第308話 嗤う熊、焦る獅子、燃えるルーシ
2022年、宇露関係は急速に悪化した。
これに伴い、諸外国の動きも活発になる。
・ハッキング攻撃(*1)
・浸透工作(*2)
・自国民への出国命令(*3)
……
この間、北京五輪が開催中であったが、日本は核実験を、東欧ではウクライナ危機により、北京五輪の国際的な注目度が薄まった感じである。
2008年には、同じく北京五輪の開会式の前日である8月7日、南オセチア紛争が勃発。
北京で開催の五輪は、夏季に続いて冬季までも地味になった。
今回のは、ロシアがキューバにミサイル基地の建設を検討する等、1962年のキューバ危機を彷彿とさせる緊迫感が生じた。
南オセチア紛争でも、米露の軍事衝突が危惧されたが、今回もソ連崩壊後、新冷戦を代表とする対立となった。
イギリスは、香港市民300万人の受入を表明した(*4)ように。
ウクライナが有事になった場合は、香港の時同様、市民の受入を検討していた。
然し、物事には限度がある。
イギリスには、既に移民が多数居り、それがEU離脱の契機の一つにもなった。
これ以上の受入は当然、経済的にも国民的にも賛成し辛い状況であり、その首相であるボールドウィンは、代替案として、トランシルヴァニア王国の協力を考えたのだ。
「ウクライナと自分に何の関係があるのですか?」
「殿下の私領には、東欧移民も多くいらっしゃいます。万が一の際は、殿下の私領に難民の受入をお願いしたく―――」
「首相、それは
素通りされたオリビアが、不快感を示す。
「申し訳御座いません。陛下。然し、事態は急を要している為、外交無礼を承知で、殿下に先にお話しました」
一転、不安げにオリビアは尋ねる。
「……? ウクライナで何か起きているのですか?」
「弱腰な西側諸国の対応に不満を示した、ウクライナの一部の
「「「!」」」
ボールドウィンは、ハンカチで汗を拭く。
「若し、挙兵が実行されれば、ロシアは侵攻する大義名分となり、一気にウクライナ全土は戦場になります」
「……」
煉は、腕組みをした。
ウクライナ危機に関して言えば、反西側諸国で結託しているロシア、ベラルーシと違い、西側諸国の対応は不味い。
まずは、1月19日、アメリカの大統領がロシア軍のウクライナ侵攻について、
『小規模な侵攻をした場合、欧米は、難しい対応を迫られる』
と発言(*5)。
当然、ウクライナは『小規模な侵攻は存在しない』と激怒し、アメリカもすぐに、
『いかなるロシア軍が越境すればそれは侵攻だ。
ロシアが重い代償を支払うことに疑いの余地は無い』
と、火消しに走った(*6)。
次に、ドイツ海軍司令官(中将)がやらかす。
司令官は、1月21日、訪問先のインドで講演した際、
『(ロシアの大統領が)本当に求めているのは敬意で、それを与えるのは簡単なことだし、恐らくあの人は敬意を払うに値する』
『クリミア半島はもう失われた、もう二度と戻ってこない』
と発言(*7)。
これにも当然ながら、ウクライナは激怒し、宇独関係は悪化(*7)。
最終的には、司令官の辞任によって幕引きが図られた(*7)が、ドイツはこれ以外にも足を引っ張っている。
①ウクライナを武器提供を断り、代わりに野戦病院の装備を提供(*7)
②独製武器をウクライナに送ろうとしたエストニアに、ドイツ政府は介入し、それを
阻止(*7)
……
当然、ウクライナのドイツに対する心証は非常に悪い。
連携するロシアとベラルーシ。
グダグダな米独とウクライナ。
ウクライナと連携を採り数少ない戦力になっているのは、イギリスくらいだろう。
失言や邪魔ばかりする米独とは違い、独自にウクライナとの連携を示している。
1月22日、ウクライナ指導部に親露派就任を画策か、英外務省が非難(*8)
2月12日、元議員のテレビ局に制裁 ウクライナ(*9)
この元議員は、英外務省が非難した親露派指導者最有力候補(*9)
目立つ支援というほどでもないが、それでもこの援護射撃は、米独の体たらくを比べると、ウクライナには力強い筈だ。
「王配殿下には、この問題の説得に当たって頂き、難民が出た場合には、私領に避難させて頂きたいのです」
「……事情は分かりました」
「ですが、何故、自分を指名したのですか?」
「殿下が日本人でもある為ですよ。湾岸戦争の醜態を知っておられる筈です」
「……あの頃は、まだ前世なんですがね」
反論しつつも、煉は納得した。
湾岸戦争(1990年8月2日~1991年2月28日)の際、日本は多国籍軍に参加せず、資金援助で対応した。
日本としては、憲法等の問題で国外に自衛隊を派遣する事が出来なかったのだが、それでもクウェートやアメリカの怒りを買い、
トランシルヴァニア王国もウクライナ問題に関しては、最近は資金援助や武器の提供のみで派兵は行っていない。
北欧版NATOの提唱者である事からも相応に働いて欲しい、というのが、ボールドウィンの意見のようだ。
「要は、『軍事大国であるなら静観姿勢は解いて汗を流せ』と?」
「まぁ……そう言う事です」
首相の直談判は、それだけイギリスが、トランシルヴァニア王国に協力して欲しい気持ちの表れなのだろう。
オリビアが、煉の手の平を掴む。
行くな、と。
煉は空かさず、指文字で返した。
行かない、と。
[参考文献・出典]
*1:ロイター通信 2022年1月16日
*2:BBC 2022年1月23日
*3:ロイター通信 2022年1月24日
*4:BBC 2020年7月2日
*5:朝日新聞 2022年1月21日
*6:日テレニュース 2022年1月21日
*7:BBC 2022年1月23日
*8:ロイター通信 2022年1月24日
*9:共同通信 2022年2月12日
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