第10話:虹蔵不見《にじかくれてみえず》

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虹蔵不見にじかくれてみえず:晩秋から初冬、11月22日~26日頃のことだそうです。


 この回限定OPは ClariS 「トパーズ」(キュートっ)。


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 読者のみなさんこんにちは。更新遅いですか? ごめん! 実はね・・・。


 俺たち、絶好調なんですっ! あ。それ前回と同じだろって? いやいやいやいや。よ~く見てくださいよ。ね? 今「俺たち」って言ったでしょ? 「俺」じゃなく。


 ははっ。うははははっ。いやあ照れるなあ。思わず言っちゃったけど、「俺たち」っていうのはね、何を隠そう、俺とミカのことなんです。いやっ。いやっそんなっ。大したことじゃないんですけどね。改めて、取り立てて、わざわざ言うほどのことでもないわけなんですけど。ただね、この素晴らしい街で、素晴らしきキラキラ青春ライフを、俺たちは満喫してしまっていますよと。ただそれだけのことなのでねっ。


 週末が待ち遠しい。ミカとお出かけ大自然ツアーが待っている。でもね。最近のミカは、特に大自然にこだわっているわけでもなく。まあ前から、特に大自然が大好きというのでもなかったわけですけど。でもこの前も、こんなことをおっしゃってくださいました。曰く、別に大自然でなくてもいいよ。山本くんといっしょなら、どこだって楽しいから。


 ・・・ははっ。ははっ。いやー。こんな人生があったとは。今までの俺の生涯は、いったい何だったのかという、大いなる疑問。そんな哲学的難問に頭を悩ませつつ、今日も、週末までの時間を指折り数えて眠りにつく日々。


     *


 おっと。こういうときに限って水を差しに来るクソ野郎が、一匹おりますね。これは注意しないと。前回の轍は踏まない。ゆえに、俺は月島からのメッセージを5回無視した。6回目でさすがにイラっときた。しつこいな。今度こそ、がつんと言ってやる!


「よお山本くん。やっと来たか」

「あのな。もうライン送るのやめろ。迷惑なんだよ。次からブロックするから」

「冷たいなあ。親友じゃないか」

「うるせえ。こないだもお前のせいで、とんでもなかった。あと、今度ミカのミの字でも言ってみろ。殴るぞ」

「何だよ。それが恩人に対する態度か? 僕のおかげで誤解が解けたんじゃないか。君が〈ミレーマ〉から表彰されたのも、元はと言えば、僕の助言の賜物だろ?」

「明白にまったく違うからそれ。ちなみに表彰断ったから」

「あ。そうそう。会長が困ってたから、表彰は僕が代わりに受けてあげたよ。副賞がマックの倍グランクラブハウス一年分」

「ええっ? どうしてそれを先にっ」


 し。しまったあ! ・・・あれ? でも月島のランチがいつになくしょぼい。俺と同じコンビニおにぎりとは。これ如何に?


「・・・うん。最近、静香がちょっと冷たいんだ。こないだの帰り、マックとミスドとケンタッキーでナンパしてるとこ見られた。つけられてた。油断した」


 ざまあ。身から出た錆。そう言えば、珍しくちょっと顔色が悪いな。病なら神の裁きだけど。逢魔先輩に愛想を尽かされたのがこたえたのか?


「いや違うんだよ。・・・実は、山本くんに、折り入って相談があるんだが――」

「断るっ」

「まあこれを見てくれ」

「見ないっ」

「みどりだ」

「・・・は?」


 月島が花染さんについて相談だと? も。もしかしてお守りの件がバレたのか? これはヤバいかも!


「これは最近の写真なんだが」

「おおっ。きれいっ」


 花染さんが美少女なのは最初から明らかだったが、今はもう、それにいっそう磨きがかかって、全面開花の様相を呈している。この点で月島は正しい。やっぱり一途な恋心は、女の子を輝かせる。


「このところ毎日のように会ってるんだ。助けてもらった恩があるから断りにくいし。おかげでクレープ食いすぎだ」


 月島はため息をついた。


「クレープに食傷したのか? 腹に来たとか? それが悩みなのか?」

「そうじゃない。クレープ美味しいし。みどり、クレープ好きだし」

「じゃ何だよ? 花染さんにうんざりしてるのか? あんなにお前一筋なのに。まあお前にはもったいないけどな。けど別れたいんなら、俺に相談するまでもないだろ。お前の得意技だしそういうの」

「そうじゃないんだ。その逆だ」

「は?」

「みどりは実に美しい。しかも良い子だ。何としてでも手に入れたい」

「・・・は?」


 こいつの言ってることは、いつもながらイミフだ。俺は頭をかきかき、


「手に入れてるんじゃないですか? 手に入れてますよね?」


 月島は例のごとく、尊大極まりない態度で、


「山本くん。相変わらず分かりが悪いな。前に説明したよね?」

「お前の変態的悪癖をか?」

「僕の至高の唯美的精神をだ。復習しよう。ここに僕のターゲットがいるとしましょう。彼氏持ちの美少女、すなわちステージ2だ」

「へいへい」

「ここで僕に課された使命とは何か? その彼氏から、彼女を寝取ることに他ならない。このアクションの完遂によってのみ、彼女の美は完成する。ステージ3だ」

「へ~~い」

「茶化すな。これがすなわち、僕の編み出した寝取り道の王道――黄金律ゴールデンルールと呼ぼう。ところがだ」


 月島は眉をひそめた。


「今回は、それが、想像を絶する困難に直面している!」


 嫌な予感しかない。これ以上聞きたくない。


「・・・と言いますと?」

「みどりだ。現在、僕とらぶらぶ状態。限りなくステージ2に近い。美しく開いている」

「めでたいことじゃないか。とりあえずおめでとう。祝福を与えよう。相手がお前じゃない方が百万倍良かったが」

「そのとおり。分かってるじゃないか山本くん」

「は?」

「相手が僕。そこが究極の大問題なのだ。つまりだ。ここからステージ3に進むためには――」

「ためには?」

「僕は、みどりを、僕自身から寝取らなければならないのだよっ」

「まじですかっ! ・・・帰る」


 クソばかばかしい。死ねよ。だが月島は、至って真剣な顔で、


「まあ待て。僕も寝取りを長くやってるが、こんな事態は初めてだ。正直困惑している。この局面には、自他ともに許す『寝取りの帝王』たるこの僕ですら手に余る、形而上学的、かつ、記号論理学的難題が含まれているのだよっ」

「へー」

「いわゆる〈自己言及パラドックス〉のたぐいだ。『今、私は嘘をついています』が真か偽か、という例のやつだな」

「お前が嘘つきかどうかという話なら、答えは紛う方なき『真』だが。それが何か?」


 月島は俺を完全無視した。


「この大いなる苦悩が、僕を眠らせてくれないのだ。毎日、クレープを食いつつ、目の前のみどりを見つめている。手が届きそうで届かないステージ3を、夢見ながら・・・」

「で、この俺に何をせよと?」

「君は国語得意だろ? この閉塞状況を、言語学のレトリックを駆使して、何とか打破できないか? ゲーデル的な。ウィトゲンシュタイン的なっ」

「無理。死ね。俺、おにぎり下で食う。普通の人と話がしたくなった」


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