第213話 INTERWAR PERIOD

 煉からの紹介で、虎はアメリカ大使館に行き、そのまま亡命申請を行う。

 そのニュースは、世界中を駆け巡った。

 ———

『【中国の№2の子孫、アメリカに亡命へ】』

『【スターリンの娘以来の出来事】』

『【米中新冷戦に影響を及ぼすか?】』

 ———

 と。

 煉の手柄にカミラは、手放しで喜んだ。

少佐メイジャー、貴方は素晴らしい愛国者よ」

『いえいえ』

 テレビ電話の煉は、シャロンを膝に座らせ、愛でていた。

 画面越しとはいえ、大統領への態度ではないだろう。

 シャロンは困惑しつつ、カミラと目が合うと、会釈した。

「本当は、貴方の功績に免じて公表したい所だけど、国が関わることだから、公には出来ないわ」

『承知しています』

 うんうん、と上機嫌に頷きつつもカミラは、スヴェトラーナに思いを馳せる。

 

 1967年3月6日、スターリンの娘、スヴェトラーナ・アリルーエワ(1926~2011)が訪印中、アメリカ大使館で亡命申請を行った。

 彼女は政治家ではなかったが、やはりそのが、重要視され、アメリカは大歓迎であった。

 スターリンを父に持ちながら、祖国を捨てたのは、彼女と父の確執、と思われる。

 スターリンは、息子達と違いスヴェトラーナを溺愛した、とされているが、虐待の目撃証言もある。

 ―――

『①フルシチョフの証言(*1)

 クレムリンで催された宴会にてスヴェトラーナが父の要求した踊りに熱を入れなかったとして、激怒したスターリンがダンスフロアの上で泣いているスヴェトラーナの髪の毛を掴んで引きずり回す。


 ②ユダヤ人映画監督との恋と失恋(*2)

 スヴェトラーナ16歳の時に、40歳のユダヤ人映画監督と恋仲になるもスターリン激しく反対した。

 後に監督は、として有罪を宣告され、北極圏の近くに10年間追放された。

 スヴェトラーナが抗議するとスターリンは激怒し、彼女に暴力を振るった。

 追放の理由は、

・監督が娘を介して政治的に介入することをスターリンが警戒した説

・スターリンが潜在的な反ユダヤ主義者説(娘の解釈)

 とされているが、詳細は分かっていない』

 ―――

 このように度重なる暴力を受けていたら、子供は親を嫌う。

 スターリンの死後、スヴェトラーナは、ソ連に尽くすも、共産貴族ノーメンクラトゥーラとしても生活していたのだが、インド人共産党員の男性と恋仲になった際、ソ連の反対を受け、映画監督の時同様に結婚が許されなかった。

 これが契機で、スヴェトラーナは、我慢の限界を迎えたのだろう。

 インド人共産党員が病死後、ガンジス川で彼の遺骨を撒いた後、亡命を図った。

 そして、1967年4月、ニューヨークに到着後、彼女は、回顧録を発表し、その中で公然とソ連を非難する。

 ソ連のこの時の心境は、誰も分からない。

 その後、スヴェトラーナは、欧米各国を渡り歩き、1984年、帰国を果たし、市民権を得てグルジア(現・ジョージア)のトビリシに住む。

 然し、1986年、ゴルバチョフの時代にイギリスに戻った。

 グルジアは、スターリンが生まれた場所だ。

 亡命から17年後、父の故郷を移住先に選ぶのは、還暦を間近に何か思うことがあったのだろう。

 それでも2年後には移住し、最期の地としてイギリスを選んでいることを見ると、やはり共産圏が馴染めなかったのかもしれない。

 

「今後、彼はスヴェトラーナの時みたいにFBIが警護につくわ」

『分かりました』

「それともう一つ、これはよしみで教えるけども、白頭山に噴火の兆候が現れたわ。交通網が停滞する筈だから備蓄しておいてね?」

『有難う御座います』

 アメリカに忠誠を誓わない、日本人。

 事実上、世界を統べるアメリカの大統領。

 奇妙な交友である。


 テレビ会議を終えた俺は、シャロンに頬擦り。

「もう、パパ、私まで担ぎ出さないでよ」

「CIAに見せ付ける為だよ」

「私との仲を?」

「そうだよ」

「恥ずかしいんだけど?」

「良いんだよ」

 シャロンを御姫様抱っこする。

「パパ?」

「俺の対応、合ってた?」

「虎の?」

「そうだよ」

 亡命者、という訳ではないが、虎を事実上、アメリカにたらい回しにした訳だ。

 アメリカ人のシャロンには、余り気持ちの良い対応ではない筈である。

 実際、ベトナムからのボートピープルを日本は、受け入れず、アメリカに盥回しにしていた所、アメリカの怒りを買い、受け入れざるを得なかった事例がある。

 俺が気にするのも無理は無いだろう。

「少なくとも、瀋陽の日本総領事館よりかは、人道的だと思うよ」

 2002年5月8日、北朝鮮からの亡命者5人が、在瀋陽日本国総領事館に亡命を図った。

 この時、中国人民武装警察部隊が5人を捕まえる映像が、NGO非政府組織によって、撮影されており、日本でも放送された。

 この際、中国人民武装警察部隊が、総領事館の敷地内に無断で入ったにも関わらず、総領事館側が特に問題視せず、更には、中国側に友好的に接した事が、日韓のテレビ局で放送され、非難された。

 又、亡命者が強制送還される可能性もあったにも関わらず、総領事館は中国にそのまま引き渡した事も非難されている。

 その後、日中の交渉の末、亡命者達は、韓国への亡命が認められた。

 論より証拠。

 映像が無ければ、亡命者達の運命は違っていただろう。

 シャロンが怒っていない事に安心した俺は、彼女を抱き締める。

「……んで、ナタリーはどうするんだ?」

 部屋の隅で固まっていた彼女は、びくっと震えた。

『私も、対象なの?』

「恋人だからな」

 そうなのだ。

 指文字で告白されて以降、俺達は、恋人関係にある。

 婚約者や夫婦でないのは、ナタリーの希望だ。

 仲介者は、シャロンであった。

「嫌なら無理強いはせんが?」

『……添い寝なら』

「分かったよ」

 俺は笑って、シャロンをベッドに寝かせる。

 ナタリーもおずおずと、入って来た。

 俺達3人は、川の字になる。

「パパも物分かり良いね? 私の助言を聞いてくれるなんて」

 そう言って、シャロンは嬉しそうに俺の腕を枕にする。

「怒らすと怖いからな」

「そうよ。分かっているじゃない?」

 シャロンは、とかく嬉しそうだ。

 親友と夫を共有出来るのだから。

 複婚制が国民に認められた以上、後は、法整備後、正式に制度化するだけだ。

 その為、ナタリーとは、制度化後、正式に入籍、という筈になるだろう。

『……』

 ナタリーは、恐る恐る俺の腕を握る。

 男性嫌悪ミサンドリーな彼女には、考えられない行為だ。

 上目遣いで尋ねる。

『良いよ、ね?』

「良いよ」

『有難う♡』

 俺の腕を抱き締める。

 幸せそうに。

「「……」」

 その様子に俺達は、微笑むのであった。


 ナタリーと恋仲になったと同時にウルスラもまた、新妻だ。

 新月旗とムスタファ・ケマル・アタテュルク(1881~1938)の肖像画が掲げられた部屋に俺達は居た。

 俺達は、居間で座り、向かい合っている。

 ウルスラは、相当、嬉しいようで、机に両肘をつき、ウットリ状態だ。

「……トルコ一色だな?」

「トルコ人なので♡」

 本棚には、聖典コーランのみ。

 それも、

・原語版

・日本語版

・英語版

・トルコ語版

 と4種類もある。

 ドイツ語が無い所と、先程の「トルコ人」と発言した所を見るに、本人にドイツ人の意識は無いようだ。

 司同様、尽くす派らしく、俺の肩を揉む。

「少佐、MITでも大ニュースらしいですよ?」

「そうだろうな」

 なし崩し的とはいえ、夫婦だ。

「トルコでは、もう籍を入れたのか?」

「はい♡」

 そうらしいので、俺達は、トルコでは、正式な夫婦のようだ。

「向こうでは、一夫多妻、非合法だったよな?」

「そうです。1920年代に禁じられました。まぁ、イスラム化を進める政権のことですから復活させるかもしれませんが」

「それについては、賛成なのか?」

「そうですね。私は、与党の政策を支持していませんが、部分的には、賛成派です」

「……そうか」

「あ、あと、少佐に言い忘れたのですが」

「うん?」

「私、結構、嫉妬深いんで、そこん所、宜しく御願いしますね?」

 それから、壁のヤタアンを見る。

 ヤタアンは、オスマン帝国時代に使用されていた刀剣だ。

「若し、浮気した場合はあれで刺し殺しますんで」

「……分かってるよ」

 シャロンが昔、そんなアニメを観ていた。

 三角関係のもつれから、精神崩壊した彼女が、彼氏を背後から襲い、包丁でめった刺しにして殺害する、という作品だ。

 日本製アニメは好きだが、これを観た時は、流石にドン引きしたものである。

「ですから、少佐。私にも沢山の愛を御願いしますね?」

「分かってるよ」

 その時、スマートフォンが鳴る。

 出ると、

『勇者様~。何処ですか~?』

「すぐ行くよ」

 一言返し、俺は立ち上がる。

「え~。王女様の所へ行くんですか?」

「呼ばれたからな」

「折角、2人きりになれたのに」

「忙しいのを承知の上で、結婚したんだろ?」

「そうですが……」

「文句言うな。ほら」

 手を差し出すと、掻っ攫うかのように握る。

「……少佐が強くなければ刺していた所です」

「はいはい」

「もう……」

「今晩、ここで泊まるから、それで良いか?」

「! ……はい!」

 勢いよく返事し、俺の手を更に強く握る。

 昼間は外交官(駐在武官)兼学生兼外部講師。

 夜は、家族サービスに熱心な夫。

 これが、俺だ。

 正直、1mmも休まる暇が無いが、一夫多妻を選んだ宿命だ。

「子供については、計画的にな?」

「分かっています」

 アメリカに恩を売った後は、平和な日常である。

 職業柄、いつまで続くか分からないが、永続的にはしたい。

 俺は、甘えるウルスラの手を握り返しつつ、オリビアの下へと向かうのであった。


[参考文献・出典]

 *1:『フルシチョフ回顧録』 1990年

 *2:ニコライ・トルストイ『スターリン‐その謀略の内幕』

    訳・新井康三郎 読売新聞社 1984年

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