第178話 戦艦ポチョムキン

 2022年3月21日(月曜日)。

 トランシルバニア王国国営放送は、盛んに1988~1991年にかけて行われたリトアニア独立革命を報じていた。

 テレビには、当時、現場で取材していた日本人記者が興奮した表情で現場の様子を伝えている。

 当時の日付は、1991年1月13日だ。

『0時丁度、先程、この広場でソ連軍の戦車の兵士が、ヴィリニュス出版センターに向かって発砲しました』

 独立派のテレビ局を約200人ものソ連兵が取り囲んでいた。

 兵士達は、抗議に来た独立派の市民に対し、排除を始める。

 老婆は追い払わられ、老人は銃床で殴りつけられる。

 この蛮行に独立派は、更に感情をたかぶられた。

 ソ連兵に対し、投石が行われる。

 ドーン!

 記者が潜んでいた建物に向かって、ソ連軍の戦車が砲撃。

『撃たれた……』

 負傷した日本人記者の呟きが、国内全土に放送された。

・ハンガリー動乱(1956年)

・プラハの春  (1968年)

 の歴史を考えれば、ソ連がその時のように武力行使し、弾圧することも出来ただろう。

 然し、それをしなかったのは、ソ連の国力が弱まっていた、と言える。 

 イゴールが来ている中で、敢えてリトアニア独立革命を流すのは、国営放送のロシアに対する強いメッセージであることは言うまでもない。

「……侵略者め」

 テレビ画面に煙草の煙を吹き付けるのは、額に鉤十字の刺青を入れたネオナチであった。

 組織名は、『白人帝国党』。

 政治団体を自称しているが、その実態は白人至上主義を掲げるテロ組織であることには変わりない。

 その党首、ルドルフはあることを考えていた。

(……扇動だな)

 ロシア人排斥を訴える人種差別主義者の考えることだ。

 ロシア脅威論に震える国民の戦意を高めるには、扇動が最適だろう。

(……戦争を起こすか)

 嗤って、ロシアの三色旗に煙草の火を押し付けるのであった。


 トランシルバニア王国の首都には、観光名所の長い階段がある。

 その段数は、1400段。

 金毘羅宮のそれが785段、奥社までだと1368段(*1)なので、それよりも長いことになる。

 これは、冷戦期の共産政権が、ウクライナはキエフにある、『プリモルスキー の階段』をモデルに、国威発揚用に作ったものだ。

 この会談は、映画『戦艦ポチョムキンの反乱』(1925年)の「オデッサの階段」と言われる映画史上最も有名であろう6分間の舞台となった場所だ。

 によれば、1905年7月14日、ロシア帝国の軍隊が、ここに居た群衆に発砲し、虐殺した。

 この出来事は当時の資料に無い為、映画内の創作である、とされるが、余りにも有名になった為、この虐殺が史実のように信じている人も多い。

 ソ連の宣伝プロパガンダが成功した例の一つだろう。

 階段はその後、革命を機に廃棄される予定であったが、ロシア系住民の嘆願により維持され、現在ではロシア系住民の冷戦を思い出す憩いの場所になった。

 最近では、海外から共産趣味者や観光客が集まるようになり、トランシルバニア王国を象徴とする観光地の一つになっている。

 階段の途中にある踊り場には、冷戦時代の共産主義の象徴である、鎌と槌の絵が描かれている。


 2022年3月22日(火曜日)午前0時過ぎ。

 誰も居ないこの場所にて、ルドルフ達ネオナチは、ロシア系の路上生活者を集めて、暴行を加えていた。

「おら! おら! おら!」

 殴る蹴るは勿論、ナイフでも刺す。

 路上生活者達が、老人や老婆が多く、抵抗する力が無い。

 路上生活者は、家が無い分、犯罪者からは狙われ易い弱者だ。

 例

 事件             国     時期         犠牲者数

 横浜浮浪者襲撃殺人事件    日本    1983年        10人以上

 ストーンマン事件       インド   1985~1990年 2009年 10人以上

 ウクライナ21         ウクライナ 2007年         21人

 岐阜市ホームレス襲撃殺人事件 日本    2020年         1人

 先進国でも発展途上国でも起きているのが、如何に彼等が狙われ易いかの特徴であろう。

 警察が腐っている場合は、ホームレスの人権を軽視している為、まともに捜査しないこともある。

 暴行の様子は、撮影されていた。

「よし、もういいぞ」

「ああ」

 意識を失った彼等に対し、ルドルフ達は唾を吐き、揮発油ガソリンを撒く。

 そして、マッチを擦って、投げた。

「ぎゃああああああああああ!」

「熱い! 熱い!」

 生きたまま燃え盛る路上生活者達は、断末魔の叫びをあげる。

 それをルドルフ達は、邪悪な笑みを浮かべて撮影していた。

 ウクライナ21のように。


 数時間後、ロシア系メディアはトップニュースで報じる。

『え~。今、入って来た情報です。《オデッサの階段》にて同胞の焼死体が発見されました。数は21人。全員、ホームレスと見られています』

 空撮の映像が差し込まれ、民警が捜査している様子が、生中継で報じられた。

 別のロシア系メディアでは、衝撃的な映像が報じられていた。

『燃やせ! 燃やせ!』

 ドイツ語で目出し帽の男が叫ぶ。

 路上生活者が生きたまま焼殺される様子を見て嗤っている、とんでもない映像だ。

 アナウンサーは、怒りに震えていた。

 VTRが終わると、唇を真一文字に結んで。

『―――え~。これが、我が国の真実プラウダです。

 アメリカでは、白人が人種的な階級では最上位。

 有色人種はその次に当たりますが、我が国ではドイツ系が頂点であり、我々、ロシア系は最下層なのです。

 ニュルンベルク人種法はナチスと共に滅びましたが、この国ではトップがドイツ系であり、我々、ロシア系は最下層なのです。

 これがこの国の現実なんです。

 同胞の皆様、もう耐えることは止めませんか?』

 影響力のあるアナウンサーの言葉だ。

 事件で現状に不満を抱いていたロシア系住民の感情が爆発する。

 各々が、最寄りの武器庫を襲い、武装を始めていく。

 一方、国営放送(ドイツ系)は、違う報じ方だ。

『―――凄惨な事件ではありますが、この事件は、ドイツ系の総意ではありません。

 犯人はドイツ語を喋っていましたが、外見が分からない為、現時点で成り済ましの可能性も否定出来ないでしょう。

 ロシア系の報じ方は感情的であり、とても公正中立が信条のメディアとは思えません』

 解説者の意見にドイツ系の視聴者は、頷くばかり。

『彼等は我々をニュルンベルク人種法等と非難していますが、そんな法律は、この国には存在しません。

 印象操作も良い所です。

 我々を人種で非難するのであれば、相応の証拠を出して頂かないと、意味がありません』

 冷静沈着に徹した報道姿勢である。

 然し、ドイツ系の一部はドイツ人追放の経験者だったり遺族なので、普段からロシア系に対する感情が悪いものもある。

 共産政権期、ロシア系がロシア人と一緒になり、共産貴族で富を独占していた歴史にも不満があった。

 その時、ニュース速報が入る。

『ロシア系暴徒、武器庫を襲撃し、武装化』

 と。

 解説者は、ほらみたことか、と言わんばかりに主張する。

『感情に走った結果がこれです。

 同胞の皆様、襲撃に備えて武装しましょう。命を守るのです』

 民族の悲劇、果てしなく。

 一視聴者と化していたルドルフの高笑いは、止まらない。

 元々あった火種が、簡単に爆発したのだから。

 彼等は、ウクライナ21をモデルに事件を起こしていた。

 動機は、「ロシア系の路上生活者が生活保護を不正に受給している」から。

 無論、不正か如何か判断する権限を彼等は持ち合わせていない。

「当主、次は、教会を攻撃しましょうよ」

「そうだな」

 テロ組織・白人帝国党のレベルの低さが分かるだろう。

「そういえば、最近、アジア人の領主が誕生したな?」

「ああ、日本人ですね」

「この国に白以外は要らん。白こそ最も美しい色なんだ」

「「「はい!」」」

 その目は、濁った色をしていた。


 両者の対立を俺は、テレビで観ていた。

 街を占拠していたロシア系の暴徒は、通りすがりの貨物自動車を無理矢理、止めさせ、ドイツ系の運転手を引き摺り下ろす。

 そして、蛸殴り。

 中には、ブロックを頭部に落とす者まで居る。

 反対にドイツ系の暴徒がロシア系のスーパーを襲い、ロシア系住民が自警団を結成。

 暴徒に対して水平射撃を行っている。

 ロサンゼルス暴動(1992年)と同じ光景だ。

 ナタリーは、SNSで情報を集めていた。

『少佐、ロシア系、ドイツ系の極右派が、人種戦争を煽っているわ』

「……不味いな」

 政変未遂の時も、ドイツ系とフランス系の対立が改めて浮き彫りになった。

 あの時のようにドイツやロシアが同胞保護を名目に派兵するのは、目に見えている。

 空港や市庁舎、裁判所等、国家の重要な施設には、国軍が配備され、有事に備えた為、外国人の出入国は困難になった。

「勇者様を御招待した矢先に申し訳ないですわ」

 オリビアは、項垂れている。

 北欧一の観光立国を目指すトランシルバニア王国にとっては、民族対立は、明らかにマイナスだ。

「全然。気にしていないよ」

 と、フォローしつつも俺は考える。

(イゴールが来た途端、これだ。余りにもタイミングが良過ぎる……扇動者が居るな)

 それから、イギリスの調査報道ウェブサイト『BUMP OF CHICKEN臆病者の一撃』に接続アクセス

 この調査報道団体は、2014年に開設されたばかりの新しい組織なのだが、公開された情報源オシントのみを使用し、悪事を暴くのが特徴的だ。

 その功績は、以下の通り。

・マレーシア航空17便撃墜事件(2014年7月17日)の黒幕特定

・ロシア人元工作員暗殺未遂事件(2018年)の容疑者特定

・ウクライナ国際航空752便撃墜事件(2020年1月8日)の攻撃者特定

と、開設して僅か6年以内にこのような大事件を真実に導いた。

 情報収集能力が、正規「の情報機関より上の為、困った時は、BOC臆病者の一撃に神頼みだ。

『BOC? NBD連邦情報局には、頼らないの?』

「パパ、CIAもあるよ?」

「師匠、モサドに繋ぎますか?」

「その必要は無いよ。これは、国内の問題だ。外国に頼ると、この国の弱体化が分かる」

「……」

「陛下は?」

「各民族の代表と会い、それぞれの言い分を御聞きしています」

「……分かった」

 新聞を閉じて、立ち上がる。

「少佐?」

 俺の違和感に真っ先に気付いたのは、ウルスラだった。

 普段から、病的なまでに俺を観察している為か、俺にSWATの軍服と装備品を渡す。

「……ウルスラは、読心術?」

「いえ」

「……分かった。有難う」

 俺が軍服に着替えだすと、

「勇者様? 何処へ?」

「散歩だよ」

「その恰好で?」

「そうだよ」

「……」

 オリビアに益々、不安げな表情が。

「ちょっと哨戒するだけだから。領地外には、出んよ」

「……分かりました」

 頷いた後、オリビアは、

「シーラ」

「!」

「御目付役を御願い出来るかしら」

「……」

 シーラは、俺の顔を見た。

 受けて良いか? と。

「シーラ、自分のことだ。受けたいなら受けろ。受けたくないならそれでも良い。俺は、迷惑感じないから」

「……」

 最後の一押しが効いたらしい。

 大きく頷き、その場で軍服に着替え始めた。

「パパ、私は?」

「シャロンは、エレーナと共に城内の警備。シャルロットは、俺達と一緒だ」

「やった♡」

 飛び跳ねて喜ぶ。

 本当は、城内を周らせたいが、皐月が「極力、一緒に居る事」と命じている為、それを遵守している形だ。

「スヴェン、ウルスラも着替えろ」

「「は!」」

「御母さん、たっ君やる気満々だね?」

「領主だからね。あれくらいやってもわらわないと困るでしょ」

 母娘は、息子の出立を簡単に見送る。

 もう少し、感慨があっても良さそうだが、皐月は、名医だ。

 息子が即死でない限り、治療で治す自信しかない。

「2人は?」

「私達は、王立大学に行くの。講演会と現地指導を兼ねてね?」

「……大丈夫か?」

「王宮警察が居るから大丈夫わ」

 心配する俺を抱き寄せ、俺の頭部に皐月は、キスを送る。

「若し危ない、と思ったらすぐに城に戻って来てくれよ?」

「心配性ね。有難う♡」

 今度は、唇を重ね合わせる。

 心配される=愛情度、が、我が家で使用されている指標の一つだ。

「……シャロン、エレーナ、配置転換だ」

「「は」」

「城内の警備担当者は、従来通り、ライカに。2人は、皐月達を頼む」

「「了解」」

 2人には、軍服ではなく、大学生の私服が提供された。

「「大学生デビュー?」」

「そういうこった」

JD女子大学生だ」

「シャロン、化粧しよう」

「そうだね」

 2人は、意気揚々とメイクルームへ。

 沢山の化粧品を、熟練のメイドが施す為、2人が、自分で化粧する事は無い。

(……)

 俺は、あることを考えていた。

(若し、この事件の黒幕が……もっと大きな計画を考えているとしたら?)


[参考文献・出典]

 *1:ANA HP

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