第16話 付属校生活


 もう実技の授業に出ても出なくていいと実技担当のバーレル先生に言われたが、このまま帰っていいとは言われていないので、キーンは床に置いていた『龍のアギト』を抱えて、すこし離れたところから、生徒たちの『身体強化』の発動実習を眺めていることにした。もちろん、今もキーンの体は六色に輝いている。


 生徒たちは、休憩しながら『身体強化』を繰り返し発動しているが、キーンの見るところ、だいたい二分、長い者で三分、最も長いクリスでさえ『身体強化』の継続時間は五分もなかった。


『僕ってちょっと他の人と違うのかな?』


 初めて自分自身に疑問を持ったキーンだった。


 それでもせっかく『龍のアギト』を学校まで持ってきたので、布を巻いたまま、その場で振り回していたら、


「アービス、危ないから、それを振り回すのはやめておけ」


 バーレル先生に注意されてしまった。


「アービス、今日はもうお前は帰っても良いぞ」


 結局、バーレル先生の許可も出たので、キーンは訓練中のクリスに軽く手を振り、一度教室に戻って荷物を持って家に帰っていった。




 こちらは、クリス・ソーン。


 休憩を挟みながら自分の杖を握り呪文を唱え『肉体強化』を発動させる。すぐに下に砂が落ち切った砂時計を返し、時間を計る。


 自分でもこういった訓練を自宅でよく行っていたが、周りに同じことをしている生徒がいるとさらにやる気が湧くようで、継続時間もいつもより伸びているし、回復までの時間も短くなってきたような気もしている。


 しかし、ただものではないと入試の時から思っていたキーンはやはりとんでもない生徒だった。全6種の強化魔術をこともなげに発動してみせた。発動媒体を使わず、無詠唱で全6種を一度に重ねがけしたうえ、何時間だろうと継続させることができるという。あの大賢者テンダロス・アービスを今の若さで超えている可能性すらある。


 キーンが全6種の強化魔術をかけっぱなしで、あの大剣を振り回わせば、一流の剣士でさえかなわないのではないだろうか? しかも、強化魔術だけでなくちゃんとした攻撃魔法も大賢者並み。まさにバケモノだ。


 そういった意味で、たまたま入試の手続きが遅れた結果、キーンと試験場で知り合ったことは偶然とはいえ得難いことだったとクリスは自分の幸運を素直に喜んだ。


 それも含めて、クリスはやはりこの学校に入学してよかったと思っている。




 そしてこちらは、金髪ツインテール。メリッサ・コーレル。


 時間はさかのぼり、その日の実技の授業まえ、昼の休憩時間。


 先日亡くなったという救国の英雄、大賢者テンダロス・アービスの義理の息子というキーン・アービス。


 入学試験の時のキーンのあの魔術には正直自分でも驚いたが、あれは大賢者の持つアーティファクトを隠し持っていたに違いない。でなければあれほど頭の悪い男にあんな魔術が使えるはずはないからだ。


 持参した弁当を教室の自席で食べ終えたメリッサが、何気なく教室の後ろを見ると、キーンの座っていた机に布にくるまれた大きな荷物が立てかけてあった。


 キーンが何を学校に持ってきたのか? もしや何かのアーティファクトではないのか? と興味があり、メリッサは階段教室の後ろの方に上っていった。そして、キーンの机に立てかけてあったその大きな荷物に手をかけてみたが、びくともしない。


 仕方がないので両手に力を込めて動かそうとしたら、いきなり机から滑って足元に落ちてきて大きな音がしてしまった。少し布がほどけて、見えた中身は、どうやら真っ黒い大剣らしい。


 勝手に他人の道具に触ることは非常に無礼であるし、実際危険なこともあるので、そういった行為は決して行わないよう魔術師を志す者はげんいましめられている。


 それにもかかわらず、他人の持ち物に手を出したうえ、大きな音を立てて教室に残っていた生徒たちの注目を集めてしまった。メリッサはとっさに自分も床に尻餅をついて、荷物が勝手に滑ってきたため足を痛めたと大げさに演技をした。


 大げさな演技ではあったが、クラスの生徒たちが集まってきて同情してくれたので、いちおうはキーンの持ち物に勝手に触ったという疑いを持たれずに済んだようだ。


 そうこうしているうちにキーンが教室に戻ってきたので、これ幸いとキーンの荷物のせいでケガをしたと言って謝らせることはできたが、キーンと仲の良いクリス・ソーンに勝手にキーンの持ち物に触ったのではないかと疑われてしまった。


 クリス・ソーンがソーン侯爵家の令嬢だったことには驚いたし、その令嬢があのいけ好かないキーン・アービスと仲が良いということはますます気にくわない。


 ソーン侯爵家がコーレル家の属する派閥の上位貴族ではなかったのが幸いでもあるが、クリス・ソーンは自分に悪い印象を持ったに違いない。あそこで嘘でも言いつくろっていなければ、クラスの全員から非難の目を向けられた可能性もあったわけだから、仕方ないことだと思うしかない。


 午後からの実技では、またキーン・アービスが何かのトリックで強化魔術を同時に6種全部をかけていた。あの布でくるまれていた荷物はどうも発動体でもなければアーティファクトでもなかったらしい。


 どこにアーティファクトを隠し持っているのか? 絶対に見つけてやる。キーンの秘密を必ず暴いてみせる。そう決意するメリッサ・コーレルだった。



 

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