第18話「朝10時、訪問してくる先輩」


 それから数日が経ち、来たる週末。


「あの、またうちに来てて大丈夫なんですか……その、家の事とか?」


「うん?」


 現時刻は午前10時。昔から早起きな俺は今日も6時起きだったし、先輩がこの時間に来てくれても別に問題はない。


 だが、世の一般常識として休日のこの時間はかなり早いはずだ。


 家に居れるなんて愚か、遊びに行く時間でもない。もしくは起きてすらいないしな。


「あっ、家の事? 大丈夫だよ、夜には帰ってるし、それに……」


「それに……?」


「やっぱ、いいや。何でもないわ……まあとにかく大丈夫だからいいの~~」


「……まあ、先輩がいいならいいんですけど」


 俺としても別に嫌のことはされてもないし、綺麗な女子……というか先輩が休日に家にお邪魔するシチュエーションを悪いと思ったことはない。


 むしろこんなのご褒美だ。しかし、それにしてもこんな先輩が早起きなのもちょっと驚きだけどね。


 ただ、俺がもっと不思議に感じるのは他にある。それは、俺と会って一週間で、どうして彼女はここまで心を許してくれているのかということだ。


 好きな小説の作者だからってここまで心を許すだろうか、ましては同じ高校の後輩に……事実として機嫌がいいのは納得せざる負えないがここまで来ると怖いまであるけどな。


「その、先輩」


「な~~に?」


「俺、買い物行きたいんですけど」


「買い物? ああ、うんっ大丈夫だよ??」


「別に先輩に許可なんか求めてませんよ、ここ俺の家ですし」


「え、じゃあ何なのよ?」


「……先輩も一緒に行きますかってことです」


「ごめん、無理」


「えぇ」


「えぇって言われも、無理なのは無理で~~す」


 この非常識先輩はどんな親に育てられてきたんだ、一体。


 俺が言うのもおかしいけれどこの調子じゃラノベに出てくる貴族の令嬢並みに世間知らずだぞ。


「どうしてですか、行けないって言うのは?」


「行けないから、行けないんです!」


「それじゃあ理由になってませんよ」


「私、現象には必ず原因があるっ! ……みたいな台詞嫌いだし、そうだからそうなのっていう理屈なんだし~~」


「なんですか、その謎理論は……」


 あと、ガリレオの湯川先生はやめてほしいんだがな。そんな言い方されたら俺まで論破に巻き込まれそうだし。


「世界は私が作るんですっ‼」


「先輩が世界に作られてるの間違えじゃないですかね?」


「私はお母さんに作られたんだよ?」


「それは知ってますよ、屁理屈は良いんですってもう」


「屁理屈じゃないし、私はお母さんとお父さんが夜にイチャイチャして、そしてS〇Xで中だ——」


「はいはいはいっ——もういいですから‼‼」


 もう、なんでこの人は人前で、というか男の後輩を前にしてそんなことが堂々に言えるんだよ。そんなの俺でも言えないのにが逆にすごいですよ、まったく。


「でも、あのですね先輩」


「?」


「一緒に行ってくれないのなら、俺にも策があるんですよね、策が……」


 俺は真剣な眼差しで先輩の淡い紅色の綺麗な瞳を見つめた。すごく恥ずかしいがここは我慢するほかはない。


「ん……」


 ゴクリ……と先輩が唾を飲む音が部屋に響く。


「俺の家を出て行ってもらいます」


「……っ」


「どうですか? 一緒に行ってくれたら、僕も考えますよ?」


「……そ、そんなのは別に……いい」


 お、でも……言葉の割には声が震えているし恐れているようだ。


 あと、もう一押し。


「じゃあ、先輩?」


「な、なによ……」


「先輩は俺の小説好きなんですよね……、もしも先輩が一緒に行かないのなら俺はもう続きは書きませんけd」


「——な、なんでなのよ‼ ひ、卑怯でしょそんなのっ! そ、そ、そんなの絶対……い、嫌だ、わ……」


「じゃあ、一緒に来てくれますよね?」


「……うぅ……ず、ずるいよぉ……」


 まあ、仕方ないだろう。俺としても先輩が外に出ずに学校以外の場所に行きたくないと駄々こねて腐っていくのは見たくはない。


 このくらい言わなきゃ動きそうになかっただろうし。


「先輩が頑なだからですよ」


「でも、そんなのないよぉ……」


「そんなに外が嫌なんですか、先輩は?」


「絶対に、永久に、究極に嫌……だって、怖いもん」


「怖いって、別に何かあるわけじゃないですよ?」


「そんなことない」


「ありますって……」


「ないって‼‼」


 とまあ、さらに数十分ほど駄々を捏ね始めた先輩の対処はかなり骨が折れた。まあ、どうにかうなじを引っ張って、子を運ぶ親猫のように俺たちは外に出たのであった。



《あとがき》


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