第18話 その二


 あ、でもこれって、俺が変に駄々を捏ねているみたいじゃないか? これを悟られちゃいけないよな、先輩には。


 しかし、心配は必要ではなく、そんなことに気づいている素ぶりもない先輩は小刻みに震えていた。


「うぅ……外、いやだよぉ……」


「なんでなんすか……この、外の空気、最高じゃないですか?」


「どこがなのよ……薄汚れたこの人間が作り出した雰囲気、周りの人たちの目も気持ち悪いし、最悪よ……」


「いや、別に人間は作り出してないですよ。どんだけ嫌いなんすか、外」


「嫌いよ、大っ嫌い!」


 その言い方はやめてくれ、まるで俺が言われているみたいだ。ほら、すれ違った人が悲しそうな目でこっち見てるし、別に俺はフラれてないし告ってもない。


「いいじゃないですか、たまにはこうやって歩かないと太りますよ?」


「……私、太らないし」


「ぉ、……そうですかね?」


 さすが、先輩はこういうところに種を落としてくれる。ここは一発、揶揄からかってあげよう。


「——っえ?」


「僕から見ればその二の腕とか、太ももとか結構太く見えるんですけど……まあ女の子はそういうものなんですかね?」


「うぐ……ま、まじ、まじなの?」


「嘘つくと思いますか?」


「っ——!? 分かったよぉ!! 相坂君のクソでべそ~~‼‼」


「わっ、っちょ、先輩——走らないで!」


 先輩の焦った表情、そして紅潮した頬が最高だった。まさかここまで動揺するとは思わなかったし、意外と面白い所もあるんだな先輩は。


 しかしその、センスのない悪口はやめてほしいな。僕が悪いみたいになっちゃいそうだから!



「こ、ここは……?」


「アニ〇イトですけど……いやでした?」


「あ、アニ〇イト?」


 そう、俺が先輩を引っ張ってやってきたのはオタクのお店のアニ〇イトだった。


 本当はただ単に、今日の夕食の買い物だけする予定だったけれど、せっかく先輩と来ているんだしと思ってやってきたのだ。


 まあ結局それは建前で、俺がラノベの新刊を買いたいだけなんだけど。


「先輩は来たことはないんですか?」


「あぁ、うん」


「え、じゃあ先輩ってどこでラノベ買ってるんですか?」


「それは……ネットで、それに今じゃ電子書籍もあるし、そっちの方が楽だし……」


「ああ、そっか……」


 その手もあったのか……俺としてはお金もないし、ネット小説を読むことが多いから逆にこっちに来ることが少ないけれど先輩みたいな人は逆に通販で買うこともあるのか。


 さすが、先輩は違う。


「そうだよ……だから、こんなとこ来なくてもいいのっ」


「ここも嫌なんですか、いるのは我らがオタクの仲間、同志たちですよ?」


「人だもん」


 それじゃあ俺もダメじゃん。


 てか、どんだけ人が嫌いなんだよ。ただのコミュ障だと思ってたけどここまでだとは思わなかった。


 なんか人に恨みでもあるのか? 先輩も俺みたいに高校生で一人暮らしっていう中々珍しいタイプだし、そんなトラウマ経験が一個や二個あってもおかしくはない。


「……重症っすね、それはっ……」


 俺は鼻で笑いつつ、歩を進めた。


「わ、笑い事じゃないし」


「ははっ……なんか余計に笑えてきますね……」


「うぅ……ひどい」


 涙目になる先輩、さすがにやり過ぎたかもしれない。俺は振り向いて先輩の肩に手を置いて、こう言った。


「じゃあ先輩っ」


「ん……?」


 薄紅色の綺麗な瞳、それがこちらを見つめていて、かつ体は華奢で胸は大きい。こんなにも美人な先輩がそんな風に根暗では勿体ない。俺として思うのは、ファンにはしっかり青春してほしい。それが俺の本音である。


 

 だから、あのセリフを言うことにした。


「先輩————、俺が、この相坂裕也が……最高っの語らせてあげますよっ!」


「……っ!」


 うるんだ瞳、そして震える肩。

 

 俺が尊敬する小説「ラブコメを語りたい」の主人公が先輩ヒロインに言った台詞、それがこんなにも役に立とうとは思いもしなかった。




 てか、一人しかいないブクマ登録者をファンとか……まじで寒いな、俺。

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