貴方は下屋先輩の何なんですか!?

 響がツグミに気味悪がっている同時刻、椿の周囲は地獄のような有様であった。

 新聞部の号外を見たクラスメイト達は、椿に向けて好奇の目を向けていた。

 さらには授業を担当している教師たちも、授業中ごとにチラチラと椿に好奇の目を向ける。

 無責任な好奇心に満ちた視線に晒され続けた椿は、休み時間ごとに教室を出てトイレに篭り続けた。


「助けてください先輩……」


 トイレの中で椿は目を潤ませながら小さく呟く、しかし椿の言葉に誰も返ってくることは無かった。

 椿の心が折れそうになった時に、一件のメールがスマートフォンに受信する。


(こんな時に誰?)


 物憂つげながら椿は反射的にポケットからスマートフォンを取り出すと、メールの発信者を見る。

 スマートフォンの画面には、響からのメールと表示されていた。

 響の名前を見た彼女は、目を輝かせてすぐにメールを開く。

 響からのメールの内容は、「大丈夫?」というタイトルと、新聞を見たよもし辛いことがあったら何時でも頼って、と書かれていた。


(先輩……ありがとうございます)


 短いながらも椿を想った文章に、彼女の目からは涙がこぼれそうになる。

 しかし椿は涙を拭うと、立ち上がり覇気に満ちた表情を見せるのだった。

 立ち上がった椿は既に休み時間がもうすぐ終わることに気づくと、急いでトイレを出て次に教室に向かう。その歩みは先程の彼女とは、まるで別人のような様子であった。


(う、視線がキツイ……)


 精神が平常まで戻った椿であったが、教室に戻ると再びクラスメイト達の心無い視線に晒される。

 一度は全て一蹴した彼女であったが、時間が経過しても向けられ続ける視線に、どんどんと憔悴しょうすいし始める。

 四限目にはついに彼女は耐えきれずに、ためらわずに突っ伏すのであった。


(ごめんなさい先輩、私は耐えれません……)


 心の中で椿は響に向かって謝罪をする。それは彼女の心の弱さか、響に頼ってしまう自分の不甲斐なさか、分かるのは彼女だけだった。





 昼休みになると響は、達也、結奈、薫のいつものメンツで昼食を取ろうとしていた。

 しかし彼らが席を動かし始めた頃に、教室の入口に椿が立っていた。

 椿を見たクラスメイト達はいつもの下級生が来ていると、視線を向けるとすぐに視線を戻し、また元の日常へと戻っていく。

 椿の様子は普段とは違い目元は赤く充血していて、顔色は悪く青ざめている、また夏服の半袖から出ている肌は、血色が悪く青ざめていた。


「大丈夫か、椿君!?」


 具合の悪そうな椿を見た響達は、昼食を置いておいて心配そうに椿の元に急いで近づく。

 椿は近づいてくる響を見ると、安心した表情になり響の胸元に飛び込む。


「先輩!」


「おっと」


 椿の全体重を受け止めた響は、少しバランスを崩しかけるがすぐに持ち直す。

 胸元に飛び込んだ椿は自分の顔を隠すように、胸元にうずくまるのだった。

 それを見た達也と薫は、からかうようにヒューヒューと小さく、響に聞こえるように口笛を吹く。

 小さな口笛でも椿には聞こえたのか、自分がしたことを自覚してしまい耳まで真っ赤になっていく。


「そこの男子達はその辺にしといてあげてください」


 椿の耳が赤くなったことに気づいた結奈は、達也と薫に注意するような物言いで囃し立てを静止させる。

 流石に止められたためか達也は、申し訳無さそうな顔をしながらも響の背中を押す。


「教室は人が多すぎる、屋上かどこか人の居ないとこで話聞いてやれ」


「そうですよ響君!」


 結奈も達也達の言葉に同意するように深くうなずく。

 達也達は皆思いは違えど、椿の様子を心配し想っているのだった。故に響を向かわせてなんとかしようと考えたのだ。

 達也達の意図を汲み取った響は、軽くうなずくと椿の手を取り、教室を後にするのだった。


「なあ、あいつら自然に手を繋いでたよな……」


「そうですよね達也君、あれ意識してないですよ」


 響と椿の後ろ姿が見えなくなった後、達也達はポツリと感想を呟くのだった。




 響達は人の居なさそうな屋上に移動した。屋上には人は居らず、秘密の話をするにはもってこいであった。

 屋上に着いた椿は、申し訳無さそうに響に向けて頭を下げる。


「ごめんなさい先輩、いきなり押しかけてしまって」


「いいよ椿君、頼ってくれるだけ嬉しいよ」


「ありがとうございます……」


 響の言葉を聞いて安堵した椿は、ポツリポツリと今日あった事を話し始める。

 今の朝新聞部の号外を見て周囲の人たちの目が怖くなったこと、教室に入るとクラスメイト達の無責任な視線が刺さること。

 少しずつ話し出した椿の声は、次第に嗚咽が混じり始めていく。そして椿の目尻には透明な水滴が流れ始める。


「ごめんなさい、弱いですね私……」


 椿は涙を拭うと、自嘲するように小さく笑う。そんな椿を、響は無言で優しく抱きしめるのだった。


「先輩?」


 抱きしめられた椿はいきなりのことで声が上ずり、そして顔を真っ赤に染める。

 響はただ何も言わず、椿の体を壊しそうなほどに強く抱きしめる。


「君は頑張った、だから泣いていい」


「いいんですか?」


「もちろん。それに俺だけじゃなくて、達也や蒼樹さん、薫もいるから、君を絶対に助けるから……」


「うううえええぇぇぇせんぱいぃぃぃ」


 響の言葉を聞いた椿は安堵したのか、嗚咽の混じった声を叫びながら、響の体を強く抱きしめ胸の中で泣き出す。

 泣いている椿を前にして響は、何も言わずにただ椿の頭を優しくなで続けた。

 椿の嗚咽は屋上の風の音に消されて、響と椿以外には聞こえなかった。





 椿が響の胸元で泣き続けて五分程たった後、椿は泣いて目を赤くする以外に、羞恥のあまり顔を真っ赤に染めていた。


「先輩、恥ずかしいところを見せて申し訳ありません……」


「大丈夫だよ、それにさっきも言ったけど、俺は君を助けるから」


 それを聞いた椿はより頬を赤らめて、小さく頷くのだった。

 椿が立て直したと見抜いた響は、椿の手を取り屋上の扉に向かおうとする。


「さあ、教室に戻ろうか。皆心配しているだろうし」


「はい!」


 椿は笑顔で返事をすると、響の手を強く握りしめて並んで屋上を後にしようとするのだった。



 響達が屋上を後にする直前、彼らを監視している人影があった。

 その人物は、二人をジッと見続けていて。

 椿と響が抱き合う瞬間を見れば、屋上の扉のドアノブを強く握りしめ、時には壁を強く殴りもした。

 そして響達が屋上を去ろうとしたことに気づいた人影は、慌てて響達よりも早く屋上を去るのだった。



 教室に戻った響と椿を、達也たちは手を上げて迎い入れた。


「終わったようだな」


「まあ、お陰様で……」


「下屋さん、立ち直って良かったわ」


「響君たら泣かしちゃ駄目だよ」


 わちゃわちゃと好き勝手いう響達を見て、安堵したのか笑顔になる椿。

 彼女は響達に向かって、頭を下げるのだった。


「皆さん心配をかけてごめんなさい」


 それを聞いた響は、椿の頭を優しくなでる。まるで気にしないでいいよ、と言わんばかりに。

 その瞬間、昼休みのが終わる前の予鈴が学校中に鳴り響く。

 予鈴を聞いた響は、慌てて手つかずの弁当を見て顔を青ざめさせる。


「あの俺と椿君まだ食べてないんだけど……」


「先輩、ごめんなさい私先に食べてきました……」


 申し訳なさそうな椿の言葉を聞いた響は、頭を抱えて膝をつく。

 そんな響の様子を見た達也達は、少しだけ笑ってしまうのだった。


「先輩、ありがとうございました!」


 笑顔で頭を下げる椿、その表情は先程教室に来たときよりも断然良くなっていた。

 そんな椿を見た響達は、笑顔で椿を見送るのだった。

 なお、椿が教室を去った後響は急いで弁当を食べたが、半分も食べきれずに授業開始のチャイムは鳴った。



 放課後、響はぐったりと机に突っ伏していた。彼のお腹からはぐぅ~と腹虫が鳴く。

 頑張って合間合間に弁当を食べた響であったが、結局食べきれなかったのだ。

 そんな響に達也が背中を指でチョンチョンと突く。響が顔を上げて視線を向けると、達也は教室の入り口を指差す。そちらに視線を向けると坂井洋子が立っていた。

 坂井洋子は響に向かって苛ついた表情で、こっちに来いとジェスチャーをする。

 それに気づいた響は、注意をしながらゆっくりと、教室の入口に向かう。


「何かようか?」


「ちょっとお話を」


「ん……わかった」


 響と坂井洋子はゆっくりと歩いていき、人が居ないところに移動する。

 移動した先は校舎の裏側で、昼休みになると比較的不良な生徒達がたむろする場所だった。

 地面には不良達が吸ったと思われるタバコの吸殻が落ちていて、善良な生徒達が来ないことが分かる。


「貴方は下屋先輩の何なんですか?」


「は?」


「貴方は下屋椿の何なんですか!?」


 質問を聞いた響の、気の抜けた返事を聞いた坂井洋子は怒号を上げる。


「ふざけないでくださいよぉ、貴方が居なければ下屋先輩は強くて美しかった! お前さえ居なければぁぁぁ!」


〈Demon Gurtel!〉


 起動音と共に坂井洋子の腰にデモンギュルテルが生成される。

 腰のデモンギュルテルを見た響は、ハッと気づいて後ろに下がる。


「逃げようたかってもう遅いですよぉ!」


 坂井洋子は懐から取り出したイヴィルキーを起動させると、デモンギュルテルに装填させる。


〈Barbatos!〉


「憑着」


〈Corruption!〉


 起動音と共にデモンギュルテルの中央が開くと、トランペットの音が鳴り響き、坂井洋子の体を異形のものに変化させる。

 坂井洋子の体は肩にトランペットを載せ、緑の狩人のような姿をしたバルバトスイヴィルダーとなった。

 バルバトスイヴィルダーを見た響は、すぐにイヴィルキーを取り出す。


〈Demon Gurtel!〉


 それに反応して響の腰に、デモンギュルテルが生成される。

 響がイヴィルキーを起動させる前に、バルバトスイヴィルダーは手に持った弓を引き、響を狙撃する。


「っく!」


 地面が爆発するのをものともせずに、響はイヴィルキーを起動させて、デモンギュルテルに装填する。


〈Leraie!〉


「憑着!」


〈Corruption!〉


 起動音と共にデモンギュルテルの中央が開くと、緑のマントが現れて響を包み込む。

 そしてマントが消えると、レライエイヴィルダーに変身した響がそこに居た。


「お前もその力を持っていたのですかぁ!」


 イヴィルダーに変身した響を見たバルバトスイヴィルダーは、怒り狂って矢を連射する。

 襲いかかる矢を回避しながら響は、バルバトスイヴィルダーに向かって走り出すのだった。

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