第304話 星の入口作戦

 冷戦期、超大国同士は、超能力も有効手段の一つとして研究していた。


 例

 1970年代当時、東側陣営では超能力研究が盛んに行われていた。

『鉄のカーテンの向こう側の超能力研究』(東側諸国の超能力研究報告書 1070年)


 これに対し、アメリカは1970年代に入ってから、ようやくその重い腰を上げた。

 それが『星の入口作戦スターゲイト・プロジェクト』である。

 その内容は軍事作戦に於いて、遠隔透視能力リモート・ヴューイングを使用する、というものだ。

 然し、成果という成果は得られず、1995年に終結した。


 アメリカは、計画を打ち切った訳だが、親米派のトランシルヴァニア王国はその白紙になった計画書の複写コピーを入手し、独自に研究を続けていた。

 その報告書が、煉に届けられる。

「……ミア、これ知ってた?」

「知ラナイ」

「ヨナは?」

 首を振って唇を嚙み締めた。

「オリビア、だそうだ」

「白紙撤回ですわね。流石にこれは、軍部が暴走しています」

「だろうな」

 煉が頷いて、報告書を引き裂く。

「ライカ、勅令の名の下に軍部に通達しろ。『先住民族を軍事利用するな』と」

「は」

「「殿下デンカ」」

 母娘がじっと見た。

「ん?」

「軍部、陛下ト、殿下、ニ、呪イ」

「10日、以内」

「結構、早いな」

 煉は、2人を抱っこし、確認する。

「方法は?」

「事故死」

 ミアの真っ直ぐな目に信憑性が高まる。

「……分かった」

 予言が何処まで高確率なのかは不透明だが、情報が多い方が良い。

 後はそれを厳密に精査すればいいのだから。

「じゃあ、2人には、情報将校になってもらおうかな?」

情報ジョーホー?」

将校ショーコー?」

「そういった情報を分かり次第、報告してくれ。ナタリー」

『私が子守り?』

「まぁ、そういうな。『部下が出来た』と思えば」

『……分かったよ』

 ナタリーは、ガシガシと頭を掻く。

 2人の加入は、煉一派の軍備増強に一役買った事は言うまでもなかった。


 別室で予言を事細かく聞いたナタリーは、考える。

『……信じられない話だけど、ちょっと賭けてみようかな?』

「あら、現実主義者の貴女にしては珍しい?」

 ミアを顎を撫でていたエレーナが振り返る。

『有効そうなものは何でも使う、って事よ』

「あら、夫に似て来たね?」

 エレーナが、イジるは、ナタリーは済まし顔だ。

『しょうがないよ。夫婦なんだし』

「あら、自覚してんじゃん」

『そりゃね』

 ナタリーは、ヨナを抱っこし、その目を見た。

「それで、ヨナが視たのは、どんな予言?」

「昨晩、夢枕ニ女神ガ降臨サレテ、オ教エ下サイマシタ。陛下ト殿下ヲ狙ウノハ、ラウル。コノ国ノ将軍デス」

「おお」

 エレーナは、反応した。

 ラウルは煉達の間でも緘口令かんこうれいかれ、例え家族であっても関係者でない限り知らない筈だ。

 ミアが言う。

「ラウル、脳ノ病気。近々、暴走ボーソースル」

「具体的には?」

「一気ニ、軍部ヲ掌握スル」

『……不味いわね』

罷免ひめんしなきゃ」

 2人は頷くと、早速行動に移るのであった。


 トランシルヴァニア王国は軍事大国であるが、軍国主義ではない。

 軍部が暴走しないように、ちゃんと管理者が居る。

 それが王配(あるいは皇后)だ。

 軍部のトップは、防衛大臣であるが、それでもその防衛大臣が問題な場合(例:不祥事を揉み消す等)、王配(あるいは皇后)が直々に動く場合がある。

 幸運にも煉は前世では、米兵と傭兵で、現世では駐在武官と現場の経験は、豊富であった。

 然も、前世では、革命を成功に導いた英雄。

 現世でも、政変を阻止した実績がある。

 軍部内部でも信奉者は多数居た。

 その筆頭がラウルの政敵である、マーティンであった。

 年はラウルと同じく65で、今年、退任予定である。

 然し、出世レースに負け、地方の基地の守備隊長に任じられていた。

 事実上の左遷だ。

 本来であれば、40代でラウルの後任に就く予定だったのだが、彼が今の要職を離れず、病気療養もしなかったのが、運命の歯車が狂った契機であった。

 元々、2人は親友であったが、病気が原因でどんどん性格が悪くなるラウルとは、徐々に険悪になり、今では絶縁関係にある。

 ラウルの診断書を流布されたのも、この男であった。

 白髪になっても染めず。

 禿げ上がっても尚、かつらも着けず。

 そんな男が、煉とテレビ会議をしていた。

『マーティン、済まんが、もう10年働いて頂きたい』

「もう、10年ですか?」

 来年から入る年金生活を楽しみにしていただけあって、この延長は正直、余り受けたくなかった。

 然し、年金生活者が働きたくても働けない事例もある為、そういう観点では勧誘スカウトがあるのは、幸せ者でもあろう。

『再雇用だよ。勿論、その分、厚遇する』

「……つまりは?」

『臨時として陸軍大将の要職ポストを与える』

「! 人事権は王配に?」

『あくまでも、今回に限っての事だ。陛下も御了承済みだ』

「では?」

『10年間は、陸軍大将をして頂く。それが、愛国者への我が国が出来る最後の返礼だ』

「……は」

 夢にまで見た陸軍大将の地位にマーティンは、涙する。

 エルンストに続き、政権側に付いた大物であった。


 2022年8月28日。

 この日は、青天に恵まれた日曜日であった。

 気温は、35度。

 まだまだ暑いが、40度近くあった日と比べれば、幾分か楽である。

 その日の早朝、《切り札》の軍人が、ブラウンシュヴァイク城の車庫に居た。

「これをタイヤ全てに付けてくれ」

「何ですか?」

 整備士は、軍人が用意したタイヤを疑問視する。

 外見上、何も正規のそれと変わらい為、わざわざこれに使う必要は見受けられないからだ。

「知らない方が君の為だ。賭博で金欠なんだろう? 臨時収入として貰っておけ」

 軍人が、見せたのは、ジュラルミンケースに詰まったドル札の山であった。

 推定1億ドルくらいはあるだろうか。

 賭博依存症の整備士には、喉から手が出るほどの大金であった。

「では、付け替えさせて頂きます」

「うむ」

 整備士は、軍人が用意したタイヤに手を伸ばす。


 作業中、軍人はほくそ笑む。

 これで夫妻を殺れる、と。

 軍人が用意したのは、「ある一定の速度に達したら、破裂する」細工が施されたタイヤであった。

 パパラッチに追われ、爆走する自動車は、速度超過に達した場合、タイヤがパンクし、そのまま操作コントロールを失い、中央分離帯に衝突。

 報道発表プレスリリースでは、タイヤの部分は伏せて、パパラッチに追われ、それをかわす為に速度超過した所、操作不能で事故、という形だ。

 当初はテロ組織に見せかけた自動車爆弾案も出されたが、イラク戦争で核兵器を見付けられなったアメリカのように。

 犯人が見付けられなかった場合、国民の不満は政府やテロを防げなかった軍部に向く可能性が高い。

 百歩譲って実行した場合、親衛隊、突撃隊の両隊が、復讐に来る可能性があった。

 色々な危険性を考慮した上で、やはり、1997年8月31日方式が採用された訳である。

「終わりました」

「有難う」

 ジュラルミンケースを渡す。

 これで交渉成立、と思われた。

 次の瞬間、

動くなDON'T MOVE!」

 叫び声と共に軍人は、背中に熱を感じた。

 直後、それは電気に変わる。

「ぐ!」

 電流で顔をひそめる。

 見ると、整備士も組み伏せられ、両手を後頭部の上に置いていた。

 軍人に使用されたのは、テーザーガンであった。

「おぼぼぼぼぼ!」

 無抵抗で震える軍人の目の前に、2人の男装の麗人が登場する。

「不敬罪並びに大逆罪で逮捕する」

「は」

 2人とも有名人だ。

 命じているのは、親衛隊隊長のライカ。

 従っているのは、その副隊長のキーガン。

 2人とも王配の側室である。

 整備士と軍人は、組み伏せられたまま、手錠をかけられた。

 1億ドルの入ったジュラルミンケースをライカが持つ。

「……多いな。キーガン、数えろ」

「は」

 キーガンは、紙幣計数機に札束を入れていく。

(王配の副収入か……)

 軍人は、唇を噛んで失敗を悔しがるのであった。

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