第271話 88作戦

 煉達が夏季休暇の計画を練っている頃、ディートリッヒの下には、ワルキューレ作戦の情報提供がされてた。

『殿下、88アハトウントアハツィヒ作戦は、御止めになった方が宜しいのでは?』

「……」

 電話相手は、ブルンナー。

 王族と元ナチスの大物は、知り合いであった。

 それというのも、ヨルダンで柔道の国際大会があった際、出場したディートリッヒの下にシリアの情報機関の一つ、政治情報部イダラート・アル=アムン・アル=アンムを通して、ブルンナーから接触コンタクトがあったのだ。

 当時、シリアは内戦が激化していていた頃で、当然外国人の入国は制限され、ブルンナーの支援者も入国することは出来なかった。

 同胞に会えない寂しさから、態々わざわざ、子飼いの情報機関を使ったのだが波長が合ったのか、2人は意気投合し、今では、オンライン飲み会をするほどの仲であった。

「……大尉、それは、政治情報部の調べですか?」

『そうです。後は、BfV連邦憲法擁護庁からも』

「……」

 ただでさえ、オデッサの本部がモサドに壊滅されたのだ。

 形勢が不利な上にワルキューレ作戦が発動されれば、溜まったものではない。

 ドイツ政府と念入りに計画した第二次合邦アンシュルツ作戦―――『88作戦』が廃案になってしかねない。

「……大尉、どうにかなりませんかね?」

『こっちは見ての通り、内戦でそっちに人員を割く余裕は無い……殿下御一人で行動するしかないでしょう』

「……つまり?」

『政敵の暗殺です。その女狐と日本人です』

「!」

『2人の暗殺が成功した後、殿下が王位に就くのです』

「……分かった」

 2人に殺意は無いのだが、王位を前にすると、邪魔であるのは、否定出来ない。

 然も、2人とも、根っからの現国王支持派だ。

 現国王、アドルフは影響力がある2人が居なくなれば、その力も削がれ、弱体化する筈だ。

 王位になるには、危険な芽は早めに摘んでおく必要があるだろう。

「……何をすれば良い?」

『簡単なことです』

 ブルンナーは、暗殺の手段を伝授するのであった。


『少佐』

「ああ、成功だな」

 遠く離れた大使館の個室にて、ナタリーと煉は、ほくそ笑む。

 スヴェンとウルスラは、ハイタッチしていた。

 4人は、フーバー時代のFBIのように、盗聴していた。

 王族の部屋に盗聴器を設置するのは、当然、不敬罪であるが、売国奴である以上、これは、緊急避難である。

「ナタリー、今のは、無編集でばら撒け」

『は』

「ウルスラ、の用意をしろ」

「は。大尉の方にも送りますか?」

「そうだな。そうしてくれ」

 明確に敵視された以上、対抗しなければ意味が無い。

 目には目を歯には歯を。

 煉は、平和主義者だが、ドMではない。

 録音データは、本国以外に米以独の3か国にも送る為に複製される。

 贈り物に関しては、幸い実家の北大路家が医師の家系、ということで危険な薬品が揃っている。

 又、家を利用せずとも外交官パワーでは、どんな薬品も入手は可能だ。

 東京都には、平成30(2018)年10月1日時点で2万4748(休止、又は1年以上休診中の施設を除く。*1)もの医療施設がある。

 当然、その中には、悪質な施設も存在し、患者が望む薬品をそのまま処方する医者も居るほどだ。

 過去、

 昭和55(1980)年、富士見産婦人科病院事件(*2)→乱診治療

 昭和57(1982)年、宇都宮病院事件(*3)→患者に対する非人道的行為

 ……

 等が報道されているように、悪質な病院、医師は残念ながら存在する。

 煉は裏社会を通じて、このような医者を紹介してもらい、危険な合法薬物を大量に入手出来る立場にあった。

「送り物の種類は、何にしましょうか?」

哲学博士ドクター・オブ・フィロソフィーが有難い事に前例を教えてくれたからな。それにあやかろう」

 口角を耳元まで釣り上げて、煉はわらうのであった。


 トランシルヴァニア王国から送られた物は、航空便で届くも、煉は開封せず、警視庁に通報する。

「少佐、何故、これが郵便爆弾だと判った?」

「薬品臭がしたからな」

 開封された書籍には、中身が刳り貫かれ、酸が発射されるような細工が施されていた。

 1996年、アイスランドの世界的な女性歌手に対して送られた郵便爆弾と同じ類の物だ(*4)。

 この時の送り主は、アメリカ人のストーカーで、彼は女性歌手に対し、異常な好意を寄せていたが、彼女が婚約発表後、殺意を抱き、このような郵便爆弾を作った後、自殺した(*4)。

 郵便爆弾を作り、自殺するまでの流れは、ビデオで記録されている(*4)。

 幸い、歌手に届く前にロンドン警視庁スコットランドヤードが回収し、女性歌手に酸が降りかかる事は無かった(*4)。

 郵便爆弾の特徴としては、


『・送り主が不明or虚偽の住所や名前が表示。

 ・過剰な金額や枚数の切手が添付。

 ・極端に重量が重いor軽い。

 ・薬品臭や刺激臭。

 ・叩くと金属音がする(安易に叩くべきでない)。

 ・膨らみが感じられる』(*5)


 が挙げられ、受け取った場合、


『・その場に放置した上で直ちに通報し、決して自分で解体や開封を試みないこと

 ・直ちに現場から避難を行う必要。

 ・携帯電話や無線機は、十分な距離をとって使用すること。

 →電波が起爆装置の誤作動を引き起こす恐れがある為。

・水につけないこと

 →短絡ショートして爆発する恐れがある為』(*5)


 が対策として挙げられている。

「……」

 刑事の郷田は、興味津々に中身を見ている。

「……恨みを買うことは?」

「さぁ? 自覚が無いので」

「……被害届は?」

「出しますよ」

「……」

 外国からの郵便物の為、警視庁だけの捜査では難しい。

 又、煉は、外交官であり、公爵だ。

 事と次第によっては、国際問題になり得る。

 尤も、この事件で既に大きな問題ではあるが。

「……被害者の癖に随分と楽観的だな?」

 薬品臭がした時点ですぐに通報していることから、郵便爆弾に手慣れていることが分かる。

「外交官は、テロリストに狙われ易いですからね。慣れていますよ」

「……復讐するのか?」

「我が国は、司法国家です。司法に基づいて対処していきます」

「……でも、被害届は出すんだろう?」

「事件ですからね。御報告した方が宜しいかと」

 大使館内の事件は通常、その国の法律が適用される。

 然し、今回、煉が開封したのは、北大路家だ。

 大使館ではなく、日本の主権範囲内である。

 警察への通報は、理に適ったものであった。

「……何故、揉み消さない?」

「先程、申し上げた通り、貴国の主権ですからね。御報告した方が、両国の信頼関係に影響するかと」

「……」

 首を傾げつつ、郷田は、煉が書いた被害届を受け取るのであった。


 夜。

 煉は、ライカ、シャルロット、BIG4と同衾していた。

 正室が1人も居ないのは、司やオリビア、シャロンが今回、愛人や側室に気を遣った形だ。

 彼女達も別に側室と仲を悪くしたい訳ではない。

 適度に側室に配慮し、ガス抜きをしているのだ。

 無論、これは、正妻の度量を見せているのもあるのだが。

 右脇にキーガン、チェルシー。

 左脇にフェリシア、エマを侍らせ、残りの2人は、胸部に寝そべっている。

 愛人であるシャルロットが側室よりも良い位置に居るのは、煉がそれほど、彼女を重要視している事の証明であった。

 待遇に差をつけない、としながらも、こういう矛盾があるのが、煉の人間らしい所であろう。

 ライカが問う。

「少佐、何故、通報を?」

「そりゃあ、こっちの正当性をアピールする為だよ」

「?」

「隠すと、露見した時、オリビアのマイナスイメージに繋がる可能性がある。そこは包み隠さず、公開して、こっち側が被害者であり、世論を味方につけることだ」

「……国民の同情を買えば、権力基盤は盤石?」

「ああ。オリビアは、血筋は良いが、権力には慣れていない。国政は首相に委任し、あくまでも象徴シンボルに徹するんだよ」

「……はぁ」

 煉の言い分にライカは、首肯で同意を示す。

 ライカの頭を撫でつつ、煉は、シャルロットの頬にキスし、BIG4を見た。

「済まんな。最近、忙しくて」

「いえいえ♡」

 チェルシーが笑顔で答え、肩に顎を乗せた。

 最近は、仕事でBIG4は野放しのような状態であったが、それでも煉は4人を忘れた訳ではなく、短時間ではあるが、個別に私室に呼んで新婚生活を育んでいる。

「……もう少しで夏休みだから、それまで辛抱してくれ」

「夏休みはどれくらいあるんですか?」

 今度は、エマが尋ねた。

「21日から1か月くらいかな?」

「長いですね?」

「学生だからな」

 これだけ、長期間、休めるのは煉が、オリビアの用心棒なので、彼女が長期休暇になれば、自分も同じくらいになる。

「では、その時に実家に来てくれますか?」

「そのつもりだよ」

 エマに笑顔を見せると、彼女は、安心したように肩に顎を乗せて、目を閉じた。

「……♡」

 誘いに乗じた煉は、そのまま唇に口付け。

「♡」

 満足したエマは、目を閉じた。

 キスが睡眠導入剤の役割を果たしたようで、そのまま寝入ってしまう。

「zzz……」

 スゥスゥと可愛い寝息を立て始めた。

「……少佐―――公爵様♡」

 フェリシアもキスを強請る。

「いつも通り、『少佐』で良いよ?」

「でも、他の方と被る為、独自色を出した方が良いかと……御嫌おいやでしたら撤回しますが?」

「分かったよ」

「公爵様♡」

 冷静な意見から一転、フェリシアはとことん甘える。

 多汗症の方は、皐月が治療している為、気にするほどのことではない。

 キスをすると、フェリシアは、笑顔で目を閉じた。

 ふと見ると、チェルシー、キーガン、ライカ、シャルロットの4人も期待した眼差しを向ける。

「……分かってるよ」

 苦笑いしつつ、煉は、4人にも行う。

 中でも古株であるライカとシャルロットは、特別で、2人に関しては、何度も行う。

 5回ほどした後、漸く、煉は、を作った。

「ライカ、働き過ぎだから、時々、休憩とれよ」

「そう見えます?」

くまが酷いからな」

「……分かりました」

 無自覚なのだが、煉の思いは嬉しい。

 ライカは、素直に頷き、今度は自分からキスをし、眠りにつく。

「旦那様♡」

 皆が寝静まった所で、2人は、堂々と逢瀬を愉しむのであった。


[参考文献・出典]

 *1:東京都保健福祉局

 *2:朝日新聞 1980年9月12日

 *3:『東大病院精神科の30年 - 宇都宮病院事件・精神衛生法改正・処遇困難者専

    門病棟問題』 富田三樹生 青弓社〈クリティーク叢書 18〉 2000年

 *4:abcnews.go.com  1996年12月11日

 *5:ウィキペディア

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