第10話:虹蔵不見《にじかくれてみえず》
(1)
この回限定OPは ClariS 「トパーズ」(キュートっ)。
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読者のみなさんこんにちは。更新遅いですか? ごめん! 実はね・・・。
俺たち、絶好調なんですっ! あ。それ前回と同じだろって? いやいやいやいや。よ~く見てくださいよ。ね? 今「俺たち」って言ったでしょ? 「俺」じゃなく。
ははっ。うははははっ。いやあ照れるなあ。思わず言っちゃったけど、「俺たち」っていうのはね、何を隠そう、俺とミカのことなんです。いやっ。いやっそんなっ。大したことじゃないんですけどね。改めて、取り立てて、わざわざ言うほどのことでもないわけなんですけど。ただね、この素晴らしい街で、素晴らしきキラキラ青春ライフを、俺たちは満喫してしまっていますよと。ただそれだけのことなのでねっ。
週末が待ち遠しい。ミカとお出かけ大自然ツアーが待っている。でもね。最近のミカは、特に大自然にこだわっているわけでもなく。まあ前から、特に大自然が大好きというのでもなかったわけですけど。でもこの前も、こんなことをおっしゃってくださいました。曰く、別に大自然でなくてもいいよ。山本くんといっしょなら、どこだって楽しいから。
・・・ははっ。ははっ。いやー。こんな人生があったとは。今までの俺の生涯は、いったい何だったのかという、大いなる疑問。そんな哲学的難問に頭を悩ませつつ、今日も、週末までの時間を指折り数えて眠りにつく日々。
*
おっと。こういうときに限って水を差しに来るクソ野郎が、一匹おりますね。これは注意しないと。前回の轍は踏まない。ゆえに、俺は月島からのメッセージを5回無視した。6回目でさすがにイラっときた。しつこいな。今度こそ、がつんと言ってやる!
「よお山本くん。やっと来たか」
「あのな。もうライン送るのやめろ。迷惑なんだよ。次からブロックするから」
「冷たいなあ。親友じゃないか」
「うるせえ。こないだもお前のせいで、とんでもなかった。あと、今度ミカのミの字でも言ってみろ。殴るぞ」
「何だよ。それが恩人に対する態度か? 僕のおかげで誤解が解けたんじゃないか。君が〈ミレーマ〉から表彰されたのも、元はと言えば、僕の助言の賜物だろ?」
「明白にまったく違うからそれ。ちなみに表彰断ったから」
「あ。そうそう。会長が困ってたから、表彰は僕が代わりに受けてあげたよ。副賞がマックの倍グランクラブハウス一年分」
「ええっ? どうしてそれを先にっ」
し。しまったあ! ・・・あれ? でも月島のランチがいつになくしょぼい。俺と同じコンビニおにぎりとは。これ如何に?
「・・・うん。最近、静香がちょっと冷たいんだ。こないだの帰り、マックとミスドとケンタッキーでナンパしてるとこ見られた。つけられてた。油断した」
ざまあ。身から出た錆。そう言えば、珍しくちょっと顔色が悪いな。病なら神の裁きだけど。逢魔先輩に愛想を尽かされたのがこたえたのか?
「いや違うんだよ。・・・実は、山本くんに、折り入って相談があるんだが――」
「断るっ」
「まあこれを見てくれ」
「見ないっ」
「みどりだ」
「・・・は?」
月島が花染さんについて相談だと? も。もしかしてお守りの件がバレたのか? これはヤバいかも!
「これは最近の写真なんだが」
「おおっ。きれいっ」
花染さんが美少女なのは最初から明らかだったが、今はもう、それにいっそう磨きがかかって、全面開花の様相を呈している。この点で月島は正しい。やっぱり一途な恋心は、女の子を輝かせる。
「このところ毎日のように会ってるんだ。助けてもらった恩があるから断りにくいし。おかげでクレープ食いすぎだ」
月島はため息をついた。
「クレープに食傷したのか? 腹に来たとか? それが悩みなのか?」
「そうじゃない。クレープ美味しいし。みどり、クレープ好きだし」
「じゃ何だよ? 花染さんにうんざりしてるのか? あんなにお前一筋なのに。まあお前にはもったいないけどな。けど別れたいんなら、俺に相談するまでもないだろ。お前の得意技だしそういうの」
「そうじゃないんだ。その逆だ」
「は?」
「みどりは実に美しい。しかも良い子だ。何としてでも手に入れたい」
「・・・は?」
こいつの言ってることは、いつもながらイミフだ。俺は頭をかきかき、
「手に入れてるんじゃないですか? 手に入れてますよね?」
月島は例のごとく、尊大極まりない態度で、
「山本くん。相変わらず分かりが悪いな。前に説明したよね?」
「お前の変態的悪癖をか?」
「僕の至高の唯美的精神をだ。復習しよう。ここに僕のターゲットがいるとしましょう。彼氏持ちの美少女、すなわちステージ2だ」
「へいへい」
「ここで僕に課された使命とは何か? その彼氏から、彼女を寝取ることに他ならない。このアクションの完遂によってのみ、彼女の美は完成する。ステージ3だ」
「へ~~い」
「茶化すな。これがすなわち、僕の編み出した寝取り道の王道――
月島は眉をひそめた。
「今回は、それが、想像を絶する困難に直面している!」
嫌な予感しかない。これ以上聞きたくない。
「・・・と言いますと?」
「みどりだ。現在、僕とらぶらぶ状態。限りなくステージ2に近い。美しく開いている」
「めでたいことじゃないか。とりあえずおめでとう。祝福を与えよう。相手がお前じゃない方が百万倍良かったが」
「そのとおり。分かってるじゃないか山本くん」
「は?」
「相手が僕。そこが究極の大問題なのだ。つまりだ。ここからステージ3に進むためには――」
「ためには?」
「僕は、みどりを、僕自身から寝取らなければならないのだよっ」
「まじですかっ! ・・・帰る」
クソばかばかしい。死ねよ。だが月島は、至って真剣な顔で、
「まあ待て。僕も寝取りを長くやってるが、こんな事態は初めてだ。正直困惑している。この局面には、自他ともに許す『寝取りの帝王』たるこの僕ですら手に余る、形而上学的、かつ、記号論理学的難題が含まれているのだよっ」
「へー」
「いわゆる〈自己言及パラドックス〉の
「お前が嘘つきかどうかという話なら、答えは紛う方なき『真』だが。それが何か?」
月島は俺を完全無視した。
「この大いなる苦悩が、僕を眠らせてくれないのだ。毎日、クレープを食いつつ、目の前のみどりを見つめている。手が届きそうで届かないステージ3を、夢見ながら・・・」
「で、この俺に何をせよと?」
「君は国語得意だろ? この閉塞状況を、言語学のレトリックを駆使して、何とか打破できないか? ゲーデル的な。ウィトゲンシュタイン的なっ」
「無理。死ね。俺、おにぎり下で食う。普通の人と話がしたくなった」
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