第276話 Phantom of Heilbronn

 トランシルヴァニア王国は、北欧きっての軍事大国である為、日本と比べると容易に武器が入手することが出来る。

 銃器も銃砲店で購入することが出来るが、購入の際、


・犯罪歴の照会

寛解かんかいの診断書


 等が義務付けられている。

 然し、それを破る悪質な業者も居る訳で、NSU国家社会主義地下組織の取引相手であった。

 着々と計画が進んでいく。

「あの王配は、どうする?」

「有能だが、敵だ。殺せ」

 ヒトラーは、ナチスの党勢拡大に貢献したSA突撃隊幕僚長であるレーム(1887~1934)等を。

 スターリンは、《赤いナポレオン》こと元帥のトゥハチェフスキー(1893~1937)等を。

 毛沢東は、序列第2位の劉少奇リウ・シャオチー(1898~1969)等を追い落とした。

 有能な者は、早々と摘むのが、通例だ。

 それを指揮しているのは、ペーター。

 BfV連邦憲法擁護庁副長官、ヘルマンの腹心の部下である。

 両の目の下のくまには、『88』と『卍』の刺青が彫られ、頭はスキンヘッド。

 見るからにネオナチなのは、非常に分かり易い。

「……」

 BfVが集めた煉の報告書を、ペーターは、見詰めていた。

 情報統制されているのか、殆ど経歴が不明だ。

 オリビアが来日し、そこで見初めた相手であり、今は彼女と共に在学しつつ、外交官のアルバイトをしている、と報告書に掲載されている。

(……王女が一介の平民に一目ぼれするかね?)

 エドワード8世やヘンリー元王子の例はあるものの、女性の例は少ないだろう。

 ペーターの知る限り、ダイアナ妃がパキスタン系イギリス人外科医、エジプト人富豪と恋仲になった例くらいだ。

 もっとも2人は、外科医と富豪の為、高校生とは比べ物にならないくらい成功者であるが。

「……ううむ」

「隊長」

「うん?」

 見ると、部下がまた、報告書を持っていた。

「どうした?」

「今、入って来た情報です。ブラウンシュヴァイクに国王等が集まっています」

「! 王宮は、手薄か?」

「恐らく」

「では、挙兵だ!」

 即断即決。

 NSUの残党は、行動を起こすのであった。


 ペーターは、王宮への攻撃とアドルフの暗殺を思い描いていた。

 200人居る構成員を、100人ずつ、それぞれAとBに分け、Aは王宮へ。

 Bは、ブラウンシュヴァイクに差し向けた。

 王宮は、アドルフが不在な分、恐らく、警備は手薄だ。

 ブラウンシュヴァイクの方は、警備が強化されているのは、明白だが、国王等は、海岸線に居る為、海側から攻めれば、背後を突くことが出来る。

 バイオディーゼル燃料使用の三胴船トリマラン型高速船に次々と構成員は、乗り込んでいく。

 この船は、環境主義過激派エコテロリストのテロに見せかける為に、以前、用意したものだ。

 この為、NSU国家社会主義地下組織のテロ事件の一部は、「環境主義過激派の犯行」として捜査されているものもある。

 全身を黒づくめに染めた100人は、武器を再確認し、出航していく。

 陸路からは、陸軍の軍服を着た100人が軍用車両で王宮に迫る。

 軍事大国な分、武装した兵士は街中で見慣れているものだ。

「「「……」」」

 全員の瞳はどす黒く濁り、血走っている。

 緊張した者は1人も居ない。

 全員が「国を変える」という大義名分の下、恐怖心が薄らいでいるのだ。

 軍人が尊敬される国だけあって、検問所も難なく突破。

 王宮に近づいていく。

 王宮の守護神は、外側担当の近衛兵と内側担当の王宮警察だ。

 近衛兵は、同じ軍人だが、特殊部隊のような厳しい訓練を受けておらず、又、有事でも戦場に派兵されることは少ない為、余り。脅威ではない。

 王宮警察も、警察官である為、軍人と比べると、雑魚だ。

 王宮前の広場に軍用車両が続々と停車していく。

 近衛兵が何事かと集まって来た。

「どうしまし―――!」

 最後まで言わさずに構成員は撃つ。

 銃声に近衛兵は動揺した。

「何をする!」

 咎めた近衛兵だったが、次の瞬間、射殺される。

 これで違和感が真実に変わった近衛兵達は、応戦を開始した。

 王宮前の広場にて、近衛兵と国軍兵士に偽装カモフラージュしたテロリストの銃撃戦だ。

 市民は流れ弾を嫌い、建物に避難した。

 一部は、市民記者ジャーナリストとして、SNSを使って生中継を始めた。

 昨今、SNSが浸透している為、誰もが記者になることが出来る。

 2020年5月25日、白人警官に殺害されるアフリカ系男性の様子を録画したのも女子高生だ。

 彼女は、翌年、それが評価されて、ピューリッツァー賞特別賞を受賞している。

 なので、既存の記者や報道機関に情報源を頼る時代ではなくなっているのだ。

『こちら、王宮前広場です! ご覧下さい! 政変でしょうか? ―――うわ! 流れ弾が来ました!』

 本職の記者顔負けに、冷静沈着に報道する市民記者の様子は、世界中に生配信されていた。


「教官!」

 ライカが慌てて、スマートフォンの画面を見せた。

「反乱か?」

「分かりません。急ぎ、撤退を―――」

「馬鹿か?」

「は?」

 動転しているライカを、煉は、眉を顰めて制止する。

「そんな状況の場所に撤退するのが、危険だよ」

「あ……」

「落ち着けよ」

 煉は、椅子から立ち上がると、大きく背伸びする。

 その数瞬後、窓硝子にひびが入った。

「ひ!」

 思わず、ライカは、仰け反った。

 然し、硝子は割れない。

 超高級ホテルだ。

 迫撃砲が撃ち込まれても頑丈なくらい、硝子は分厚い。

「?」

 蜘蛛の巣状に罅割ひびわれた硝子に首を傾げるレベッカ。

「何でもないよ」

 微笑んで、煉は抱っこする。

「ちょっと今晩、忙しくなりそうだ」

「よふかし?」

「そうだな。お仕事だよ」

「うー……」

 夜更かしに反対なようで、レベッカは獣のように唸る。

「じゃあ、見学するか?」

「するする!」

 レベッカは、大はしゃぎだ。

 普段は夜更かし出来ない為、こういうことにテンションが上がるのだろう。

「分かった。ライカは普段通り、オリビアの警護を」

「は!」

「あと、陛下には、報告して戻らすな」

「は!」

 仕事モードになった煉の指示を、ライカはきびきびとした反応で聞く。

 レベッカには優しいが、ライカには厳しい口調だ。

 まるで二重人格のような変化であるが、こういう柔軟性が公私を分けている証拠だろう。

 レベッカを抱っこしたまま、次に煉は義妹を見た。

「シーラも手伝ってくれ」

「!」

 良いの? と視線を送る。

「ああ、君の力が必要だ」

「♡」

 久々の助手アシスタントの御指名にシーラは、喜ぶ。

「じゃあ、行くぞ?」

「「♡」」

 煉と手を繋ぎ、シーラとレベッカは臨時の執務室に入るのであった。


 海岸線から高速船で上陸したNSU国家社会主義地下組織は、アドルフ直属の近衛兵と衝突していた。

 NSU国家社会主義地下組織100人対近衛兵5千人。

 数的には、大差だが、政権転覆を狙うNSUは、容赦がない。

 逃げ惑う市民や観光客に流れ弾が当たろうが、無関係に撃ちまくる。

 一方、近衛兵は誤射を防ぐ必要がある為、的を絞る必要があった。

 その為、数的には優位でも、状況は不利であった。

 ホテルの目の前までNSU国家社会主義地下組織が迫り、近衛兵はフロントに土嚢どのうを積み、一部は、ホテルの宿泊室の窓から応戦していた。

 警備上の観点から、

・アドルフ

・オリビア

・皐月

・司

・チェルシー

・エマ

・フェリシア

・ライカ

 の8人は、最上階の奥部屋に避難していた。

 大人数の為、それほど孤独感は無い。

 それ所か、高揚感さえあった。

「……頼もしいな?」

「そうですわね」

 真下の下階かかいで煉は、本陣を作り、対策を行っている。

 その存在感から、アドルフは、8人の中で最も落ち着いていた。

 次に冷静沈着なオリビアは、アドルフにお茶を淹れていた。

「……シャルロットは?」

「ライカ」

「は」

 ライカが最敬礼しながら答える。

「下階にて、教官のお手伝いをしています」

「彼女は、軍人だったか?」

「いえ。お茶出しですね。志願して一緒に居ます」

「幸せ者だな」

わたくしも志願したいですわ」

「そりゃあ叶わん願いだな」

 アドルフは、厳しく言うと、次に司を見た。

「Mrs.司。少佐とは仲良しかね?」

「はい♡」

 緊張した面持ちだったが、愛しの人の話題に司の表情は和らぐ。

 皐月達も興味津々な様子だ。

 アドルフから直接、煉に対する評価は聞いていないから。

「僕は少佐を軍人として高く評価している。いずれは、もう少し、高位に就けさせたがったが、彼が無欲過ぎてな? 諸君の御意見を伺いたい」

「……御言葉ですが、陛下」

 皐月が挙手して発言する。

「養母としては、陛下の仰る通り、本人が嫌がってでも昇進させて頂きたいです」

「……昇進すればするほど、安全な位置になるから?」

「そうです」

 現実的な意見だ。

 階級が下なほど、現場に居る機会が多く、その分、危険なことが多い。

 逆に高位になればなるほど、その危険性は低くなっていく。

 ただ、100%危険性が無くなった訳ではなく、高位になほど、目立ち、標的に成り易い為、こちらもまた安全とは言い難い状況だ。

「それは親心だな。分かる」

 首肯した後、アドルフは諭すように言う。

「だが、名医の君は分かっているんだろ? 束縛すればするほど、心が離れていくことを」

「……はい」

 皐月の下には、DV加害者も治療に来る。

 彼等は、配偶者を愛しつつも、それを暴力的に表現する為に配偶者から幻滅されている。

 そんな患者を沢山診て来た手前、皐月は、心配でも煉を束縛しないのだ。

「僕も先生と同じだよ。無理に昇進させて嫌われたくないからね」

 皐月をおもんばかった後、新妻達を見た。

「「「……」」」

 3人とも結婚したばかりの夫が戦っているのを気にしている。

「心配だよな?」

「……はい」

 目尻に涙を溜め込んだチェルシーが答えた。

「……お手伝いに行きたいのですが?」

「気持ちは分かるが、お茶出しくらいしか出来んぞ?」

「分かっています。ですが、私の先祖は、WRAC王立婦人陸軍に属していました」

 WRACは、英陸軍に1949~1992年の約半世紀に渡って存在した女性部隊だ。

 イギリスに出自を持つ者の中には、親類縁者にこのような部隊に所属していた者も居る為、珍しいことではない。

「……分かった。少佐の働きぶりも知りたいから、見てきてくれ」

「!」

「但し、

・現場では、少佐の指示を遵守すること

・危険な場合は、即帰ってくること

 これが条件だ」

「……は!」

 最敬礼でチェルシーは応えた。

 エマ、フェリシアも挙手する。

「私も行きます」

「私もです」

「ああ、行って来なさい」

 3人は、防弾ベストとヘルメットを装着し、喜び勇んで出て行った。

「……確認ですが、わたくしは?」

「未来の女王を失う訳にはいかん」

「は」

 アドルフの厳しい言葉にオリビアは、項垂うなだれつつ頷くのであった。

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