第283話 破滅に1番近い島

 喜びの島の長は、『ヨナ』といった。

 現地語で「可愛い」という意味だ。

 その名の通り、子供時代は美少女だったのだが、結婚後は大人の雰囲気を醸し出す美女となった。

 16歳で出産後、夫と共に子供を育てていたのだが、一昨年―――2020年、疫病で夫を亡くし、母子家庭となった。

「……」

 竪穴住居の中で煉を見た。

 お告げでは、この新王配が、救世主らしいのだが。

(……こんなに若くて大丈夫なのか?)

 もう少し高齢をイメージしていたのだが、まさか10代とは思わなかった。

(! 神を疑ってはならない。御神託は本物だから)

 首を横に振って、ヨナは煉の前にひざまずいた。

「王配ヨ」

「うん?」

アイランドヲ救ッテクレ」

「島?」

アアダー。コノアイランドハ、女バカリ。男ハ、殆ド居ナイ」

「……何故、男が少ない?」

「疫病デ死ンダ」

「女性は?」

「無事。男、皆、ヒヨワ

 一般的に男性よりも女性の方が長生きだ。


 日本人の平均寿命(*1)

 男性:81・64歳

 女性:87・74歳

 これは、世界でも同じで、WHO世界保健機関が発表した2021年世界保健統計によれば、平均寿命と年齢差に違いはあれど、先進国、発展途上国問わず全てで女性の方が長寿、との結果が出ている(*2)。

 女性の方が長生きな理由は、

①ホルモンの働き

②基礎代謝が少ない

③健康状態を気にする

 が理由とされている(*2)。


 喜びの島での詳細は不明だが、世界で同じ調査結果なのだから、ここでも同様の現象が起きていても何らおかしくはない。

 それでも、男性のみ疫病で死ぬのは、違和感が禁じ得ないが。

 煉達の前に歓迎の表れなのだろうか。

 料理が運ばれていく。

・レバー

アジ

秋刀魚サンマの干物

いわし

カツオ

白子しらこ

鮟鱇あんこう

太刀魚たちうお

 ……

 全て、プリン体が多い食材だ(*3)。

 この他、

・果物ジュース

・甘味の強い果物

 もある。

 これらは、尿酸値を上昇させると報告されている(*3)ものだ。

(……痛風か)

 島だから魚介類が多いのは分かるが、献立を見る限り、こればかりは、短命になるのは、当然の話であろう。

 痛風から来る他の病気で弱っていた所、疫病により、男性が全滅。

 男性よりも比較的頑丈な女性は疫病を乗り越えることが出来た、という訳だろう。

「飲メ。食エ」

「……頂きます」

 医学的な観点からは、余り飲食したくないが、『郷に入っては郷に従え』。

 拒否すれば、その文化を否定する愚行なので、今回ばかりは仕方ないだろう。

 煉にならって、シャルロット達も食べる。

 王族であっても異文化を理解し切れない者も居るのだが、煉は、殆ど躊躇ためらい無かった為、ヨナは安堵するのであった。

 この男とはやっていけそうだ、と。


 痛風の恐怖に怯えつつ、煉達は、完食した。

「御馳走様―――ん?」

「?」

「シーラ、頬、汚れているよ」

 手巾でシーラの頬を拭う。

「♡」

 笑顔で受け入れる。

 そのやり取りに、ヨナは、違和感を覚えた。

貴様等キサマラ兄妹ブラザーカ?」

「そうだな。義理だが」

「デモ、恋人ニモ見エルガ?」

「!」

 恋人、と言われ、シーラは真っ赤になる。

 一方、蔑ろにされたウルスラ、スヴェンは、

「「……」」

 不満げだ。

「広義では、恋人だよ」

 そう言って、煉はシーラを抱っこする。

 シーラもその愛に頬擦りで返す。

「♡」

 見た所、飼い主と愛玩動物ペットっぽいが、それでも愛の深さは変わらない。

「……」

 何か考える素振りを見せた後、ヨナは、無表情で告げた。

「ヤハリ、貴様ユーハ、救世主メシアダ」

「救世主?」

 ヨナは居住まいを正す。

「王配ヨ。頼ミガアル。島ガ沈ム」

「「「「「!」」」」」

 シャルロット、スヴェン、ウルスラ、シーラ、キーガンは、驚愕した。

 一方、煉は、冷静沈着である。

「……海面上昇か?」

ソウダダー

 地球温暖化による海面上昇は、世界中で問題になっている。

 その中で特に顕著なのが、オセアニア州に在るキリバスである。


 キリバスは、国土が海抜の低い環礁の為、その半数以上が水没の危機に瀕し、2007年には、大統領が国民の他国への移住計画を発表した。

 ―――

『【「我が国は海に沈む」キリバス大統領が全10万人移住計画】』(*4)

 ―――

 2007年に発表されたこれは、2014年にフィジーが全キリバス人の移住の受入を発表した(*5)為、最悪の事態は、防げたのだが、これは、一時的な問題だ。

 ツバル、モルディブも同様の問題を抱えている(*5)。

 日本も他人事ではない。

 海面が1m上昇しただけで、日本も砂浜の約90%が失われ、東京の西側がほぼ水没してしまう事が想定されている(*5)。

 この他、フロリダ州やマンハッタン、バングラデシュも大半が水没する可能性がある(*5)。

 先述したキリバスでは、2055年までに首都のタラワ周辺で最大30m近く海面が上昇し、世界銀行世銀は、首都の5~8割の島が2050年までに浸水する、と警告を鳴らしている(*5)のだが、具体的な打開策は見出されていない。

 その為、キリバスは、将来的に地図から無くなってしまう可能性が高い。


 喜びの島も同じような危機に瀕していた。

「……具体的には、どの様な助けが必要なんだ?」

「貴様ノ領土ニ移住シタイ」

「……島を捨てるのか?」

 すると、ヨナは、ムッとした。

「捨テル、違ウノー、生キル。島、愛シテル」

「済まない。今のは、悪かった」

 すぐに謝ると、ヨナは、機嫌を直す。

「王配ノ領土内ニ島、アルカ?」

「あるよ」

 煉の私領は、ブラウンシュヴァイク以外は、地方だ。

 その中には、小島もある。

「ただ、開拓していないから、整備しないといけないぞ?」

必要無イNo thank you。私達、巫女シャーマン。先進的ナ生活様式ライフスタイル不必要アンネセサリィ

「……分かった」

 思えば王族としか関係を持たない、未接触部族だ。

 ケニアとタンザニアに居住する先住民族のマサイ族の中には、観光客相手には伝統的な生活を見せ、私的な場面では携帯電話を使い熟す者が居るように、先住民族の中には、伝統と生活を割り切っている場合があるのだが。

 リサを長とするここの部族は、巫女以外の職業に就く気は更々無いようだ。

「生活はどうやって送る?」

「自給自足。不足分ハ、養ッテ頂キタイ。コレマデ通リ」

「養う?」

 確認の為にシャルロットを見ると、彼女は、頷いた。

「……」

(成程。トランシルヴァニア版超正統派、ということか)


 ユダヤ教の宗派の一部である超正統派の男性は、教義の学習に一生を捧げる為、無職が多く、その分、女性(妻)が働く場合が多い(*6)。

 これに加えて大家族が故、貧困層が多く、この為、彼等は、

・一家族平均3千~4千シェケル(約11万~約15万円 *7)の生活保護費

・減税

 等を受けている(*8)。

 当然、このような公費支出は、世俗派のユダヤ教徒から不満を抱かれている(*8)のが、実情だ。


 日本で言えば、働きもせず、ただひたすらに仏典を学ぶ僧侶のような感じだろう。

 その生活の為に公金が投入されれば、誰だって怒る筈だ。

 ヨナの話とシャルロットの反応から察するに、王室は、島民を養っていたようである。

(税金だったら大問題だな)

 王室の支出は、皇室同様、公開されている為、税金の一部が島民の生活に充てられていた場合、たちまち大バッシングは避けられない。

 それでも、国民の反発が無い所を見るに、王室の私費が充てられているのだろう。

「島民は、どのくらい?」

「1万人」

 ナウルの人口が1万1千人(2020年時点 *9)なので、ナウルと同じくらいだ。

 移民とヨナは表現したが、島民は、事実上、トランシルヴァニア人である。

 どちらかと言うと、「国内避難民」の表現が正しいだろう。

 言葉もある程度通じるし、何より無害だ。

「すぐには結論を出せんが、前向きに検討させてもらおう」

「感謝スル」

 ぎこちないながらも、ヨナは返礼するのであった。


[参考文献・出典]

*1:厚生労働省 2020年

*2:サワイ健康推進課 HP

*3:大場内科クリニック HP

*4:読売新聞 2007年9月1日 一部改定

*5:ヤフーニュース THE PAGE 2014年2月26日

*6:毎日新聞 2020年4月5日

*7:レートは2022年1月8日時点 1シェケル=37円

*8:読売新聞 2019年1月30日

*9:国連

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