愛とは危険な蜜

(さてどうするか……)


 達也は他の生徒に危害が及ばないように、オセイヴィルダーに立ち向かったが状況は進退窮まった状態である。

 この場所でイヴィルダーに変身して戦えば、それだけでも被害が拡大する。しかし場所を変えるにもここは廊下の一角で仕切り直しもできない。

 そうして何か解決策がないか探している達也の視界に、あるものが映る。


(ん? あれならなんとかなるか……)


 達也は構えを取りながらオセイヴィルダーに近づいていく、それを見たオセイヴィルダーはクスクスと奇妙な笑い声を上げ始める。


「アハハ、観念した? 観念してくれたのね!」


「さあ? どうだかな!」


 達也はオセイヴィルダーの隙間を縫うようにスライディングすると、空いている窓にどんどんと近づいていく。

 そして窓を背にしてオセイヴィルダーと相対すると、人指をクイッと自分に指して挑発する。


「どうした来ないのか?」


 恐怖を表に出していないが、達也は笑いながらオセイヴィルダーを睨みつける。


「わかりました、挑発に乗ってあげましょう!」


 挑発されたオセイヴィルダーは爪を振りかぶりながら、勢いよく達也の元に走る。

 近づいてくるオセイヴィルダーを見て、達也は内心ほくそ笑む。

 そして達也自身は後ろに下がって、窓の方へ寄っていくのであった。


「そうだこっちに来い!」


 達也は窓に寄かかると、そのままオセイヴィルダーの突撃を受け止め下に落下する。


「何!?」


「一緒に外に落ちてもらうぞ!」


 そのまま地上十二階から落下していく達也は、オセイヴィルダーを突き放すとアンドロマリウスのイヴィルキーを取り出す。


〈Demon Gurtel!〉


 それと同時に達也の腰にデモンギュルテルが装着される。

 そして達也はイヴィルキーを起動させると、デモンギュルテルに装填するのであった。


〈Andromalius!〉


「憑着」


〈Corruption!〉


 ベルトから起動音が鳴り響くと同時に、ベルトの中央部が開き紫色の蛇が現れる。

 そのまま蛇は達也を飲み込みそして弾け飛ぶ、後に居たのはアンドロマリウスイヴィルダーに変身した達也だった。

 地上に落下していく達也は姿勢を整え、両足と右腕の三箇所で無事に着地をする。


「がぁ!」


 オセイヴィルダーは着地の体勢ができなかったために、見事に背中から落下した。

 すぐに立ち上がるオセイヴィルダーであったが、すぐさま走って近づいた達也によって頭部に膝蹴りを受ける。

 膝蹴りをくらったオセイヴィルダーはそのままカカシのように立ってしまい、連続して膝蹴りをくらい続ける。


「はっはっは!」


 一発、二発、三発、と続けて放たれる膝蹴りに、オセイヴィルダーはついに尻餅をついてしまう。


「まって! どうしてそんなに乱暴するの?」


「どうしてって、そっちがスタンガンで襲って来たのが原因だろ」


「違うの、私は貴方を愛してるから……」


 オセイヴィルダーは止めてと言わんばかりに両手で静止の意を伝えるが、達也はその意見を一蹴する。


「愛している? お前と俺は面識は無いだろ?」


「違うの私は知ってるの、貴方が戦っている姿も頑張ってる姿も!」


 狂乱して叫び始めるオセイヴィルダー、そんな様子を見た達也は一歩後ろに下がるのだった。

 隙を見せた達也をオセイヴィルダーは、突進して目元を爪で引き裂く。


「っく」


 目元を押さえる手で押さえる達也であったが、その手には赤い血で染まっていた。

 オセイヴィルダーは爪に付いた血を見ると、爪を口元に持っていきそのまま舌で舐め回す。


「貴方の血、美味しい……」


 恍惚としているオセイヴィルダーの様子を見て、達也はその光景を嫌悪した表情で見ているのであった。


「さっさと沈めぇ!」


 もはや関わりたくないと思った達也は、オセイヴィルダーに向かって回し蹴りを叩き込む。

 しかしその一撃はオセイヴィルダーの腕によって防がれ、逆にカウンター気味に胸元を爪で切り裂かれるのであった。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 達也の体は出血で赤く染まり、息も絶え絶えとなっていた。それでもこの女には負けられない、という思いと、このまま倒れたら何をされるかわからないという疑念が、彼を立たせるのだ。


「いいんですかそんな態度を取って?」


「何?」


「私が今日まで変装していた子たちは、何処にいると思っているんですか?」


「何を言っているんだ!」


 オセイヴィルダーの言葉に惑わされ始める達也、それを見てオセイヴィルダーは面白そうに両手を広げる。


「何度も私が顔を変えて加藤さんに告白できたのは、オセの力なんですぅ。でもオセの力も万能ではなくて、必ずオリジナルが必要なんですよ」


「お前まさか!?」


 オセイヴィルダーの言葉を聞いて達也は、とある疑念が頭をよぎる。


「まさかあの告白してきた女子生徒を監禁しているのか!?」


「ッハァ、正解ですよ加藤さぁん!」


 達也の答えを聞いたオセイヴィルダーは、自分の体を抱きしめてくるくる回る。それが彼への愛情表現と言わんばかりに。


「あの子達の場所ぉ、私が言わないと永遠にわかりませんよねぇ。じゃあ分かりますよね?」


 オセイヴィルダーの言葉に達也は足を止めてしまう、それを見てオセイヴィルダーは目を細めるのだった。


「アッハァ! 良いですよ、そのままじっとしていてくださいね!」


 素早く走り出したオセイヴィルダーは、動けない達也の体を鋭い爪で何度も切り裂き始めるのだった。





 達也がオセイヴィルダーと一緒に窓から飛び降りたその直後、響は追い詰める予定の場所に到着した。

 しかし達也も女子生徒もおらず、響は何処にいるのかと周囲を見渡す。


「くそ何処だ達也は、まさか場所を間違えたわけないよな?」


 追跡する響が見失ったり、場所を間違えたりしないように、響達が追い詰める予定の地点は響達の教室から同じ階で近くに決めていた。

 しかし達也と女子生徒の姿は何処にも無く、周囲を見ても他の生徒達はまるで何事もなかったように廊下に立っている。


「何処に行ったんだあいつらは」


 焦る響に対して、「あら」と声をかける人物が現れる。


「ん?」


「元気そうですわね」


 声をかけてきた人物はオカルト研究会の部長を務める金髪の小柄な女子生徒、豊崎千歳であった。

 千歳は焦っている響の様子とは対象的に、のんびりと落ち着いた様子で響の後ろに立っていた。


「悪いんですが、今急いでいるんで……」


「そうなのですか、では一つだけ世間話を聞いてくださる?」


 千歳はニコニコと笑いながら響に話しかける、その様子はまるで噂話が好きな女子生徒にも見えた。


「実は高等部の二年生が連日何人も無断欠席したそうですわ、その中には美少女ランキングとかで有名だそうで……」


「それ本当ですか!」


 千歳の言葉を聞いた響は、千歳の腕を掴んで逃げないようにする。

 響に腕を掴まれた千歳は、顔を赤くして「はい……」と小さくうなずくのであった。


「職員室に寄った時に、二年生の先生がそう言ってるのを聞いたの。ですから本当の筈ですよ」


「ちょっとすいません、用事を思い出しました!」


 嫌な予感がした響は千歳の腕を離すと、急いで階段に向かって走り出すのであった。

 走り去る響の背中を見て、千歳は嬉しそうにその背中に熱い視線を向けるのだった。


「さあ、貴方はどんな活躍を見せてくれるのかしら」

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