第6話 爆弾
あれは、世界一のフィギュアスケーター! 僕の憧れの人!
三度の冬季オリンピックを制したフィギュアスケートの申し子。右足首の怪我から奇跡の復活を遂げ、世界で唯一人、完璧なクワッドアクセルを飛ぶ奇跡のフィギュアスケーター、追上星一(おうかみせいいち)。
いや、違うかもしれない。だって彼がこんなアフリカの片田舎の国際空港に来るなんて、ありえない。あの出入り口が全部透明なガラスだったらいいのに。途中から擦りガラスになっていてわかりゃしない。
きっと僕の見間違いだろうと思っていたら、出口から本人が出て来た。
信じられない。周りは誰も気づいてないのか? 嘘みたいだ。
サバンナにそびえる白い山を見上げて暮らした、爆弾とは無縁だったあの頃。
追上選手に憧れて、憧れて。毎日、真似をして遊んだあの頃。
涙が溢れた。急いで手の甲で拭う。
涙の向こうで、追上選手が警備の兵士に守られながら何処かへ向かっているのが見えた。ここから離れてくれればいいのだけれど。
ああ、だめだ。彼は建物の2階へ行ってる。
何故彼はここにいるんだろう?
この国の大統領が国策として観光業に力を入れると言っていた。だから、僕らは大統領の思惑を粉砕する為に空港を爆破して彼の権威を失墜させようとしているんだけど、それと関係があるのかな? もしかしたら、今度建設予定の国立競技場って、アイスアリーナなんだろうか?
だとしたら、アフリカ初の国立のアイスアリーナになるのではないだろうか?
でも、何故、アイスアリーナ?
わからない事だらけだけど、でも、僕のリュックには爆弾が入っていて、叔父役の男がどこか遠いところに行ってスイッチを押したら、追上選手も巻き添えになるかもって考えるだけで体が震えてくる。だめだ。絶対だめだ。あの人を死なせるなんて! 怪我を負わせるなんて! 絶対に絶対にだめだ。どこかで爆弾を解除しなきゃ。
僕は立ち上がって、一番近くのトイレを目指した。ところが、掃除中で入れない。
どうしたらいいんだろう?
振り返ると叔父役の男が僕を睨んでいる。そこにいろと指で命令してくる。
僕はお腹に手をやった。トイレに行きたいとやはりジェスチャーで伝える。
すぐ戻れと叔父役が口パクをする。
僕はうなづいて、他のトイレを探した。
到着ロビーじゃなくて出発ロビーなら空いているかもしれない。
僕は走った。とにかく一人になれる所。
「おい、お前どこへ行く?」
空港を警備している兵士が、僕の前に立ち塞がった。スワヒリ語だ。
「トイレを探しているんです、漏れそうで」
と英語で答えながら道化を演じた。
兵士は笑って、「こっちだ」と言って近くのトイレに連れて行ってくれた。爆弾は僕が組み立てた。解除方法もわかってる。個室に入るやリュックから爆弾を慎重に取り出し、解除して行った。
解除し終わって、僕はトイレを出た。兵士が、「大丈夫か」と声をかけて来た。僕は曖昧に笑って元の場所に戻った。叔父役の男が女と一緒に待っていた。
「遅かったな。いいか、俺はこいつが持って来た指令を検討しなきゃいけない。お前はここで、待ってろ。すぐに戻る」
「どこに置くのさ?」
僕は後ろのリュックをさした。
「こいつの指令を聞いてから決める。それまで、ここで待ってろ。これに成功したら、お前、昇進するぞ。個室を貰いたいだろ。給料が出るようになるぞ」
個室! 給料! これ以上ない好待遇だ。僕はコクコクとうなづいた。
叔父役の男が女と一緒に空港の前に止めていた車へと向かって行く。
車はここからは見えない。爆発が起こらなかったら、彼らはここに戻ってくるだろうか?
僕はもう解放軍に帰れない。裏切ってしまったから。不発の爆弾と偽物のパスポート。そして、幾ばくかの金。それも水を買ったから半分になってしまった。僕は膝に頭を埋めた。結局死ぬしかないんだ。それとも、不発の爆弾を持って解放軍に帰るか。不発弾だったんですと嘘をついて。そんなの解除された爆弾を見たらすぐにバレる。裏切り者として処刑されるだろう。どうしよう、八方塞がりだ。死にたくない。
「おい、坊主」
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