第185話 Sehnsucht

 オリビア殿下と私は、義理の姉妹だ。

 国外の報道機関では、

・異父妹

・異母妹

 と報じられる場合があるが、正解は後者だ。

 王族が沢山居る以上、報道機関が混同するのも無理は無い。

 そんな私———レベッカは幼少期、殿下と一緒に過ごす事が多かった。

 私が9歳の頃、

レベッカベッキー、見て見て」

「姉様、これは?」

「勇者様♡」

 シルビア様と共に写るのは、アメリカ人男性。

 革命の時、活躍した、とされる英雄だ。

 御名前は、確かブラッドリーブラッド

 噂によれば、《血の伯爵夫人》の様に、戦場では、飢餓の際、敵兵の死体からブラッドすすって生きた、とされる人物だ。

 あくまでも噂なので、その真偽を私には、判断する事は出来ないが。

 御顔を見る限り、それ程の恐怖は感じられない。

 恐らく、彼の貢献に嫉妬した者が流した虚報デマだと思われる。

 現実的には感染症の危険性があるから、軍人が生きる為にそんな賭けをするとは、考え難いけどね。

 そんなアメリカ人は、シルビア様に抱き締められ、困惑顔だ。

 撮影年月日は、『24th of December, 1989』―――1989年12月24日。

 革命真っ只中の時期である。

「格好良いでしょ?」

 自慢するオリビア殿下は、幸せそうだ。

「はい♡」

 初めて見るが、やはり、同じ血筋なのか、シルビア、オリビア同様、私も又、惹かれるものがあった。

「姉様、わたくしにも複写を御願い出来ますか?」

「良いですわよ。母上も沢山、持っていますし」

 この日、私は白馬の騎士と出逢った。


 私の国では、建国が浅く、日本などのような建国神話が無い為、どうしても悪役がソ連や共産主義になり易い。

 その為、それを打ち破ったアメリカ人には、憧れを持ち易い土壌がある。

 平民でも駐留している米兵との結婚も多い。

 アメリカが王制であれば、我が国と王族同士の政略結婚が盛んだったかもしれない。

「……」

 私は、貰った写真を壁に飾る。

 まるで肖像画のように。

 元々、私は彼に憧れを抱いていた。

 シルビア様がオリビア殿下に御説明される為、当然、殿下同様、恋愛感情を抱くのは、当然の事だろう。

 とろけた笑顔で呟く。

「お兄ちゃん♡」

 私は、言わずもがな、血縁関係も無く、ましてや義理の兄妹でもない。

 それでも兄と慕うのは、以前、殿下から貸して頂いた日本のライトノベルの作品による影響だ。

 王族が何十人も居る為、兄の様な人物は、複数居る。

 それでも、琴線には、触れなかった。

 写真で見た時に改めて、感じたのだ。

 この人が兄に相応しい、と。

 写真が1989年なので、これよりも今は老けている筈だ。

 それでも、シルビア様が今尚、お慕いになっているのだから、今でも格好良い風貌なのだろう。

「……お兄ちゃん♡」

 シルビアから貰った写真集をベッドの上で捲る。

 写っているブラッドリーは、公ではどれも嫌そうな感じだが、2人きりだと、握手したり、笑顔が多く、非常にリラックスした雰囲気だ。

お兄ちゃんエルテレール・ブルーダー♡」

 何度も呟いては、写真集のブラッドリーにキスするのであった。


 令和4(2022)年3月31日木曜日。

 午後11時55分。

 俺と司は、最寄りの区役所に居た。

 休日夜間窓口には、俺達の後ろに若いカップルが数十組並んでいた。

 皆、今日を待ち望んでいたようだ。

「……たっ君、いよいよだね?」

「そうだな」

 これを提出すれば、俺達は、正式な夫婦だ。

 周囲には、国営放送や民放のカメラも集まっている。

 早朝のニュースで報じるのだろう。

 午前0時。

 俺達は、スマートフォンで時間を確認後に提出。

 持参物は、以下の通り。

 ———

 ・婚姻届


 ・戸籍謄本or全部事項証明

  夫、妻それぞれ1通ずつ。


 ・届出人の本人確認書類

  例:免許証や旅券等、官公署の発行した写真入りの証明書(有効期間内の物)。


 ・印鑑

  婚姻届の用紙に押印した物。

  実印でもなくても可。

  但し、実インク内蔵のスタンプ印は印影がにじむ事がある為、不可。


 ・その他 例:転出証明書

  他市区町村から結婚と同時に引っ越してくる場合のみ(*1)

 ———

 ただ、これは、日本人同士の場合なので、国際結婚の際は、

 ———

・婚姻要件具備証明書とその訳文


・国籍証明書とその訳文、または旅券の提示(*1)

 ———

 が必要だ。

 日本人である俺だが、

・米国籍(22歳の時に放棄予定)

・トランシルバニア王国籍

 も持っている。

 又、立場上、外交官でもある為、必要不可欠だろう。

「……はい。不備はありませんね。御結婚おめでとうございます」

 女性職員が笑顔で祝福。

「「有難う御座います」」

 安堵したのか、司は静かに涙を流す。

 幼い頃からの夢が叶った瞬間だ。

 俺は、司を抱きよせる。

 新妻の腰に手を添えて、俺達は市役所を出る。

 最初から取材拒否の姿勢だった為、俺達が取材に遭う事は無い。

 事前にトランシルバニア王国大使館から、各報道機関に対し、報道規制を要請したのもあるだろう。

 外交官ナンバーの車に乗り込む。

 車内では、皐月が待っていた。

「おめでとう。2人とも」

「うん……」

 司は、皐月に抱き着いた。

 同乗していたオリビア、シャルロット、エリーゼも貰い泣きだ。

 司の人柄か、誰も彼女を嫌う者は居ない。

「……」

 俺は、母娘の感動的な光景を肴に、シャルロットと我が家のマスコットキャラクターであるシーラを抱っこする。

「旦那様♡」

「♡」

 シャルロットの頬にキスしつつ、シーラの頭を撫でる。

 エリーゼがハンカチで涙を拭きつつ、尋ねた。

「少佐、次は、私ですよね?」

「ああ、分かってるよ。でも、改正後な?」

「はい♡」

 エリーゼにも口付け。

 妻達に平等を接するのが、夫の務めだ。

「少佐」

 次にライカが口を開いた。

 深刻な顔だ。

 俺は、経験則から察知した。

「事案?」

「はい。それも緊急的なことで」

「……分かった」

 トランシルバニア王国の仕事は、基本的に日本時間に合わせた昼間しか行わないのだが、深夜というのは、余程の事なのだろう。

2人を抱き締めつつ、俺は、考える。

(面倒な事では無ければ良いが)


 古民家に帰ると、ナタリーが仕事部屋で待っていた。

『本国からよ』

 それから、テレビを点けた。

「!」

 画面に映るのは、アドルフ。

 俺の直属の上司だ。

『済まないな。大事な結婚記念日に、呼び出して』

「いえいえ」

 人一倍気遣いが出来るアドルフは、俺に用がある場合、事前に俺の予定を調べて、隙間時間くらいしか、用事を頼まない。

 或いは、メールでだ。

 にも関わらず、日本時間で深夜という事を承知の上で、テレビ電話を使用するのは、それ程、重要なことなのだろう。

『レベッカ王女は知っているか?』

「はい。確か、オリビアの義妹ですよね?」

『会った事は?」

「ありません」

 アドルフは、溜息を吐いた後、

『去年、アフガニスタンで行方不明になった』

「!」

『現地で難民支援のボランティア中に武装勢力の攻撃に遭ったんだ』

「……」

 俺は、沈黙したままで聞き続ける。

『我が国は、秘密裡に捜索していたのだが、今春、居場所が判明した。カンダハルは?』

「! ええ、知っています」

 前世で、何度か行った事がある土地だ。

『そこの病院に居る。済まないが、救い出してくれ』

「……急な御願いですね?」

 普段であれば、もう少し、時間をかけて計画を練る筈だ。

 俺もそうする。

 然し、アドルフは、焦っている様であった。

『彼女は、植物状態だ』

「!」

スイス連邦情報機関NDBの調べでは、武装勢力内部で過激派と穏健派が勢力争いを行い、内戦が囁かれている。その前に救出したい』

「……」

 武装勢力は現状、まとまっているが、アフガニスタンは元々、パシュトゥン人、タジク人等、氏族或いは部族が多種多様だ。

 その為、共通の敵であるアメリカが居なくなった以上、後は、内輪揉めになり易い。

 WWII後、連合国の一員であった米ソのように。

 ウラソフが説明を行う。

『我が国は、アフガニスタンとは、知っての通り、断交状態だ。外交ルートが存在しない。なので、第三国を介して行っているが、内戦になると、誰が正統な政府なのか分からなくなる。時間は無いんだ』

「……分かりました。ですが、首相、私は、今のアフガニスタンの専門家ではないですよ?」

『分かっている。その為に協力者を用意した』

 ウラソフの視線が、俺の背後に移る。

『ウルスラ』

「は」

 ウルスラが進み出た。

『君が現地で、少佐を案内しろ』

「は」

 俺も見た。

「詳しいのか?」

は、武装勢力と親しいので」

「……そうだったな」

 トルコと武装勢力は、欧米のそれとは違い、親しい関係にある。

 ―――

『【トルコ大統領、武装勢力と協力の用意 カブール空港管理関与も】』(*2)

『【トルコ 武装勢力と対話で「橋渡し役」 NATOでの信頼回復狙う】(*3)

『【武装勢力、混乱続くカブール空港の運営をトルコに要請】』    (*4)

『【武装勢力、トルコのアフガニスタン支援継続を希望】』(*5)

 ―――

 日本では、武装勢力は、テロ組織に認定(*6)されているが、トルコでは、大統領が、保守派なので、同じ考え方の武装勢力と気が合い、同じ目線に立つ事が出来るのだろう。

「……知っておられたんですか?」

「何となくな……MITトルコ国家情報機構か?」

「……はい」

 ウルスラは、項垂れる。

 隠していた事を気に病んでいたのだろう。

 ウラソフが、再び口を開く。

『今回の情報提供者ディープ・スロートは、トルコの世俗主義ライクリッキ勢力だ。彼等は、トルコがテロ組織と仲良くする事をよく思っていない。なので、内戦に期待している。その過程で情報提供してくれた』

「……恩を売る為に?」

『さぁな』

 トルコの情報機関は、恐らく、中東一のレベルだ。

 2018年、サウジ人記者がイスタンブールのサウジアラビア王国総領事館で殺害された際も世界で逸早く、その情報を入手し、サウジアラビアとの情報戦争に勝利した。

 この時、事件を報じていた日本のニュース番組で、ある司会者が、トルコとサウジアラビアの情報機関のレベルの差をそれぞれMLBと少年野球と評していたように、日本人が想像する以上にハイレベルな組織なのだ。

 ウラソフの話からすると、MITの幹部達は、世俗主義派であり、現政権の支持率低下の為にアフガニスタン内戦を扇動させているのかもしれない。

 2016年の政変を失敗させた世俗主義派だ。

 政変未遂以降、トルコは、イスラム化が進んでいる。

 ――――

『トルコ、アヤソフィアを博物館からモスクに 世俗化の象徴に大きな変化』

(*7)

『トルコで進むイスラム化 コロナを理由に「禁酒令」も』(*8)

 ―――

 現大統領は過去に、

・姦通罪復活法案

・オスマン語高校必修化法案

・公共の場での女性スカーフ着用法案

 等を提出している為、世俗主義派が危機感を持つのは、当然の事だろう。

 アフガニスタン政策失敗の責任を大統領の失政として、選挙で追い落としを図りたいようだ。

『少佐、何度も言うが時間が無い。急いでくれ』

「了解しました」

 俺は、最敬礼した。

 新婚だが、仕事だ。

 然も、オリビアの義妹となれば、熟考する余地も無い。

『頼んだぞ』

 アドルフも祈るような気持ちで送り出すのであった。


[参考文献・出典]

 *1:宮崎県西目屋村 HP

 *2:JIJI.COM     2021年8月19日

 *3:毎日新聞     2021年8月24日

 *4:朝日新聞デジタル 2021年8月28日

 *5:TRT 日本語版  2021年8月30日

 *6:公安調査庁 HP

 *7:BBC NEWS JAPAN 2020年7月11日

 *8:日本経済新聞 2021年5月24日

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