第341話 第三次ナゴルノ・カラバフ紛争

 現在、世界各地では、数多くの戦争が継続状態にある。


 例

・パレスチナ紛争(1948年~)

・西サハラ紛争 (1976年~)

・ソマリア内戦 (1991年~)

・シリア内戦  (2011年~)

・マリ北部紛争 (2012年~)

・イエメン内戦 (2015年~)

 ……

 これに今年は宇露戦争以外にも、第三次ナゴルノ・カラバフ紛争が開戦し、欧米諸国は、大忙しだ。

「陛下、アルメニア、アゼルバイジャンの双方から軍事支援の要請が届きました」

 ライカが二つの書簡を持ってきて、机上に置く。

 一つは、青、赤、オレンジの三色が使用された旗は、アルメニア。

 もう一つは、水色、赤、緑に新月旗(トルコ国旗)と同じような三日月と星(星の形は、新月旗とは若干異なる)が配置された旗はアゼルバイジャンだ。

 ナゴルノ・カラバフ紛争に何故、トランシルヴァニア王国が巻き込まれるのかというと、両国の形態が理由にある。


  アルメニア    アゼルバイジャン

  キリスト教 宗教 イスラム教

  親露派   外交 親土派

  アルメニア 民族 トルコ系

  東側陣営  所属 西側陣営


 トランシルヴァニア王国は、キリスト教国である為、信仰心としては、アルメニアを支援したい。

 しかし、外交的には西側陣営に属する為、アゼルバイジャンを支援しなければならない。

 第一次の時は革命前後のこともあり、トランシルヴァニア王国は、国内再建を優先し、中立を保った。

 第二次の時も新型ウィルス流行下であったことから、要請を丁重に断ったのだが、今回は理由が無い。

 まさに踏み絵の状況だ。

「軍部は何と?」

を重んじ、アルメニアの支援を訴えています」

「……血、ね」

 アルメニア人は、印欧インド・ヨーロッパ系諸民族に属する。

 印欧系諸民族は、

・ゲルマン人

・スラブ人

・ケルト人

 などが居り、当然、トランシルヴァニア人もこちら側だ。

 一方、アゼルバイジャンはトルコ系だ。

 両国は、文化的・民族的・言語的に密接な繋がりを有しており、2021年には軍事同盟も締結した仲である(*2)。

「……」

「御聖断をお願いします」

 ライカは、頭を深々と下げた。


「―――それで俺に回ってきたのね?」

「はい」

 オリビアの『わたくしには無理』というメモ書きを添えられた書簡を前に、煉は苦笑いだ。

 持ってきたライカも渋面である。

「やはり陛下には、まだ決断力が欠けるかと」

「そうだな」

 18歳で女王は、気が重い。

 しかも今回は、自分の判断によっては、人が死ぬのだ。

 怖気づくのも無理はない話である。

「オリビアは?」

「体調不良で皐月様、司様が看病されています」

「……分かった。レベッカは?」

「チェルシー様、エマ様、フェリシア様、ヨナ様、ミア様、シャロン様が見ています」

「なら安心だな」

 大好きな義姉が体調不良。

 婚約者は仕事中の為、レベッカの心労も計り知れない。

 なので6人と共に居れば、ひとまずは安心だろう。

「ライカ、スヴェン、ウルスラ、シャルロット」

「「「「は」」」」

交代交代こうたいごうたいでオリビアを看てくれ。皐月は診療、司は医学の勉強があるから」

「「「「は」」」」

 4人は素直に首肯して出ていった。

 反論しないのは、煉が外出しないからだろう。

 公邸内に居さえすれば、目が届く。

『私は?』

「?」

 指名されなかったナタリー、シーラ、そして、

「殿下、私も行った方が宜しいのでしょうか?」

 とキーガンが不安げに確認する。

「あー、全然。君らとオルガ、エレーナには仕事を任せたいから」

「はい!」

 初仕事にオルガは、最敬礼で応えた。

「エレーナ、ナタリーはナゴルノ・カラバフの情報収集を頼む。情報部を使ってな?」

「は」

『は』

 2人は、最敬礼で出ていく。

 半ば予想していたのだろう。

 動きが機敏だ。

「……?」

 私は? と、シーラは袖を引っ張る。

 仕事に興味津々なようだ。

「期待させて悪いが、シーラは給仕をお願い」

「……」

 嫌そうに頷く。

「あー、今の無し。シーラは、こっち」

 すぐに煉は指示を撤回すると、彼女の手を握り、膝に乗せる。

「♡」

 機嫌を直したシーラは、煉に抱き着いた。

「キーガン、オルガ、座って」

「「は」」

 煉は、機密事項である2か国からの書簡を見せた。

「今回、君らには分析官アナリストになって頂きたい」

「私は、分析は苦手ですよ?」

 キーガンは、慌てた。

 通常、任された仕事を「苦手」などと言うのは、あまり褒められたものではない。

 その為、オルガはぎょっとしてキーガンを見た。

 が、煉は気にしない。

「苦手か。じゃあ、俺とオルガの話を聞いて疑問に感じたことを指摘してくれ」

「は」

 それなら、とキーガンは首肯する。

 先ほどのキーガンの態度は、今後仕事を外される可能性もある危険な行為なのだが、煉は、一切気にした様子はない。

 適材適所、といった感じだ。

(殿下の周りで離職率が低いのは、この話しやすい環境なのね)

 オルガは納得しつつ、書簡を黙読し始めるのであった。


 分析というのは、ナタリーのような情報将校が行うものなのだが、煉は全員野球を望んでいた。

 その為、1人でも分析官が多いのは、あらゆる確度かくどからの考えが分かる為、精度向上にも繋がりやすい。

 また、前述のような話しやすい環境も手伝っている。

 例えば、恐怖政治の独裁者だと情報将校は、独裁者の都合の良い情報しか報告しない。

 この結果、独裁者は自然と正常性バイアスに陥り、物事の判断の見極めが困難になりやすい。

 それと比べると、煉の手法は、恐怖政治とは180度違ったものと言えるだろう。

 オルガの想定する脚本を聞いて、煉は、首肯する。

「分かった。有難う」

 それから新聞やインターネットなどといった公開資料オープン・ソース・インテリジェンス(=オシント)を基に考える。

 情報収集の手段(*3)は、主に、


公開資料オシント

人間ヒューミント

画像情報イミント

写真情報フォトミント

通信傍受シギント

 例:・暗号解読コミント

   ・信号解読エリント

   →電波探知機レーダーなどから放射された信号傍受

   ・音収集アシント

   →SOSUSソーサス(音響監視システム》などを使って潜水艦などが発する音を収集

   ・フィシント

    →遠隔測定法テレメトリー、ビーコン信号等からの情報収集

   ・郵便検閲

科学マジント

 例:・電波探知機情報ラディント

    →電波探知機レーダー信号傍受

    ・周波数情報

    →核爆発や、エンジンの周波数から得られる情報の収集

    ・E-O情報

    →紫外線、可視光線、赤外線から得られる情報の収集

    ・地球物理学情報

    →地震、大気の振動、磁場の変化等から得られる情報の収集

    ・核情報ヌシント

    →放射線から得られる情報の収集

    (異常増加で原子力施設の事故や核実験などが探知出来る)

    ・物質情報

    →化学物質の分析から得られる情報の収集

装備の研究テキント

他機関との協力コリント


 と沢山あるが、煉は公開資料を重視する。

 各国の情報機関も諜報活動の9割に採用している、とされている(*4)為、別段、煉が特異な訳ではない。

 日本でも例えばアイドルが投稿したSNSの情報をソースに、閲覧者の一部が居場所や着ている服の具体的な商品などを特定しているが、これも一種の公開資料を基にした諜報活動と言えるだろう。

 公開資料オシントと共に、


CIA中央情報局などの情報提供(コリント)

・大使館に居る職員ヒューミント(情報部所属)からの報告

・偵察衛星からの画像情報イミント

・戦場カメラマンの写真情報フォトミント


 など、沢山の情報から煉は、考えた。

(……まぁ、不介入が1番良いだろうな)

 トランシルヴァニア王国が、ナゴルノ・カラバフ紛争にどんな形であれ、介入した場合、危険性が大き過ぎる。

 第二次停戦時点で優勢なのは、アゼルバイジャンなので勝ち馬に乗りたい所だが、宗教や民族的に近いアルメニアを攻撃するのは、気が引ける。

 オルガ、煉が考えた脚本は、こうだ。


1、アゼルバイジャンに乗った場合

 現時点では、戦勝国に加わる可能性が出来るが、トランシルヴァニア王国国内のキリスト教徒や保守派からは、反発を買う可能性が高い。


2、アルメニアに乗った場合

 西側諸国に居ながら、西側諸国を敵に回す可能性が避けられない為、孤立しかねない。

 但し、国内のキリスト教徒や保守派からは、好意的に受け止められる。


3、中立

 現況、不利なアルメニアを見捨てる形にはなり、国内からの反発も買うが、国益を考慮した場合、1番、外交的にも貿易的にも損害が少ない。


「オルガ、祐筆ゆうひつ出来るか?」

「はい」

「じゃあ、次は祐筆を頼む」

「は!」

 分析官アナリストに続いて書記官を任され、オルガは喜色で応えるのであった。


[参考文献・出典]

*1:編著・佐藤信夫『ナゴルノ・カラバフ - ソ連邦の民族問題とアルメニア』

  泰流社 1989年(原著1988年)

*2:NHK 2021年6月27日

*3:ウィキペディア

*4:THE PAGE 2013年10月30日

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