第244話 蠢く獅子、嗤う一角獣、舌なめずりの赤い竜、焦る田鳧(タゲリ)
・高校生
・外交官(正確には、駐在武官)
・陸上自衛隊臨時教官
と三つの肩書を持つ煉は日々、忙しい。
それでも、家族サービスを忘れた事は無い。
「パパ、久々に南部料理、作ってみたの? 食べて食べて♡」
「少佐、紅茶です。ロシアンティーとして御飲み下さい♡」
「旦那様、マカロンです。どうぞ♡」
シャロン、エレーナ、シャルロットに囲まれつつ、
まるで優雅な貴族の様だが、実際にトランシルヴァニア王国では貴族の為、その例えは無意味である。
「俺に気を遣わず、皆も楽しみ」
「は~い♡」
「は♡」
「有難う御座います♡」
3人は、それぞれ座った。
エレーナは右側、シャロンは左側、シャルロットは向かい側だ。
因みにシーラ、ナタリー、レベッカは当然の様に、煉の膝の上に座っている。
「♡」
シーラは、無遠慮にマカロンを爆食い。
恐らく、近日中に口内炎が出来るだろう。
『……』
ナタリーは、優雅にジャムを舐めっつ、紅茶を楽しんでいる。
静かな2人とは対照的にレベッカは、フライドチキンに夢中だ。
「にゃははははは♡」
上機嫌にむしゃぶりついている。
「おいおい、脂ついてるぞ?」
飲食を一旦、止め、煉は、手巾でその汚れた頬を拭う。
「おいちゃん、有難う!」
お詫びに、とレベッカは煉の頬にキス。
汚れを移されても煉は、全く気にした様子は無い。
我が子の様な接し方だ。
「旦那様、それは私が―――」
「いいってすぐ終わるし」
シャルロットの提案を下げると、煉は綺麗になった事を確認する。
「……うん、よし」
「びじん?」
「美人だよ。でも、もう少し綺麗に食べような?」
「おしとやかに?」
「ああ」
「……分かった」
煉の助言を遵守するかの様にレベッカは、先程までのが嘘の様に、静かに食べ始める。
「パパ……レベッカ殿下の側室入りは、既定路線?」
「そうなるな」
レベッカの頭を撫でつつ、煉は、考える。
(本当は、この娘とも、もう少し過ごした方が筋なんだけどな)
レベッカ、エレーナ、シーラを同時にバックハグ。
そして、エレーナの頭に顎を乗せる。
『何、食い難いんだけど』
「御三家の話、聞いた?」
『ええ』
「どんな人達なんだ?」
『楊貴妃、クレオパトラ、小野小町の融合体らしいわよ』
「……分かった」
余り参考にはならならかっらが、兎に角美人揃いらしい。
「少佐」
ライカが黒電話を持ってくる。
「クロフォード大公からです」
「分かった」
会いたかった人物からの電話だ。
居留守を使う訳にはいかない。
受話器を受け取る。
『少佐、初めまして。クロフォードだ』
「北大路煉です。この度、
『もうじき御三家が来る。全員、君と仲良くなりたいそうな』
「有難う御座います」
不満はあるが、相手が格上の為、煉がその悪感情を表に出す事は無い。
『ふぉふぉふぉふぉ。その内の1人は、君との知り合いだ』
「……はい?」
聞き返す事自体、失礼なのだが、それでも煉は聞き返さずにはいられなかった。
「……失礼ですが、一体何の話ですか?」
『君の前世の実家と、ある家が親密な間柄でね。代々、婚約を取り交わしていたそうだ』
「……初耳ですね」
煉の神妙な雰囲気に、シャロンが聞き耳を立てる。
『15世紀から18世紀での事だからな。君の実家がアメリカに渡った後に廃れた』
「……3世紀ぶりに復活、という事ですか?」
『君がイギリス系だから、復活した様だよ』
「
『だが、君は我が国の外交官だ。前世を出しても向こうは、「問題無い」と言っている』
「……」
300年前の話を今更持ち出すのは、無茶苦茶だ。
「……大公、御言葉ですが、自分はもう現状で手一杯ですが?」
『まぁ、そう言うな。君の御蔭で流血が避けられる事態になるかもしれないんだぞ? 愛国者ならば汗を掻け』
「……は」
クロフォードの強い言葉に、煉は苦虫を嚙み潰した様な顔になるのであった。
要人警護は、専門家という訳ではないが、オリビアの警護をしている為、結局の所、相手が個人から複数に変わっただけに過ぎない。
「という訳で。近日中に本土から3人の要人は来日する事になった。
対象者は、
・チェルシー
・エマ
・フェリシア
3人共、本土の貴族だ。
分かっていると思うが、粗相は無い様に」
震度7級の地震や核爆発にも耐え得り、盗聴対策もばっちりの部屋である。
メンバーは、
・スヴェン
・ライカ
・ウルスラ
・キーガン
・エレーナ
の5人。
この他、情報将校として、ナタリーも参加している。
シーラ、シャロン、シャルロットも居るには居るが、発言権は無い。
参加者は煉同様、全員、軍服である。
室内に居ないのはオリビア、レベッカの義姉妹と皐月、司の母娘のみだ。
「3人は、日本の大学の体験入学の来日だ」
スヴェンが、挙手した。
「師匠、体験入学は、夏休みが最適では?」
今は、6月。
土日に開催されている大学、或いは専門学校もあるだろうが、体感的に多いと思われるが、7~8月頃だ。
時期がずれている、と言えるだろう。
「そうらしいが、早い来日は、高校への留学もあるらしい」
「留学? 明神学院にですか?」
「ああ。帰国時期は、未定。要は、本人次第だ」
「……つまり、移住する事も考えられる?」
次に尋ねたのは、ウルスラであった。
「多分な。身分が身分なだけにその時は、ここが住所になるだろうが」
「「「「「……」」」」」
『……』
「玄人なら感情を出すな。それに今回の依頼人は、クロフォード大公。場合によっては、陛下の耳にも入る可能性がある。分かっているとは思うが、不敬の無い様に」
「「「「「……」」」」」
『……』
「返事は?」
「「「「「! ……は!」」」」」
『!……は!』
6人が首肯後、煉は、続ける。
「1人目、チェルシー嬢は、イングランド系の名門貴族だ。
マシュマロの様な白い肌に、黄金の髪の美女が、大画面に映し出される。
「身長185cm、元バスケの選手らしい」
「バスケ?」
エレーナが眉を
貴族の好むスポーツと言えば、
・ゴルフ
・テニス
・馬術競技
等と、ほぼ相場が決まっている。
無論、中には野球やサッカー、バスケを好む王侯貴族も居るだろうが、それは観戦であって、実際に自分で行い、プロや大会を目指すのはあまり聞かない。
「貴族の御令嬢がバスケ、ですか?」
「俺も驚いたよ。だが、本人が好きなんだと。ご実家もよく止めないものだ」
接触プレーが多いスポーツは、怪我等の観点から余り、王侯貴族には好まれ難い、と思われる。
実際、ラグビーやアメフトを行う王侯貴族は、殆ど聞いた事が無い。
あっても、皇室の様に総裁等の名誉職までであり、御自身が行うのは、諸事情から非常に難しい事であろう。
では、馬術競技も危険ではなかろうか? との指摘も当然、出てくる筈だ。
落馬事故での死亡者は古代から現代に至る今まで、古今東西、後を絶たない。
例
クトゥブッディーン・アイバク(奴隷王朝皇帝 1150~1210 *1)
アレグザンダー3世 (スコットランド王 1241~1286 *2)
この他、馬術に長けている筈の武士や軍人にも死者が出ている為、危険なスポーツと言えるだろう。
それでも五輪の競技に採用される事もあってか、
恐らくだが、バスケは歴史が浅く、最大の中心地はアメリカ。
逆に馬術競技は歴史が古く欧米が中心なので、王侯貴族からも受け入れられているのだろう。
そんな中で、王侯貴族に余り浸透していないバスケを選び、又、それを許したチェルシーとその家族は、
「バスケが趣味という事で分かる様に、非常に活発な御性格だ。将来の
チェルシーからエマの顔に切り替わる。
こちらは、黒髪ロングで切れ長の目が特徴的な美女であった。
「ウェールズ系名門貴族の御令嬢だ。この方は、チェルシー嬢と違い、スポーツは観戦派で御自身でプレーする事は殆ど無いそうだ。ただ、遺伝が原因なのかは知らんが、見ての通り、180cmあるがな」
「「「「「……」」」」」
『……』
6人は、必死にタブレットにメモしていき、その人柄を頭に叩き込んでいく。
一瞬で覚える事も出来なくはないが、『念には念を入れよ』。
間違った情報を覚えない様に念の為、この様に記録しているのだ。
「物静かな御性格な様で、余り会話は、好まないそうだ」
一応、目下の人から目上の人へ話す事は、礼儀作法として余り好ましくない。
「最後のフェリシア嬢は、クロフォード大公の曾孫だ」
美しい銀髪に、
順位を付けるとしたら、勿論、好みによって変動するだろうが、70%の審査員は、フェリシアを選ぶだろう。
それ位、3人の中では、光っている。
「「「「「……」」」」」
『……』
当然の様に6人と、
「「「……」」」
傍聴人の3人も見惚れる程だ。
フェリシアの外見は、ブランシェ・モニエ(1851~1913)並に美しい。
貴族の家系に生まれたフランス人の彼女は、25歳の時、ある男性と恋仲になる(*3)。
然し、彼が貧困であった為、母親が猛反対し、息子と共に彼女を監禁した(*3)。
監禁場所での生活は、筆舌し難いまさに地獄で、ブランシェは病み、25年後、解放された時には会話能力が無くなっている程、衰弱していた(*3)。
犯人の母親は、獄死(*3)。
もう1人の息子は、詐病で逃げおおせている(*3)。
女性陣全員が見惚れている中、煉は冷静沈着であった。
「フェリシア嬢は、将来の大公候補だ。もし、御昇進すれば、1919年のルクセンブルクのシャルロット大公以来の事になる」
国が違う為、必ずしも比較対象として成立するかは不透明だが、爵位上では同じ事だ。
1919年、シャルロット(1896~1985)がルクセンブルクの大公になったのは、前任者の姉で同じく大公であったマリー=アデライド(1894~1924)が左派系共和派の暴動に耐え切れず、退位した為である(*4)。
その後、彼女はWWII中には、ポルトガルを経由してカナダに亡命する苦難の時期がありながらも、1964年、東京五輪の年まで、ルクセンブルクの君主であり続けた(*4)。
治世は、国民から好意的に受け止められていた様で、紙幣の肖像画に採用(*4)されたり、銅像が建立(*4)されたりと、今尚、ルクセンブルク国民から敬愛され続けている。
彼女以降、女性の大公は誕生していない。
「そういう面でも歴史的な人物だ。3人の中では、最も注意を払ってもらいたい」
プレッシャーを与える訳ではないが、御三家の中では、将来、最も高位に就く可能性がある為、3人の中で、最も重要視するのは、当然の話だろう。
「ああ、言い忘れていた。チェルシーは、イギリス政府。エマは、ウェールズ地方政府、フェリシアは、スコットランド地方政府とも顔が利く為、無礼が無い様に。下手したら女王陛下のお耳を汚す事になりかねん。良いな?」
「「「「「……」」」」」
『……』
「返事は?」
「「「「「! ……は!」」」」」
『! ……は!』
6人の緊張した面持ちで
否、1人を除いて。
(……まずい)
元BIG4のキーガンは、内心で頭を抱えるのであった。
[参考文献・出典]
*1:フランシス・ロビンソン『ムガル帝国歴代誌』小名康之監修 創元社 2009
年
*2:森護 『スコットランド王室史話』 大修館書店 1988年
*3:カラパイア 2021年9月14日
*4:ウィキペディア
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