第255話 不自然な愛

 王室を利用されたオリビアは、逆にイギリス系貴族に恩を着せる事で、王室への更なる忠誠心を求めた。

 縁談とは名ばかりで、実際には、オリビアの権力拡大に利用された事を知ったクロフォードは、頭を掻いた。

(夫を利用する毒婦か……)

 言わないのは、不敬罪対策の為だ。

 壁に耳あり障子に目あり、という日本の諺がある様に、どんな内内の失言でも、必ず耳聡みみざとい記者の耳に入り、醜聞スキャンダルになるのが落ちだ。

「殿下の御指示は?」

 ショーンは、肩をすくめて言う。

「『旧世代と新世代の解決に尽力せよ』と」

「だろうな」

 縁談の話を認めた時点で、オリビアの脳内では、


 1、BIG4に恩義を与えつつ、夫を売る

 2、イギリス系を派閥に加え、解決にさせ、自分達は被害無し


 という絵図えずを考えているのだろう。

「解決出来ますかね?」

「強権を発動するしかないな。新世代の言う通り、旧世代は、冷戦期、何も出来なかったのは、事実だ。革命を機に引退すれば良かったんだが」

「……」

 クロフォード家も旧世代に属するのだが、それでもクロフォードは、冷静に見ていた。

「あの革命後に新世代に譲り渡しておけば、そもそもこんな事にはならなかったよ」

「……では、今後は?」

「我が国は、軍事大国だ。仮想敵国が近くに居る上、些細な事で対立するのは、漁夫の利されるものだ。旧世代には、今後、軍で貢献してもらわなければ割に合わない筈だ」

「……」

 そもそも旧世代(旧貴族)の多くは、冷戦期、逃げ腰だった為、多くの国民からは、余り印象が良くない。

 旧世代の中には、レジスタンス運動を展開し、彼等は、新世代(新貴族)の革命を評価しており、どちらかというと新世代寄りだ。

 旧世代の一部と新世代が結託すれば、旧世代の保守派は、数的に負ける。

「少佐を利用するつもりが、殿下に土壇場で利用されたな。全く、自由の女神マリアンヌの顔をした恐怖エニューオーだな」

 シルビアは、まさに自由の女神マリアンヌを具現化した様な女性であったが、オリビアは、どうもあくどい面もある様だ。

ねた

つら

そね

・嫌味

ひが

・やっかみ

・恨み

 所謂、『人生の七味唐辛子』が王侯貴族の社会だ。

 冷戦期は敵が共産主義と分かり切っていた為、王侯貴族同士、結託出来ていたが、共通の敵を失えば後は、内輪もめは当然の事である。

 日中戦争時の共産党と国民党。

 第二次世界大戦時の米蘇。

 直近では、カダフィ大佐死亡後のリビアが良い例だ。

「民族対立に巻き込まれぬよう、我々は王室のかさの下、 生き延びなければならぬ」

「は」

 クロフォードの下、イギリス系貴族の方針は、確定するのであった。


 BIG4の嫁入りは、イギリス系貴族に概ね好意的に解釈された。

 唯一の家を除いて。

「F○CK!」

 口汚く罵ると、老人は、椅子を蹴飛ばした。

 ブルドックの様な顔をした彼の名前は、ケネディ。

 名前から分かる通り、アイルランド系の貴族だ。

 その厳しいかんばせの通り、醜聞スキャンダルの多い人物で、貴族でありながら、アイルランド人犯罪組織アイリッシュ・マフィアと関係を持ち、非合法な事業に関わり、イギリス系貴族は勿論の事、王侯貴族全体から距離を置かれている存在である。

 そんな男が何故、貴族なのか、というと、1989年の革命の際に革命軍に多額の資金援助を行ったからだ。

 ケネディが、資金援助に至ったのは、

・出自がアイルランドの王族である事

・北海油田を手に入れれば、イギリスに圧力をかけ、北アイルランドの返還が期待出来る事

 であった。

 勝利を目指す亡命政府は、マフィアと繋がりのある人物でも手を結び、その金の出処でどころを黙認し、勝利に利用した。

 その結果、戦後、ケネディは、貴族に成り得た訳である。

 もっとも、必要悪は勝利後、切られるのが世の常だ。

 ユダヤ系ロシア人の大物マフィア、マイヤー・ランスキーも第二次世界大戦直後、イスラエル建国の為にユダヤ人地下組織に武器を提供したが、建国後、新政府は彼の市民権をアメリカの圧力もあるが、認めなかった(*1)。

 トランシルヴァニア王国新政府もその例に漏れず、民主化後は、ケネディを冷遇し始めた。

 諸外国では、


RICOリコ法(米 1970年)

・暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(=暴対法 日本 1991年)


 と、犯罪組織との関係を断つ潮流が出来ていた為、国家が犯罪組織と交際するのは、当然、危険を伴う。

 最悪、テロ支援国家に指定され、経済制裁を食らう可能性がある。

 その辺の事情はケネディも理解していたのだが、そんな彼が次に傾倒したのは、北アイルランド問題だ。

 ジャガイモ飢饉等で根っからの反英主義者となっていたケネディは、イギリスの内務省ホーム・オフィスがテロ組織認定する組織を支援し、イギリスから危険人物の認定を受ける程、危険視される様になっていた。

「……」

 アルスター王党派ロイヤリズム(アルスター忠誠派とも)の準軍事組織から受けた爆弾テロの後遺症である、両足を擦る。

 自動車爆弾で両足を吹き飛ばされただが、生き長らえているのは、奇跡と言えるだろう。

 義足の感触を感じつつ、ケネディは、記念パーティーの招待状を見た。

 貴族は祝い事等があると、パーティーを行う習慣がある。

 今回のは、婚約成立を記念して。

 今後は結婚式、妊娠、出産となるだろう。

 当然、花嫁の感じる圧力プレッシャーは半端無いが、長年続く貴族の伝統行事の為、花嫁の事情だけでは、中々、廃止し辛い。

 左派系の人権団体も廃止に向けて訴えているが、パーティーは、沢山の高級食材や飲み物が机に並ぶ為、廃止した場合、経済的悪影響力も大きい。

 人権が考慮されても、経済が悪化すれば、その責任は誰が取るのか。

 その様な裏事情もある為、廃止は、現状、難しいのである。

(……1812年ロシア戦役、スターリングラードの様に形勢逆転するには……)

 招待状を手に、ケネディは狡猾な笑みを浮かべるのであった。


 混浴後、煉はBIG4と同衾どうきんしていた。

 煉が誘った訳ではない。

 全てオリビアの指示である。

 フェリシアとのみ寝たら、3人から不満が出る。

 それを解消するには、当然、まとめて同衾するしか無いのだ。

 好色家の男には、複数の女性と同時に寝るのは、夢の様な話であろう。

 然し、煉は妻帯者である。

 オリビア以外にも皐月、シャロン等の妻が居る。

 彼女達に不義理を働いている様で、非常に辛い話ではあるが、これで平和が保たれるならば、安い話だろう。

 フェリシアのみ2回目であるが、1回目の時より日が浅い為、不慣れなので、結局、3人同様、苦しんだ事は言うまでもない。

「お疲れ様です」

 4人が倒れた惨状を見て、笑顔のシャルロットがペットボトルを差し出す。

「何がそんなに嬉しいんだ?」

「旦那様の体力スタミナについていけていない小娘は、肴に丁度良いですから♡」

 何とも辛辣な御言葉である。

 嫉妬と嬉しさが隠しきれていない様子の愛人に、煉は苦笑いだ。

「性格、悪いな?」

「旦那様には、良いかと」

「全く」

 呆れつつも、煉は、息も絶え絶えな4人が冷えない様に、毛布をかける。

 涼しむよう、扇風機と冷房も忘れない。

 シャルロットがソファに座る。

 煉は、その横に腰を下ろした。

「旦那様は、チトーですわね?」

「そうか?」

「はい♡」

 誉めるのは嬉しいが、少佐と元帥を比べるのは、流石に無理がある話だ。

「英雄程ではないよ」

「シャルロットの膝に寝転がる。

「耳掻きですか?」

「うん。お願い」

 愛妻が居るにも関わらず、愛人を優先するのは、倫理的に問題ある話であるが、煉は、司を第一に考えている事は、終生、変わらない。に 側室も婚約者も愛人もそこは、理解している話だ。

 竹製の耳搔きを手に取ると、シャルロットは、

「……」

 集中した様子で始める。

 耳掻きは、簡単に見えて、実は結構危ない行為だ。

 必要以上に行えば、外耳道がいじどうが炎症を起こしかねない。

 最悪、鼓膜が傷付く可能性も考えられる。

 医療機関では、一月ひとつきに一度、2~3分程度、見える範囲に留め、綿棒で行う事を推奨している(*2)。

 医療従事者を養母(本人に「養母」と言うと怒るが)が居る為、煉もその危険性は重々分かっているだが、如何せん、快楽には敵わない。

 耳搔き専門店が乱立する訳である。

 もっとも、この手の店の職員スタッフは、医療機関等の専門機関ではない為、医療従事者と同等の成果は、期待し辛く、又、健康保険も適用外なので、その部分は、理解しなければならないだろう。

 膝枕で耳掻き、というのは、まさにそんな店の様な光景だ。

(……あ)

 いつの間にか、煉が寝息を立てている事にシャルロットは、気付いた。

 刺客ならばこの手を逃さない絶好の好機である。

 然し、シャルロットは、言わずもがな愛人だ。

「……」

 耳掻きを一旦、中断し、その頬にキスする。

 先程まで婚約者を愛していた分、嫉妬からの行動だ。

「お疲れ。旦那様♡」

 その想いが通じているのか、いないのか。

 煉は、ぐっすりと眠り続けるのであった。


 令和4(2022)年6月13日(月曜日)。

 学生達は、学校がある為、留守だ。

「……おいちゃん、学校は?」

「公休だよ」

 レベッカの頭を撫でつつ、煉は答えた。

・司

・オリビア

・ライカ

・スヴェン

・ナタリー

・シーラ

 は、登校したのだが、BIG4の住まいが確定していない為、流石に彼女達を放置しておく訳にはいかないのである。

「少佐、お手伝いします」

「良いって寛いでとけ」

「ですが―――」

「命令だ」

「……は」

 言論封殺されたキーガンは、何も言う事は出来ない。

 現在は、フェリシアの部屋。

 武家屋敷の空き部屋を彼女の私室に変えていく。

 ネット通販サイトから届いた家具と調度品の詰まった段ボールを煉は、運び込んでいく。

 既に、チェルシー、エマのは終わった。

 キーガンの荷物は、女の園である親衛隊の宿舎である為、煉も入り難く、彼女自身が行った。

「ふぅ、こんな物か」

 玄関で業者から引き取り、1人で大小合わせて100個もの段ボール箱を運び終えた煉は、腰を伸ばす。

「業者は信用出来ないんですか?」

 フェリシアが、紅茶を淹れた。

 貴族らしく、その動きは、代々、受け継がれている様で、洗練されている。

「情報漏洩や刺客の可能性があるからな」

 業者であっても、信じない。

 煉の偏執病パラノイア的性格が滲み出ている。

 良い意味では、玄人プロフェッショナルであるが。

「念には念を入れよ、だからな」

「……疲れませんか? 信じないのは」

「性悪説支持者だから。基本的には、信じないよ」

 前世では、沢山、悪魔になった人間を見てきた。

・非戦闘員に見せかけて騙し討ちする者

・非戦闘員を平気で暴行、或いは殺傷する者

・遺体に対して筆舌に尽くしがたい行為をする者

宣伝プロパガンダの為に非戦闘員を惨たらしく殺害し、それを敵対勢力の犯行に見せかける者

 ……

 この様な地獄を間近で見ている以上、「法律」「人権」「我慢」は、理想論である事を、煉は身に染みて感じている。

 相手が業者であっても簡単に信じないのは、仕方の無い事だろう。

 煉の重い言葉に、フェリシアは、沈黙のまま、

「……」

 抱擁した。

 そして、無言で頭を撫でる。

「……何?」

「嫌?」

「嫌じゃないけど」

「じゃあ、させて」

 フェリシアは、泣きじゃくる幼子を落ち着かせる母親の様に、何度も何度も撫でるのであった。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

 *2:かみむら耳鼻咽喉科 HP

 

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