第275話 狼の囀り

 ワルキューレ作戦でドイツ本国の内政干渉を退けることが出来た為、アドルフは、上機嫌だ。

「少佐、また、救ったな?」

 2022年7月21日(木曜日)。

 公務でブラウンシュヴァイクに訪れたアドルフは、上機嫌で煉達と会食していた。

「自分は、微力です。大部分は、情報部ですよ」

「そう謙遜するな。聴きようによっては、嫌味だぞ?」

 豪快に笑いつつ、アドルフはノンアルコールビールを嗜む。

 皐月同様、愛酒家だが、御典医ごてんいから制限されているのだろう。

 皐月は慣れた様子だが、BIG4やシャロン等はまだ国王には慣れていない様子で、恐縮しきりだ。

「陛下。勇者様の仰る通りですわよ。今回、後方支援をなされただけですので」

「それでも貢献度は計り知れないよ」

 アドルフは、オリビアの意見をやんわりと否定し、煉を見た。

「少佐、いい加減、もう昇進したらどうだ? 軍部が欲しがっているぞ? あ、情報部もだったな?」

「陛下―――」

「いやぁ、済まんな。が少佐では、はくがな」

「「「!」」」

 煉以外の女性陣に緊張が走った。

 後継者に関して、曖昧な態度を採っていたアドルフが、煉を「王配」と呼んだのだ。

 とどのつまり、

「……陛下?」

 オリビアは、生唾を飲み込んだ。

「おめでとう、オリビア。君が次期国家元首だ」

「「「!」」」

 はっきりと、言われ、オリビアは、固まった。

 殆ど内定していたとはいえ、人生、何があるか分からない。

 MLBでも入団が内定していた選手が、入団直前の検査で、健康上の問題が発覚すると、その契約が破談になる場合が見受けられる。

 国王(或いは女王)に即位する時も、当然、が行われ、異常が見つかれば、破談になることがある。

 オリビアの場合、健康体であるのだが、

・境界性パーソナリティー障害

・父が不明

 なことが、多くの王侯貴族から不安視されていた。

 前者は、主治医・皐月が「完全寛解かんぜんかいかい」の診断書を提出している為、反対派を納得させることが出来たが、後者は、非常に厄介だ。

 行方不明の父親がいきなり表れて王室入りの権利を主張する可能性がある。

 なので、一応、土壇場での破談の可能性も覚悟していたのだが、アドルフが公言したことで、正式な決定となった。

「……有難う御座います」

 オリビアは落涙し、頭を下げるのであった。


 その日の昼の国営放送にて。

『臨時ニュースが入ってきました。王宮からどうぞ』

『はい、こちらは、王宮です。先程から報道官の会見が始まっています。御覧下さい』

 記者会見の部屋には、報道官が壇上に立っており、詔勅しょうちょくを代弁していた。

『本日、午前8時、選考委員会の選抜者数名の中から陛下が1人、御選びになりました』

 カシャカシャ……

 と、激しくフラッシュがたかれる。

『後継者は、オリビア殿下です』

 直後、画面上部に、『次期国王、オリビア殿下に決定』との字幕スーパーが流れる。

 次期国王の発表に、国民は、大いに喜んだ。

「オリビア殿下、万歳フラー!」

 都民の多くは、王宮前の広場に集まり、万歳三唱しつつ、小旗を振る。

 オリビアの母親、シルヴィアが国母のように崇拝されている為、当然の反応だろう。

 ドイツ系以外の各民族も歓喜の声を上げる。

「「「オリビア殿下、万歳ウラー!」」」

「「「万歳ヴィヴァオリビア殿下! 万歳トランシルヴァニアヴィヴァ・トランシルヴァニア!」」」

「「「オリビア殿下、万歳ビバ!」」」

「「「オリビア殿下、万歳ヴィーヴオリビア殿下! 万歳トランシルヴァニアヴィーヴ・ラ・トランシルヴァニア!」」」

 それぞれ、ロシア系、イタリア系、スペイン系、フランス系だ。

 彼等は、各々の街で祝杯を挙げる。

 何しろ、国王の交代は市民生活に大きな影響を及ぼす。

・長期の祝日


・生活必需品の割引


高速道路アウトバーン無料化


 等が行われ、国民に還元される。

 後継者と共に即位式の日時も発表された。

 8月1日である。

 恐らく、この日から約1か月は、内需拡大で国内経済は、活気づくだろう。

 丁度、夏休みの期間にも重なる為、海外からの観光客にも時機タイミングとしては良い。

 盛り上がるトランシルヴァニア王国とは対照的に、ドイツ本国では、与党の支持率は急降下。

 2021年末に成立した新政権は、1年も経たない内に死にレームダックが現実味を帯びていた。

「……」

 各紙が書き連ねる『死に体』という文字に、BfV連邦憲法擁護庁の副長官、ヘルマンは唇を噛んでいた。

 頼みの綱としていたディートリッヒが行方不明。

 第四帝国建国の為に必要不可欠な人材であったブルンナーとは、連絡が取れなくなった。

 政治情報部からの非公式な回答によれば、イスラム過激派の郵便爆弾に遭い、死亡したという。

 何を隠そう、このヘルマンこそが、NSU国家社会主義地下組織共鳴者シンパサイザーであり、支援者であった。

 金髪碧眼の彼は、幼い頃より『我が闘争』を愛読していた生粋のネオナチである。

(……こうなったら、俺がスコルツェニーになるしかないか?)


《欧州で最も危険な男》と呼ばれたオットー・スコルツェニー(1908~1975)は、1943年9月12日、グラン・サッソ(標高2914m)の稜線上に存在するホテル『カンポ・インペラトーレ』で幽閉されていたムッソリーニの救出に成功させた。

 所謂、『柏作戦ウンターネーメン・アイヒェ』である。

 ホテルの立地上、極めて成功が困難であったが、スコルツェニーは、戦闘を起こすことなく、無傷でムッソリーニを救い出し、9月8日に降伏し、連合軍に寝返っていたイタリア王国側を出し抜いた。

 この戦功からスコルツェニーは、SSの大尉から少佐に昇進し、更には、騎士鉄十字章を受章した。


「……」

 トランシルヴァニア王国に居る内通者からの報告書に目を通す。

 それによれば、ディートリッヒは王族としての地位を剥奪され、王宮の地下に幽閉されれいる、という。

(……王子は、総統フューラーの子孫だ。子孫は1人だけで良い)

 煉が流した誤報をヘルマンは信じ、ディートリッヒを追い落とした本物の子孫に殺意を向ける。

(……民族の裏切者め)

 そして、新聞に掲載されていたアドルフの顔写真にナイフを突き立てるのであった。


 アドルフとの会食を終えた煉は、再び散歩に出ていた。

 司、オリビア、シャロン、皐月の4人はアドルフに御茶会に誘われた為、4人以外のメンバーが散歩に参加している。

 海岸線を歩く。

「おいちゃん、うみ!」

「そうだな。泳ぎたい?」

「うん!」

 煉の手を引いて、浜辺に行く。

 砂浜は非常に熱く、素足だと熱傷深度I度くらいの被害は受けそうだ。

 水着を用意していない為、泳ぐことはしないが、それでも浅瀬で遊ぶ。

「あは!」

 冷たい海に足をつけて、レベッカは、笑顔を見せる。

 シャルロットも恐る恐る入る。

「あ、丁度良い感じ?」

『本当。温水プールみたい』

 ナタリーの例えに、エレーナは、同意した。

「そうだねぇ」

 シーラ、スヴェン、ウルスラ、BIG4の7人は、その海の綺麗さに見惚れていた。

「「「「「「「……」」」」」」」

 文字通り、言葉が出ない。

 モルディブ、パラオ等を彷彿とさせるような透明度は、まさに圧巻だ。

 空の青さがそのまま反映しているのは、煉も感心しきりである。

(流石、共産貴族ノーメンクラトゥーラが避暑地に指定しただけあるな)

 余りにも綺麗な海に、冷戦期、東側陣営の独裁者達は、心を掴まれ、夏の間は、ここを避暑地にすることがあった。

 ソ連の最高指導者もここを愛し、この近くに菜園付き別荘ダーチャを建設させ、入り浸る者も居た、とされる。

 1989年、ソ連軍が撤兵する際、負け惜しみでここを焦土化することがソ連軍から提案されたが、政治将校が拒否し、逆にその提案者である軍人を殺害した逸話も残されている。

 それほどこの地は、ロシア人にとって憩いの場所である為、必然的に外国人観光客では、ロシア人が1番多い。

 シャルロットが敷いたレジャーシートに煉は座る。

「「失礼します」」

 左右には、当然のようにシャルロットとキーガンが腰を下ろした。

「あれ、遊ばないの?」

「旦那様抜きに遊ぶのは、私は出来ませんよ」

「シャルロット様と同意見です」

 スヴェン、ウルスラ、チェルシー、エマ、フェリシアの5人が、気にする素振りを見せるが、煉は、手を振って「気にするな」とアピール。

 5人は、首肯し、それぞれ水遊びを楽しみ始めた。

「旦那様、遂に王配ですね?」

「そうなるな」

「? 余り嬉しくなさそうですね?」

「主役はオリビアだからな。俺は脇役だよ」

 王配になったとて、煉は、変わることはない。

 平民から貴族になった時さえ、増長しなかったのだから、それは当然の話だろう。

「少佐、お気を付け下さい。その分、狙われる可能性がありますので」

「分かってるよ」

 女王は警備が固いが、王配は、彼女と比べると、薄い場合がある。

 王室に打撃を与える場合には、王配を1番の標的にし得るテロ組織も当然居るだろう。

「警備は、キーガンに一任しているからな」

「え?」

「俺は攻撃専門だから」

 笑って、煉は2人の肩を抱き寄せる。

「あ、そうだ。2人にお願いがあるんだった。シャルロット、今晩、フランス料理、作れる?」

「フルコースですか?」

「いや、単品で良いよ。そこまでは求めてないから」

「それなら出来ます」

「じゃあ、頼む」

 シャルロットの頬にキスをすると、彼女は微笑んだ。

「はい♡」

「キーガン、アイルランド料理を頼みたい」

「分かりました―――あ♡」

 当然のようにキスされ、キーガンは、真っ赤になって俯く。

 照り付く太陽の下、2人の顔は日焼けするかの如く、朱色に染め上げていくのであった。


 煉がブラウンシュヴァイク公になって以降、日本との関係が強まったことから、ブラウンシュヴァイクには、沢山の日系企業が入ってきて開発が進んでいる。

 煉達が楽しむ海岸線や海にも大手の企業が入り、開発を行っている。

 昨今、環境保護の観点から、このような事業は環境主義過激派エコテロリストから目の敵に遭い、妨害される可能性がある為、慎重に進めなければならない。

 中には、石油株式会社もあり、石油プラットフォームの作業員は気付いていた。

「おいおい、何だ? あの美女の集団は?」

「あー、見るな見るな。王族様だよ」

「王族?」

「近くのホテルに王族の方々が御滞在中らしい。その関係者だろう。OIM最高責任者が言ってたよ。『ブラウンシュヴァイク公が居るが、異常なほど、嫉妬深いから、目玉を刳り貫かれたくなければ女性を凝視するな』って」

「マジか」

 大手企業だけあって、煉の人となりは、情報共有されていた。

 君臨すれども統治せず、を掲げる領主の為、事業には、不干渉の筈だが、国王の代理人でもある為、問題を起こせば、国王の名の下に事業を停止命令を下すことが出来る。

 ブラウンシュヴァイクで最も怒らせてはいけない人物だ。

 企業側が必要以上に気を遣うのは、当然のことだろう。

「おい、喋る余裕があるなら、仕事に集中しろ」

「あ、はい」

「済みません」

 上司にどやされ、作業員は仕事に戻るのであった。

 

[参考文献・出典]

 *1:ZEIT Online 2013年3月24日

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