夢と情欲と炎と豹

 日が落ちて夜の闇に包まれた深夜、派手な装飾のされた建物、その付近には五時間で○千円と書かれた看板があった。

 その施設の一角にある部屋で、琴乃はシャワーを浴びていた。お湯を浴びていた彼女の肌は、ほんのりと赤く染まっている。

 琴乃はシャワーを止めると、豪華な刺繍がされたバスタオルで体を拭いていく。そして浴室に置いてあったバスローブを羽織るのであった。


「今浴び終わったよ……」


 恥ずかしげにそして媚びるようにベットに座り背を向ける男性に声をかける琴乃、上半身裸の男はゆっくりとその顔を琴乃に向ける。

 その男性は彼女の実の兄、響であった。実の兄が居るベットに入ろうとした、その事実が琴乃の顔を真っ青にさせる。


「にゃぁぁぁぁぁぁ!」


 喉が張り裂ける程に叫ぶ琴乃、そして彼女は夢から目覚めるのであった。


「ハァハァ、夢?」


 シャワーの熱も、バスタオルで肌を拭く感覚も、まるで現実としか思えなかった。しかし今の彼女は、パジャマ姿でベットの中にいる。

 コンコンと小さく琴乃の部屋の扉を叩く音がする、琴乃はノック音にビクッとするが「何?」と強気に返事する。


「琴乃大丈夫か? 凄い声だったぞ」


 返ってきたのは先程夢に出た兄、響の声だった。夢に出た兄の上半身を思い出した琴乃は、顔を赤く染めてしまう。


「大丈夫だよ、兄貴」


 できるだけ平然を装って返事をする琴乃、響は「そうか」と一言言うと自室に戻っていた。


(どう考えてもあの場所って、男の人と行く所よね。そこに兄貴と一緒だなんて……)


 琴乃もティーンズ紙は読んでいる、つまりあの場所について何をする場所かも分かっていた。


「もー何なのよあの夢は」


 琴乃は小声で文句を言うと、布団の中に顔をうずめるのであった。しかし夢を思い出してすぐに眠る事はできず、彼女は悶々とするのであった。







 夕日が差し込む海岸線、白いワンピースを着た琴乃は裸足で砂浜を歩いていた。

 足を冷たい波で濡らす彼女を男が走って近づく、それに気づいた琴乃は笑顔で反対側に走り出す。


「こっちこっち、遅いよー」


 男は走っていく琴乃を追いかけていく、何者にも汚されいない砂浜は二人によって蹂躙されていくのであった。

 そして遂に男は琴乃に追いつき抱きしめる、琴乃は抱きしめられて顔が赤くなっていしまう。

 琴乃は顔を男の方へ向ける、男の顔は兄である響であった。

 

「にゃぁぁぁぁぁぁ!」


 再び兄を相手に恥ずかしいことをした、その事実に気づいた琴乃は大きく叫ぶのだった。

 叫んだ琴乃は気づくと布団の中にいた、ペタペタと髪を触るが潮風に晒された嫌な感触はしない。


(何また夢? それにしてはリアリティがあったけど……)


 先程見た海辺の夢について、琴乃は思い返す。潮風も、海の冷たさも、砂浜を裸足で歩く感触も、夢とは思えなかった。


(それにしても何よあの夢、砂浜で男女がおいかけっこなんて一昔のドラマじゃあるまいし)


 琴乃は夢の内容について意識しだすと、気恥ずかしくなって布団の中でゴロゴロと転がってしまう。

 すると琴乃の部屋の扉を、小さくノックする音が響く。


「なに……」


 不機嫌な琴乃は小さくぼやきながらも返事をする、返ってきた声は音量を小さくした響の声だった。


「あー琴乃大丈夫か、昨日も叫んでたし」


 響は夜中に叫ぶ妹を心配してノックをしたのだ、もし琴乃がうなされているだけなら夢見が悪いのかと判断していたが、叫んでいたために気になったのだ。


「うんごめんね、心配かけさせて」


「大丈夫ならいいけど」


 響は「そうか」と答えると、扉から離れていった。

 離れていく足音を確認した琴乃は一息つく。もし部屋の電気を付けられて顔を見られるようなら、真っ赤な顔を見られかねないからだ。


(はーもう寝よ寝よ)


 琴乃は布団に肩まで掛けて寝ようとする、そんな中真っ暗な琴乃の部屋で光る二つの目があった。





 夜、夕食後のリビングで琴乃と響は、一服をしていた。


(何よ最近の夢は!)


 琴乃は夜に見る夢のせいでとても機嫌が悪かった、夢は既に一週間続いていて琴乃は寝不足であった。

 日中に襲いかかる眠気を振り払う琴乃であったが、そんな琴乃を心配してか響が近づく。


「大丈夫か琴乃?」


 響はうつむいている琴乃を心配して顔を覗き込む。間近に響の顔を見た琴乃は、夢を思い出して顔を赤く染めるのだった。


「ごめん、自分の部屋に戻るね!」


 赤くなった自分の顔を見られないために、琴乃は走って自分の部屋に戻るのであった。

 部屋に戻った琴乃は、電気も付けないで自室のベットに顔をうずめていた。


(なんでよ、兄貴の顔見るだけで変な気分になっちゃうの)


 琴乃は兄である響のことは嫌いではない、むしろ家族愛と言う意味でなら好きだ。

 しかし今琴乃が感じている感情は違う、明らかに異性への愛だ。


(嫌だよ、兄貴との関係が壊れちゃうの)


 兄と妹、今までの関係から変わってしまうことに、琴乃は嫌悪の感情を抱く。

 琴乃は気づいていない、琴乃自身ここまで兄への愛を考えたことはない。もし冷静に第三者視点で考えれば、まるで誰かに焚き付けられたような愛だと気づくであろう。


「どうした? 好いている男への愛に素直にならないのか?」


 琴乃以外居ないはずの部屋に、別の誰かの声が木霊する。


「誰!?」


 聞き覚えのない声、さらに先程までの醜態を見られたと思った琴乃は、声を荒げて部屋を見回す。

 しかし琴乃がいくら部屋を見ても誰も居ない。空耳かと思った琴乃の目の前に、炎のような赤い毛並みをした豹と、グリフォンの翼を生やした豹頭の女が現れる。


「ひっ!」


 いきなり現れた豹と豹頭の怪物にを見て、悲鳴をあげる琴乃。


「そう怖がるでない、妾達はお前の愛を応援するものぞ」


 豹頭の女は優しげに琴乃に語りかける、しかし「愛を応援」と聞いた琴乃は鼻で笑うのであった。


「はっ、私の愛を応援? 何も知らないくせに」


「そうか? 妾はお前が兄を別の女に取られるのが嫌、ということも知っておる」


 豹頭の女の言葉を聞いて、琴乃はピクリと眉を上げる。事実だ、琴乃は最近兄が下屋椿という女の話をすると、心がチクリと痛む事がある。


「ふふふ、どうやらその反応間違っておらぬようだな」


 琴乃は動揺の表情は見せずに、豹頭の女を睨みつける。

 しかし豹頭の女は睨まれても臆すること無く、口元を隠して笑う。


「ならばフラウロス、こやつの愛の熱を燃やしてやれ」


 フラウロスと呼ばれた赤い豹は、琴乃に近づくと口から炎を吐き出す。


「きゃぁ!」


 琴乃は条件反射で悲鳴をあげるが、吐かれた炎は触っても熱くはなく程なくして消えた。


「さあ、お前の心のままに動くのだ」


 そう言って豹頭の女と、フラウロスと呼ばれた豹は部屋から消えていった。





 リビングでは響が部屋に戻った琴乃について心配してた。眠れなさそうにしている彼女のために、何か差し入れでもするべきかと考えていると琴乃がリビングに戻ってくる。


「琴乃!?」


「ごめん兄貴心配かけちゃったね」


「大丈夫ならいいけど」


 琴乃はそのまま響の近くまで歩いていく、そして猫なで声で響に語りかける。


「ねえ兄貴座っていい?」


「それぐらいならいいけど」


「やった」


 琴乃は嬉しそうに飛び上がると、響の膝の上に座り込む。


「琴乃?」


 いきなりの出来事に響は上ずってしまう、琴乃は何も言わず響の胸を背もたれ代わりにしていた。


(いい匂いがする)


 真っ赤な琴乃の髪からは甘い匂いが漂い、響の鼻孔をくすぐる。甘い匂いにつられて響の表情はとろけそうになっていく。

 響の表情を見た琴乃は小悪魔のような表情を見せると、今度はお尻を響の体にこすりつけ始める。

 琴乃の柔らかい尻の感触とむずがゆさに、響は体をひねりそうになる。

 そして琴乃は響の方に向くと上目遣いになる。


「ねえ兄貴、兄貴はどこにもいかないよね?」


「え、ああどこにもいかないよ」


 響は琴乃の真意を理解できずに、直感的に答えてしまう。

 答えを聞いた琴乃は嬉しそうな表情になると、そのまま立ち上がりリビングを後にするのであった。


「それならいいの、じゃあ自分の部屋に戻るね」


 琴乃が去った後のリビングで、響は何があったのか理解できずにいた。


(琴乃はあんなに甘えて来たことあったけ?)


 響は過去を思い返すが、琴乃があそこまで甘えてきたことは無かった。

 悩んでいる響の前に、キマリスが実体化する。


「あの子、あんなに甘い匂いのする子だったかい?」


「え? いや分からないけど」


 キマリスが琴乃から感じ取ったのは、甘ったるい匂いだった。その匂いは菓子類のような匂いではなく、媚薬の類に近いものだった。

 琴乃について頭を悩ませるキマリス、そして響であった。





 琴乃の様子がおかしかった夜の翌日、響と琴乃は学校に登校しようとしていた。


「兄貴行こ!」


「お、おう」


 昨日の事があって響は、琴乃の顔が直視出来なかった。対して琴乃は全く気にしない様子で、響と触れ合うのであった。

 そのまま琴乃は何気なく響の手をつなぎ、歩き始める。

 いきなり手をつないできたので、響は顔を真っ赤にしてしまう。


「変な兄貴」


 琴乃は笑って響の手を引っ張るのであった。

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