第11話:鴨《かも》の浮き寝
(1)
この回OPは ClariS 「eternally」(ゲレンデっぽいかな?)。
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(田口トモロヲの激シブな語りで脳内再生お願いします。)
時は昭和――バブルの時代を目前に控えた1980年代。日本は空前のスキーブームに沸いていた。若者は、我先にとスポーツ用品店へ殺到し、ローンを組んで高価なスキーグッズを買い揃えた。目指すは、雪国に建設されたばかりの超大型ラグジュアリー・スキーリゾート。
スキーが上手いことが、モテる男の必要条件とされた時代でもあった。そしてそれは、孤独な男たちの心の中に、取りも直さずスキー場へ通いさえすれば彼女を作れるという、大いなる幻影を生んだ。ピーク時には、山のふもと、温泉街に隣接するこのスキー場も、六万人もの利用客で賑わったという。
(往年の最盛期へフラッシュバック。リフトの前に長蛇の列を作る若者の群れ。アフタースキーのパーティで異常な盛り上がりを見せるバブリーな男女ども。BGMはもちろん ClariS 「ユニゾン」で決まり! 作詞はなんと ClariS です!)
(暗転。鈍い衝撃音。)
だがそれも今は昔。ブームが去り、若者が去り、時代は過当競争へと突入した。温暖化による雪不足が、それに拍車をかけた。利用者数は、実にピーク時の4%にまで激減。にもかかわらず、老朽化した設備の維持費は高騰している。運営を引き継いだ市の行政当局は、収支の極端な悪化を問題視。遂に、廃止を視野に入れた検討委員会を立ち上げた。今や、百年の歴史を誇るこのスキー場は、存続の危機にさらされているのである。
(グランドピアノの一番低い音。ず~~~~ん。残響音たっぷり。)
*
「・・・というわけだ」
「は? 『というわけ』というのは、どういう『というわけ』なので?」
白鳥先生は、例によってイラついた口調だ。
「察しが悪いな山本。みなまで言わすな。県にとっても市にとっても、今回の件は極めて重大な懸案事項だ。単に収支とか赤字とかの数字の問題ではない。スキー場がもし廃止に追い込まれれば、心理的な影響が多方面に及ぶのは必至だ。利便性と大自然の調和が売りのこの街にとっても、イメージダウンは深刻だ」
「ですよね~。・・・で、〈組織〉がこの俺にどうしろと?」
「スキー場廃止を阻止しろ」
「・・・無理っす」
「そこをなんとか」
「だって無理ゲーですってそれ。時代の流れですってそれ。赤字の額すごいんでしょ? リフト券売るってレベルじゃねえぞ! ってことですよそれ」
「そんなことは百も承知だ。だがな山本。上から号令が掛かってるんだ。千里の道も一歩から。とにかくあらゆる
「えー。どうせ無理だと思いますけど。焼け石に――」
先生はうんざりした声で、
「あのな。そんなのは百も承知だっての。上に向かって、こんだけ努力しましたって、説明責任さえ果たせればそれでいいの。そういうもんなの大人は。分かった?」
「はあ・・・。まあ先生のお陰でいろいろ分かりすぎちゃってますけど。昨今」
「ちゃんと結果出せよ。ゲットした人数を報告しろ。リフト券の画像つけろ。まあタダでとは言わん。すごいぞ。今回は珍しく、きちんとインセンティブがつく。一名ごとに〈マモ~レ〉のお買い物ポイント14ポイント」
「ポイント少なっ。しかも何なのその半端な数っ」
「文句言うな。意味を考えるな。黙ってやれ。これが公務員の三原則だ。・・・そう言えば、どうした山本? 最近アンバサダーの業績が低迷してるぞ。優秀な人材ですと太鼓判押した、こっちの立場も考えてくれ」
「あぁぁ。そのことなんですけど・・・」
俺、正直もうどうでもいいもん。ミカいなくなっちゃうし。そも絶交状態だし。悲しみよこんにちは。さようなら俺の青春。さようなら俺の人生。とっても楽しかったよ。
「ミカさん、引っ越しの準備とかで忙しいらしいし。それにもう、この街のご案内とかも、もう要らないかな? って思ってまして。去年、充分したわけですし」
「うむ。たしかに我々も驚いた。国際プロジェクトの予定が早まったそうだ。広告塔がなくなるのは非常な痛手だ」
「あのう。・・・何とか引きとめられませんかね? 強大なる〈組織〉のお力で・・・」
先生は鼻で笑った。
「街おこしのために引っ越しやめてくださいって頼むのか? まあ無理だろうな」
「ですよね・・・」
はあぁぁぁぁぁぁぁ。
「あの。だったら、俺も、ちょうど良い機会だからリタイアしようかななんて。受験勉強もありますし――」
「何をほざいてるんだ山本。君はまだ若い。前途洋々じゃないか。オフィシャルアンバサダーの将来は明るいぞ。公務員枠を忘れたのか? 次のクライアントおばちゃんも、お前を待っているぞっ」
先生は必死に慰留工作を始めた。まあ俺のためじゃなく自分のためですよね。分かってますって大人の世界。
「えぇぇでもぉ。俺、なんか最近ちょっと調子悪くて。内臓関係かも。ホルモンバランスとか。花粉症かも」
「そういえば声に張りがないな。だがよく考えたら最初からそうだったぞ。気のせいだ。サプリ飲め」
「それになんか、生きる意欲が減退してまして。社会に幻滅というか。世界に幻滅というか。学校行きたくないっちゅうか。朝起きるの辛いっちゅうか。人生に希望が見いだせないっちゅうか。お先真っ暗っちゅうかっ」
「そんなことは誰にでもある。一時の気の迷いだ。エナジードリンク3本飲め。しゃきっとするぞ」
*
正直に言うと、これまで、白鳥先生の進路指導をありがたいと思ったことは、ただの一度もない。だが、今回だけは、どれほど感謝してもしきれない! というのも、後で分かったことだが、――。
*
(以下は、後日、関係者の証言に基づいて、俺こと山本が事実を再構成し、お届けするものです。)
「今朝のニュース見た? スキー場なくなるかもだって! ショック! すげえショック。だってあたしさ、毎年行ってたんだよ。幼稚園のころから。毎年欠かさず!」
ヨーロッパ帰りのミカは、時差ボケ後遺症がようやく治ったばかりで、顔色もあまり良くない。元気いっぱいの花染さんを羨ましそうに見上げて、力なく、
「へーそうなんだー。それは大変ー」
「大変だよ! これは黙って見てるわけにはいかんぞ。地元民としては。友だちもテニス部も総動員。とにかくみんなに声かけて、応援するっきゃないっ」
「そうなんだぁ。頑張ってねー」
「もちろんミカも行くよね!」
「・・・は?」
「もちろんミカも行くよね!」
「えっと。私、地元民じゃないし」
「もちろんミカも行くよね!」
「あの。・・・私、ちょっと引っ越しとか控えてて、いろいろ忙しいし。それに、言ったっけ? 私、スキー嫌いなの。雪も大っ嫌い」
「そうなの?」
花染さんはミカの顔を、至近距離の笑顔で、じい~っと凝視ちう。目が笑ってない。
「でもミカさあ。山本くんと何があったか知らないけどね。でもさ。短い間だったかもしれんけど、少なくとも去年は、この街で、けっこう楽しく過ごしたわけじゃん? そういうね、この街に対する恩義――てか感謝の情をだね、一切示さずにだね、後ろ足で砂かけるみたいに、ぷい、って出ていくような人じゃないよねミカは? あたし信じてる」
ミカの美しい顔が、ぴくぴくと引きつった。花染さんはここぞとたたみかける。
「ミカの人間性信じてるから。困った人見たら、知らんぷりできない人だから。絶対スキー場応援してくれるって、信じてるからっ」
ぴくぴく。
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