第18話 付属校生活3
実技の時間、他の生徒達が
キーンは、クラスメイトたちが必死になってファイヤーアローを発動させようとしているところを訓練場の隅の方に立って眺めているだけだった。
生徒たちは10回連続して呪文省略を試して、それから次のものと交代していくのだが、ちょうどクリスが10回試し終わってキーンの立っている訓練場の隅の方にやってきた。
「ねえ、きみ、何かコツのようなものってあるのかしら。今10回いろいろと試したのだけれど、全く発動するような気がしなかったわ」
「僕は呪文自体を知らないから良くはわからないけれど、例えば呪文の中に魔術の強さとか発動した時の形だとかを指定する部分ってないかな?」
「確かにあるわ」
「やっぱりあるんだ。そしたらその部分は頭の中で強く念じ続けて呪文を唱えてみるのはどうかな。唱えるときにはその部分を省いても呪文が発動するかもしれないよ。それができるようになれば、そのうち
「無意識に意識できる。なんとなくキーンの言ってる意味は分かるわ。次私の番になったら試してみるわね。あなたとお友達になれて本当に良かったわ」
「クリス、まだできたわけじゃないからそこまで僕のことを言わないでいいから」
「いえ、きっと今のキーンのアドバイスでできると思う。見ててね」
そう言って、クリスはまた次の順番を待つ列に戻って行った。
すぐにクリスの番が回ってきた。
他人事ながら、クリスには頑張ってもらいたいので心の中で応援しつつ眺めていたところ、最初の二回は失敗したらしい。そして、三回目、
クリスが一度目を
「……、ファイヤーアロー」クリスは発動体である自分の杖を的に向け、最後に術名を言って呪文は完成した。
シュー。
ファイヤーアローが的に見事に命中した。
周りのみんなも驚いてクリスを見ている。もちろん担当教官のバーレルも目を
それから、4回目、5回目、……、そして最後の10回目。3回目以降全て成功したクリスがこんどは駆けてキーンのところにやってきた。
「キーンありがとう。全部きみのおかげよ。キーン、あなたやっぱり天才ね」
「よかった。アドバイスした手前、ちょっと緊張したよ。でもクリスもすごいね。一言僕が思い付きを言っただけでちゃんと呪文が発動できちゃうんだ」
「何言ってるのよ、きみがすごいのよ。次はもう少し呪文を省略できないか試して見るわ、見ててね」
「クリスがんばって」
「任せて」
秀才のクリスでもさすがにそれ以上の呪文の省略は難しかったようで、ファイヤーアローは発動しなかった。しかし、クリス自身手ごたえを感じたのか、余裕が出て来たようで、順番の合間はキーンのところに来ては話し込んでいた。
こちらは、楽しそうな二人を横目で見ながら、訓練を続けているメリッサ・コーレル。魔術に対してはそれなりの自信を持って今回の訓練にも臨んでいた彼女だが、いろいろ試してみるものの全くファイヤーアローが発動する気配はない。
自分が必死になってああでもないこうでもないと努力しているにもかかわらず、早々にクリス・ソーンは呪文の短縮を成功してしまったようだ。しかもそれはあのキーン・アービスのアドバイスだという。
なぜか、メリッサはキーンの動向が気になって、二人の会話に聞き耳は立てているのだが残念なことに話の内容が部分的にしか聞こえてこないのがもどかしい。
キーンからどういったアドバイスをクリス・ソーンは受けたのか知りたかったが、その部分を聞き逃している。耳に入ってくるのはたわいもない話ばかりで、訓練しているのか遊びに来ているのか分からないくらいだ。
いくら侯爵家の令嬢とは言え、その態度にも我慢ならない。
キッとなるが、それで呪文が発動するわけもないのでますますいらだつメリッサ・コーレルだった。
その日の実技の時間、呪文の短縮を成功させたのは結局クリス・ソーン一人だけだったようだ。クリスは最後に担当教官のバーレルに手放しで
その二人を後ろから眺めて、チッ! と小さく舌打ちするメリッサ・コーレル。メリッサ自身は気付いていないが、最近、彼女の眉毛と眉毛の間に縦じわが入り始めている。
キーンにとって午前中の座学は苦痛以外の何物でもなかったが、午後からの実技の時間、少しずつクリスが上達していくのを見ているのが楽しくて待ち遠しい時間になっていった。
そういった感じで一カ月が過ぎた。そのころには、呪文の部分的省略ができるようになった生徒もクリス以外にも数人出るようになってた。メリッサもその一人である。
今日もまた、キーンとクリスは昼食時校庭の芝生の上でお弁当を食べている。
「ねえ、キーン知ってる?」
「なに?」
「うちの学校と軍学校とで交流試合があるんだって。出場選手は3年生を中心に実力順に選抜されるそうだけど、キーンならうちの学校でおそらく実力ナンバーワンなんだから出場させられるかも?」
「軍学校というと?」
「将来軍に入って将校になる人の学校よ」
「へー、そんなのがあるんだ。その学校と交流試合か。うーん、3年生なんかに混じって試合なんかしたくはないな。それに僕が出てしまうと、選抜枠が一つ減るんだろうから遠慮しておくよ」
「キーンらしいといえばキーンらしいわね」
「あはは」
「でも、試合は見に行くんでしょ?」
「面白いのかな?」
「ここのところ、うちの学校が三連勝してるらしいわ。面白いかどうかは分からないけれど、他の人、特に上級生の魔術を見ることはためになるかもしれないわ」
「それじゃあ、一緒に見にいってみようか」
「そうね」
このところ、メリッサ・コーレルの昼休みは、早めに昼食を済ませ、キーンとクリスが席を外している一番後ろの座席に行き、キーンのカバンの中を探ることだ。
「やっぱりノートしか入ってない。でもこのノート、何も書いてないけどどうなっているのかしら? まさか、あいつ、ノートを書かなくても黒板に書かれていることを全て記憶しているとでもいうの?」
盛大な勘違いである。
その日の午後からの実技の時間。
キーンは担当教官のバーレルから、交流試合の選手を選抜するための学内の選抜競技会に出てみないかといわれた。その競技会は本来3年生だけで行っているものだそうだが、キーンがその気があれば、競技会に出場させることは可能ということだった。
3年生たちに交じってまで交流試合に出たいわけではないので、その話をキーンは断ることにした。
「アービスなら確実に選手になれるだろうが、強制は出来ないので仕方がない。まあ、今の三年生たちで今回の交流戦も勝つだろうからいいだろう」
「先生、申し訳ありません」
「いいんだ。アービスが3年になって交流試合に出場することを楽しみにしてるよ」
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