばを食べきった二人は、だしまで全部飲みきって席を立つ。


「行こう響、変に見ていると校内新聞に有る事無い事書かれる」


「まあそれは嫌だな、行くか」


 器を持った二人はそのまま返却口に行くと、食器を返すのだった。


 教室に戻った響と達也は授業を受けるが、昼に食べたのがそばだけだったために、彼らからはお腹の虫の音がずっと鳴っていた。


「あはは、二人共お腹の音すごいね」


 二人の席の近くに居た薫は、お腹の音が聞こえたのか、それで二人をいじる。

 しかし響と達也はお腹が減って、薫のイジりにさえ反応できないのか、机に突っ伏したままであった。


「お腹すいた……」


「右に同じく……」


「えーとほら次の授業で今日は終わりだし、終わったらコンビニで何か買ってきたら?」


「一時間も我慢できないですぅ」


「響、なんか食べるものないか?」


 達也に聞かれた響は、急いで制服のポッケや、鞄の中をまさぐる。

 そして出てきたのは二つの飴玉だった。


「アメちゃんしかねぇ!」


「それで我慢するか……」


 二人は飴玉を分け合うと、舌で飴玉をなめきる勢いで食べ始めるのだった。

 飴玉を一生懸命なめる二人の姿を見た薫は、あっけに取られて笑うしか出来なかった。


「「だめでした……」」


 一時間後響と達也は顔を青くしながら、机に突っ伏していた。

 二人は授業中に糖分が切れて、空腹に耐えきれなくなり、授業を受けるどころでは無かったのだった。

 もちろんそんな様子を見た教師に注意されて、教室中の笑いものになりかけた。

 そんな二人に救いの手を差し伸べる者が現れる。


「すいませーん、加藤響っていう生徒いませんか?」


 鈴の音のような綺麗な声が教室中に響き渡る。

 その声に釣られてクラスメイトも、響も、達也達も、声の主に視線を向ける。

 声の主はオカルト研究会部長の豊崎千歳であった。


「加藤ならいますよ」


 西洋人形のような愛らしい見た目の豊崎千歳の容姿に見惚れたクラスメイトは、彼女がオカルト研究会の人間と知らないために簡単に響の居場所を教える。

 響の姿を見た豊崎千歳はその小さな体を元気よく飛び跳ね、響にアピールするように右手を振る。

 飛び跳ねる豊崎千歳の姿を見たクラスメイト達は、響に嫉妬の視線を向ける。

 名前を呼ばれた響は無視出来ないと悟り、ゆっくりと立ち上がり豊崎千歳の元に行くのだった。


「あら加藤君お元気かしら?」


「まあ元気ですよ……」


 顔色の優れない響を見た豊崎千歳は、顔を横にかしげながらも心配した様子であった。

 しかしながら響も先輩で顔を知っている豊崎千歳に、心配をかけないように気丈に振る舞う。

 だが響の努力も虚しく、響のお腹が豊崎千歳に聞こえるほどの音量で鳴る。


「クスクスクス……」


 お腹の音を聞いて耐えられなかったのか、豊崎千歳は手で口を隠しながら小さく笑ってしまう。

 お腹の音で笑われた事に気がついた響は、耳まで真っ赤にして無言で視線をそらすのだった。


「そうだ、今日作ったものだけどいかがかしら?」


 何かを思いついた豊崎千歳は、ポケットから何かを包んだハンカチを取り出すと、響に見せつける。

 開かれたハンカチの中身は、十枚ほどのクッキーであった。

 何枚かは中央から割れてしまっているが、殆どは無傷のままで見た目は美味しそうであった。


「良いんですか?」


「ええ、私も食べないしどうせ他の人にあげる予定だったから」


 クッキーを一つ手にとった響は、迷わずに口に入れる。

 噛み締めた響の口の中に小気味よい音が鳴り響き、ほどよい甘さが口の中に広がっていく。


「美味しいですね」


「あら、お世辞でも嬉しいわね」


「いやいや、ホントですよ」


 そのままクッキーをどんどん食べていく響、いつのまにかハンカチの中にあったクッキーは一つだけになってしまった。

 綺麗に欠片も残さず食べられたクッキーを見て、豊崎千歳は嬉しそうに頬に手を当てる。


「あらあら、全部食べちゃったのね」


「ん、まずいですか?」


「いいえ、そんなことはないわ」


 豊崎千歳は安心した様子で、中身がなくなったハンカチをしまうと、響の口元をぬぐう。


「ほら、クッキーが付いてますわ」


「うお、ありがとうございます……」


 いきなり口元を触られた事に驚く響だが、豊崎千歳はそんな事に気づく様子を見せなかった。

 クッキーを食べ終えた響のお腹は、何とか空腹をしのげるほどの状態になった。


「ねえ、一つ頼み事をしてもいいかしら?」


「なんですか?」


「一時間後に大学部の校舎裏に来てくれないかしら?」


 恥ずかしげに言った豊崎千歳の表情は、儚くて美しくて、周囲からはまるで恋する乙女のように見えた。

 頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうに、両手を頬に当てた豊崎千歳は、「それじゃあね」と言って教室を後にするのだった。

 豊崎千歳が去っていた後の教室は騒然としていた。

 満場一致で美人としか評価出来ない容姿の生徒に、一人の男子生徒が二人っきりにならないかと仄めかされたのだ。


「少し話さないか……」


「なに時間は一時間もあるから、三十分前には開放しよう」


 嫉妬に駆られたクラスの男子生徒達は、響の周囲を囲み逃げられないようにする。

 囲まれたことに気づいた響は、すぐに逃げようとするが、逃げ場はないほどに囲まれていて逃げることは出来なかった。

 結局響は三十分間の間に豊崎千歳との関係、どうやって出会ったのか、どんな女性かなど様々な事を聞かれるのであった。


「んじゃ俺行くからな」


 豊崎千歳がオカルト研究会に所属している生徒と知って、意気消沈しているクラスメイトを尻目に、響は教室を後にしようとする。

 もはやクラスメイト達が響に向ける視線は、同情が全てであった。



 クラスメイトの視線を背に受けた響は、大学部の校舎裏にたどり着く。

 そこは一般生徒が基本立ち寄らない場所で、大声を出してもめったに人は来ないであろう場所だった。


(少し早く来すぎたかな?)


 スマートフォンを取り出して時間を見る響、まだ豊崎千歳との約束の時間まで二十分以上あった。

 誰も居ない場所に一人立つ響は、時間が立つにつれてどんどん不安にかられていく。


(もしかしてからかわれたか?)


 とは言え約束の時間までまだ余裕があるために、響は待つことにした。

 そして数分後響の耳に小さな足音が聞こえる。

 足音を聞いた響は聞こえた方向に視線を向けると、そこには新聞部の部長が立っていた。


「え!?」


 大学部の校舎裏に新聞部の部長が居ることに驚く響、新聞部の部長も同じように響の顔を見て驚くのだった。


「あの……どういったご用件で?」


 豊崎千歳に来てほしいと言われたと言えなかった響は、恐る恐る新聞部の部長に質問する。

 しかし新聞部の部長の表情は、まるで化け物を見たかのような表情へと変化していく。


「うううぅぅぅ……」


〈Demon Gurtel!〉


 デモンギュルテルの起動音が鳴り響くと共に、新聞部の部長の腰にデモンギュルテルが装着される。

 それを見た響は、すぐに距離を取ると落ち着かせようとする。


「ちょっと落ち着いてください!」


〈Caym!〉


 怯えた表情をしている新聞部の部長は、懐からカイムのイヴィルキーを取り出すと即座に起動させる。

 そしてカイムのイヴィルキーをデモンギュルテルに装填するのだった。


「憑着!」


〈Corruption!〉


 デモンギュルテルから起動音が鳴り響くと同時に、デモンギュルテルの中央部が開き、中から羽の混じった竜巻が発生する。

 竜巻は新聞部の部長を包み込むと、一瞬のうちに消滅する。

 先程まで新聞部の部長が居た場所には、ツグミの頭と腰にサーベルを帯刀した異形、カイムイヴィルダーが立っていた。


「っちあんたが昨日襲ってきた奴の正体かよ!」


 カイムイヴィルダーの姿を見た響は、舌打ちをしながらレライエのイヴィルキーを取り出す。


〈Demon Gurtel!〉


 起動音と共に響の腰にデモンギュルテルが装着される。


〈Leraie!〉


 響がレライエのイヴィルキーを起動させると同時に、起動音が鳴り響き、デモンギュルテルにイヴィルキーを装填するのだった。


「憑着!」



〈Corruption!〉


 デモンギュルテルから起動音が鳴り響くと共に、デモンギュルテルの中央部が開き、そこから緑のマントが飛び出す。

 マントは響の体を包み込むと、そのまま人型へと変化していく。

 そしてマントが再度開かれた時、そこに居たのは緑の衣を着た異形、レライエイヴィルダーに変身した響であった。


「悪いが手加減は出来ないぜ」


 腰に下げられたレライエマグナムを手にとった響は、牽制しながら走り出すのだった。

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