第199話 Operation Overwatch
「長官、以上であります」
『うむ』
報告書を読み終えたテレビ画面の中の
今回のアフガニスタンでの工作は、MITが最初に情報を入手し、恩を売る為にトランシルバニア王国に持ちかけ、チームに回って来たものであった。
MITが今回の黒幕、といえよう。
作戦は成功したが、MITには、まだ続きがあった。
通称『
『テルアビブの接触は?』
「現時点では、未確認です。ただ、スヴェン大尉が取り入り、愛人になっています」
『少佐は、噂に違わぬ元気だな』
スレイマンは、苦笑いだ。
『少佐が改宗するのか?』
「今の所、その傾向はありません。スヴェン大尉も御誘いしていますが、丁重に断っていました」
『あのような軍人をイスラエルに獲られるのは、あってはならないことだ』
トルコとイスラエルは、同じ親米派に属し、対立関係は少ない。
然し、近年、その関係は、ギクシャクしている。
2009年1月29日のダボス会議(開催地:スイスのダボス)の席上で、トルコの大統領がイスラエルの大統領に対し、「イスラエルは人殺し」と罵倒(*1)。
この事は帰国後、トルコの一部の国民(*1)や反以を掲げるアラブ諸国からは絶賛(*2)された。
翌年、パレスチナ難民支援の為にトルコから出発し、ガザを目指す各国の支援団体からなる船団をイスラエル国防軍の急襲を受け、トルコ人を含む多数の死傷者が出た時も、猛非難(*3)。
2014年のガザ侵攻でも、イスラエルをヒトラーになぞらえて非難し(*4)、
2015年以降は、それまでの関係が一転、同年、国交正常化に合意し(*5)、2016年には、6年振りに国交正常化(*6)し、最盛期ほど険悪な仲ではない。
急な方針転換の真相は、アメリカだ。
日韓関係が戦後、最悪なのにも関わらず、両国が断交に踏み切らないのは、アメリカが睨みを切らしていることは明白だし、土以の場合は、何を隠そう、エルサレム問題がある。
ユダヤ人が大票田な以上、アメリカ政府は、中東での政治問題を望んでいない。
然も、当時の大統領は人権派だ。
密使を送り、両国間を無理矢理、和解させたのである。
何故、知っているかって?
和解劇にMITも一枚絡んでいるからよ。
話は戻って少佐の事。
スレイマン長官は、イスラエルに対し、危機感を強めている。
親交のある軍人が、仲良くしているのは、個人的に気に食わないし、何より情報機関のトップとしてモサドを危険視しているのだ。
『ウルスラ、君は少佐を愛しているか?』
「はい」
これは、嘘偽りではない。
真実だ。
『では、君に命じよう。監視作戦、発動だ』
「は!」
私の
令和4(2022)年4月11日(月曜日)。
始業式を終えた後、俺は脇目も振らず、帰宅する。
久々の
帰宅すると、
「おいちゃん♡」
レベッカが這って来た。
「只今」
「お、かえ、り」
抱っこすると、レベッカは、笑う。
レベッカの部屋には沢山の保護犬、保護猫が集まっていた。
「御帰りなさいませ、旦那様」
「
シャルロットにキスする。
遅れて、一緒に下校していた、
・司
・オリビア
・ライカ
・スヴェン
・シーラ
・ナタリー
・エレーナ
と合流する。
「たっ君、早いよ」
「勇者様、競歩選手並ですわ」
「少佐、勅令なのは分かりますが、もう少し速度を落として下さい」
「師匠、早い♡」
「……♡」
『早い、馬鹿』
ウルスラも驚きを隠せない。
「少佐は、競歩も御得意なんですか?」
「全然。未経験だよ」
否定しつつ、レベッカのベッドに座る。
オリビアが叱った。
「
「ごめ、んなさい。あ、ね、うえ」
「全くもう」
俺が怒らない分、オリビアがこの役目だ。
こういう時、夫婦の真価が問われる。
2人して怒れば、子供は孤立感を覚えてしまう。
尤も、相手は、大人のレベッカなのだが。
「勇者様、ここは、私とライカに任せて下さい。このまま入浴もしようかと」
「分かった。じゃあ、殿下」
「な、まえ」
「レベッカ。後で」
「うん!」
元気の良い返事に俺は、安心するのであった。
レベッカの部屋を出ると、
「御帰り」
白衣を着た皐月と遭遇。
「ああ、
「陛下に送った診断書の複写よ。見る?」
「見たいけど、遠慮するよ。個人情報だし」
レベッカとはあくまでも交際中であって、家族ではない。
広義では、妻の妹になる訳で義妹になる為、それで言えば家族に該当するかもしれないが。
レベッカの許可が無い以上、例えその状態でも見るのは、好ましくないだろう。
皐月は、親指を立てた。
「正解よ。これ、白紙だし」
中を見せると、診断書ではあるが、何も書かれていなかった。
何もかも電子化が進む世の中だが、北大路病院では、万が一誤って消去した時に備えて、紙の診断書も用意している。
何でも電子化すれば良い、という話ではないのだ。
「流石、良い子良い子♡」
俺の頭を撫で、抱き締める。
皐月は、今、人生で最も忙しい日々を送っていた。
王族であるレベッカは、余り設備が整っていない大使館の臨時医務室では、彼女の治療には、不向きだ。
その為、北大路病院の職員の中には、ここよりも設備が整っている宮内庁病院への受入を提案し、宮内庁病院側も「要請があれば対応する」という話が浮上している。
大使館としては、転院させたい。
宮内庁病院も患者の事を思えば、転院して欲しい。
だけどもレベッカは、それを拒否し、ここでの治療を望んでいる。
主治医・皐月は、大使館の圧力、宮内庁病院からの熱心な説得とレベッカの間で板挟みなのであった。
「疲れてる?」
「ええ。もう疲れたわ」
「若し、出来るならば、
「有難い提案だけど」
俺の鼻をデコピン。
「痛い」
「生意気。でも元気出たわ。有難う」
俺に口付けし、舌を捻じ込む。
熱いそれは続き、数秒後に離れた。
「元気出た」
「こっちも」
「あら、下ネタ?」
「何でだよ」
呆れる俺とは対照的に、皐月は笑顔だ。
「じゃあ、もう数時間、頑張るわ」
「分かった」
スキップして、皐月は去っていく。
司同様、分かり易い性格だ。
「たっ君、一応、私、お母さんの手伝いするから夕食は遅めで良いよ」
「分かった。じゃあ、シーラ、シャルロット、済まんが、司の手伝いを頼む」
「……」
「は~い」
2人は、元気に返事し、司と共に更衣室に行く。
「じゃあ、私が支度しますね?」
「エレーナ、良いのか?」
「少しくらい奥さんさせて下さいよ」
エレーナはそういうと、エプロンを制服の上から着た。
その動作に男心が
『
「ぐは!」
それからローキック。
情報将校だが、鍛えているだけあって、
「いてて」
腰を擦っていると、
「師匠、どうぞ」
湿布を貼られた。
気の利く家臣にこの心地良い冷たさ。
(天国ですわ)
『本気で
「へ?」
体が浮き上がる。
見ると、ナタリーが、何処で覚えたのか、俺に
「……大きくなったな?」
『少佐の御蔭よ』
ナタリーは、笑顔で両手足に力を入れる。
すると、
「…………ナタリー?」
『うん?』
「力入れてる?」
『多分』
ナタリーが両手足を広げると、その分、俺のそれも開く。
「ウルスラ」
「は」
「助けてくれ」
「は」
ウルスラは瞬時に戦闘モードになった。
最後まで吊り天井固めが出来なかったナタリーは、
『……ち』
露骨に舌打ち。
本当に部下だよな?
全然。尊敬されていないようだなんが?
「少佐、御無事ですか?」
「ああ、関節痛だけだよ。格好良かったよ」
「有難う御座います♡」
ウルスラは、スヴェンのような邪悪な嗤いを浮かべる。
レベッカのは、純粋な愛を感じるが、この2人の場合は、「偏愛」と言ったところだろうか。
床に着地後、俺は尋ねた。
「パルクールでも習っていたのか?」
「はい」
パルクールは、フランス発祥であり、フランスでもそれを題材にした映画がある為、どうしてもフランスを連想し易いが、ウルスラの話によれば、ドイツでも盛んのようだ。
「少佐も習得者なんですか?」
「ウルスラほどじゃないけど、で出来るよ。都内には、その施設もあるしね」
若し、大会があれば、俺は、入選或いは優勝は出来るだろう。
もやしっ子ばかりの他の競技者よりかは、現役の軍人としての自負がある為、簡単には、負けることは出来ない。
「少佐」
時機を見計らって、ウルスラが予約する。
「面談、御願い出来ますか?」
「……ああ」
面談は、俺と部下が行う最大の意思疎通だ。
仕事の不満や人間関係、ストレス、悩み等を聞いて、今後の仕事環境に改善しよう、というだ。
俺も部下を知る為に、彼女達から面談を要請されたら、拒否することはしない。
どんなに忙しくても、休養日でも面談には、応じる。
(MIT関連か?)
俺の予想とは裏腹に、ナタリーは俺の足にローキックを浴びせ続けるのであった。
[参考文献・出典]
*1:産経新聞 2009年1月30日
*2:Radical(東京外国語大学) 2009年1月31日
*3:産経新聞 2010年6月2日
*4:スポーツニッポン新聞社 2014年7月2日
*5:BBC 2015年12月18日
*6:ロイター通信 2016年6月28日
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