第197話 SORORATE MARRIAGE

『嫉妬しない者に、恋愛はできない』(*1)

(古代ローマのキリスト教神学者で哲学者 アウグスティヌス)


 レベッカの嫉妬心は凄まじく、俺からは一歩も離れない。

 ずーっと密着している状態だ。

 子泣きじじいのようにしがみ付いている。

 約半年間、意識不明だった為、筋力は低下している筈なのだが。

 火事場の馬鹿力、というものなのか。

『元気じゃない?』

 ナタリーは終始、不機嫌だ。

 彼女を除いて、慰労&歓迎会は、和やかなムードである。

 レベッカは、俺の背中にへばりついたまま、笑顔を振り撒く。

お母さんムッティ

「はい、殿下♡」

 皐月は、また家族が増えた、と大喜びだ。

 オリビアも笑顔が絶えない。

レベッカベッキー、元気だった?」

「う、ん」

「良かった良かった。陛下も御喜びになられていますわ」

 長い歴史を持つ世界の王侯貴族の中には、障碍者も居る。

 例

①アマーリア・アヴ・スヴェーリエ(1805~1853) スウェーデンの王女

 身体障碍の為、生涯独身を通す(*2)

②シャルル6世(1368~1422) 仏・国王(在位:1380~1422)

 精神病を患い、《狂気王》と呼ばれる。

③ゲオルク5世(1819~1878) ハノーファー(現・ドイツ北部)国王

 視覚障碍者。

 ……

 その為、レベッカがこの状態でも嫌う者は、ほぼ居ない。

 居たとしても、トランシルバニア王国では、


 T4テーフィア作戦

・ナチスが行った障碍者虐殺政策

・犠牲者数は公式には7万273人(*3)。

・犠牲者数は資料によって差異あり。


 の残虐性が伝えられている為、障碍者差別は社会的な死を招く。

「皐月様、レベッカベッキーの容態は?」

「大丈夫よ。検査では問題無かったわ。後は、体力をつけるだけね」

「分かりましたわ。陛下にそのように御報告します」

 レベッカは、トルコ・アイスドンドゥルマを美味しそうに食べていた。

「うま~♡」

 御蔭で、俺にその口からこぼれたり、飛んだものが付着する。

 宴会の為にオリビアが用意していた燕尾服ホワイト・タイは、汚れてしまうが笑顔にほだされてしまう為、問題無い。

 今、喜ぶべきことは彼女の無事だ。

 尚、女性陣は全員、夜会服イブニングドレスである。

 レベッカを着替えさせたスヴェンとシーラは、疲れ切った表情だが、トルコ・アイスに両目を輝かせて爆食い中だ。

 皐月は飲酒し、司とシャロン、エレーナは寿司を頬張っている。

 シャルロットはパフェを頬張り、時々俺を見る。

 鱈腹たらふく食べて良い? と聞いているようだ。

 俺は、笑顔で「良いよ」と頷く。

 アフガニスタンでは限られた食料であり、甘い物は食べられなかった。

 その分、欲しているのだろう。

 チート・デーと思えば今日くらい、爆食いしても罰は当たらない筈だ。

 唯一、ナタリーのみ不機嫌は変わらない。

 私的に踏み込まないのが、暗黙の了解なのだが、今回ばかりは、目に余るものがあるようだ。

 俺も上官の男癖が悪ければ、眉をひそめるだろう。

 それを態度に出すかどうかは、別問題ではあるが。

「お、い、ちゃん」

「うん?」

「ゆびわ、ほちぃ」

 それから、オリビアが嵌めた結婚指輪を指差す。

「あー……」

 オリビアに視線で問うと、

「勇者様、交際して下さいませんか?」

「……不倫を勧めるのか?」

「不倫ではありませんわ。側室です」

「……順縁ソロレート複婚?」

 ―――

『【順縁ソロレート婚(姉妹逆縁婚)】

 男が自分の妻の死後、その妻の姉妹、多くの場合、妹をその妻とする結婚の形態。

 北米の先住民族に多く見られる。

』(*2)

 ―――

「はい。わたくしだけだと不妊の場合がある為」

「……」

 俺は、ライカを見た。

 彼女をめとった時も同じような理由からだった。

「ライカは良いのか?」

「私は、あくまでもなので―――」

「そう卑下するな」

 軽く叱った後、ライカを手招き。

 来ると、横に座らせる。

「改憲後は、夫婦だ。予備ではない」

 正室と比べると、側室は地位が低くなるが、俺はその線引きを撤廃し、全員、正室として接している。

 愛人も言わずもがなだ。

「司、シャロン、エレーナ、良いか?」

「良いよ」

「良いよ~」

「良いですよ」

 3人の反応は軽い。

 現時点で一夫多妻なので、1人増えようが、関係無いのかもしれない。

 それでも、

「たっ君」

 スッと、目を細めた。

「手を出すのは、私より後だからね?」

「分かってるって」

 今まで待たせた分、司には出来ることならば、若し、妊娠した場合、真っ先に認知したい。

 余談だが改憲後の新法では、妾の存在が法律上、公認される予定である(男妾も同様)。

 これは、明治3(1870)年に発布され、明治15(1882)に旧刑法施行の下、廃止に至った『新律綱領しんりつこうりょう(布告第944)』を法的根拠にしている。

 不倫に厳しい昨今ではあるが、明治時代の一時期、国家が妾を公認していたのだ。

 今とは真逆の価値観である。

 当然、人権団体からは問題されているが、男妾も認められている為、男女平等だ。

 それに結婚を強要していないし、合意が無ければ、民事で不倫として扱われる可能性がある。

 道徳観が失われ不倫が増える、という意見があるのだが、実際問題、不倫は従来通りなので、その増減は国民次第だ。

「宜しい」

 俺に額にキスし、司は、パフェに戻っていく。

 家長は皐月だが、司も中々に強い。

「おねえ、ちゃん」

 ライカは呼び止め、ぎこちなく御辞儀した。

「あり、が、とう」

「どういたしまして」

 司の許可が出た事で、レベッカの嫁入りが確定となった。

「殿下、おめでとう~!」

 シャロンが嫉妬も含めてのか、米俵を担いでは、開封し、レベッカの頭上に振らせる。

「わぷ―――きゃははは!」

 一瞬、窒息しかけたが、相当、嬉しいらしい。

 お米を掌に溜めて、俺の頭にもぶっかける。

 会場は、笑いで包まれるのであった。


 腹違いの妹であるレベッカは、少佐の正式な妻の1人となった。

 反対派は、私だけ。

 でも、結局、民主主義で押し通された。

「……」

 その日の晩、私は「看病」と称して、少佐の部屋に来ていた。

 レベッカの方はオリビア、ライカ、シャルロットが看ている為、恐らく今晩は、少佐の出番は無いだろう。

「有難う」

 押し返さずに少佐は、笑顔で私が用意した氷嚢を頭に乗せている。

 嫌がらず、嬉しがって下さるのは嬉しい。

 少佐の傍には皐月、司、シャロン、シーラ、スヴェンが居るが、彼女達は既に就寝中だ。

 明日は、平日。

 疲労困憊なので、全員早めの就寝だ。

 ウルスラも別室で報告書を作った後に寝る、という。

 その為、今、恐らく、屋敷内で起きているのは私達と駐在武官の親衛隊の夜勤くらいだろう。

『今後は?』

「交際、婚約、結婚だろうな。いきなり結婚は、流石にハードルが高い」

『ですよね』

 良かった、と私は安堵する。

 幾ら女癖が悪い少佐といえども、段階を素っ飛ばしていきなり、結婚は流石に無いと思っていたが、予想が当たった。

 若し、そのまま、結婚、或いは授かり婚だと、ドン引きせざるを得ない。

 そこら辺の線引きは、はっきりとしているようだ。

順縁ソロレート複婚のことは、御存知だったんですね?』

「先住民族の文化だからな。その土地に御邪魔し、住まわせて頂いている以上、彼等の文化には、敬意を払い、勉強しなければならないよ」

『……』

 アメリカの建国を根底から覆すような発言だ。

 白人入植者は侵略者であり、先住民族は被害者である。

 これは、紛れも無い事実だ。

 先住民族と白人との戦争は、1622年に開戦し、1890年に終わっているが、その闘争は、今尚続き、BIAインディアン事務局本部ビル(1972年11月3日~7日)、等、世紀が変わっても彼等の戦いは、終わっていない。

『……少佐、私的な質問なんですが、宜しいでしょうか?』

「ああ」

『……もうこれ以上は、現地妻とか居ませんよね?』

「居ないよ」

 即座に否定した。

「何故?」

BND連邦情報局は、少佐の能力を高く評価している一方、その女性関係に御注目しています』

「……ケネディのようになる?」

『そうですね』

 ケネディは、今でもアメリカでは、人気な大統領の1人となっている。

 然し、その女性関係は、今では、醜聞スキャンダルのネタになりかねないだろう。

(私が少佐を守らなきゃ)

 強く誓う。

 艶福家えんぷくか女性に甘い鼻毛なこの男には、私のような厳しい者が必要不可欠なんだ、と言い聞かせる。

 BNDやMIT、CIAからこのチームを守る為には。


[参考文献・出典]

*1:『断片』

*2:コトバンク 一部改定

*3:木畑和子「第2次世界大戦下のドイツにおける「安楽死」問題」『1939―ドイツ第三帝国と第二次世界大戦』井上茂子、木畑和子、芝健介、矢野久、永岑三千輝著、同文舘出版、1989年

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