第173話 鎌と槌
令和4(2022)年3月18日金曜日。
この日をもって明神学院は、3学期を終え春休みに突入する。
春休み後、俺達は自動的に最高学年、3年生にまる。
・受験生になる者
・就職活動を始める者
・進路に迷う者
……
人それぞれだ。
才媛の司や御嬢様であるオリビアは、既に多くの大学から、誘いを受けている。
皐月の娘であり、看護助手でありながら、既に豊富な医療知識を持ち合わせている司は、看護学部や医学部から引く
俺の知る限り、司は100校、オリビアは50校から熱烈な勧誘を受けている。
一方、俺は、今の所あるものの、
・防衛大学
・
・
・
・
・陸軍軍官学校
・海軍軍官学校
・
・台湾国防大学
・
・海軍兵学校 《エコール・ナバール》
・空軍士官学校 《エコール・ド・レール》
と、現時点では、
・日本 1校
・アメリカ 3校
・オーストラリア 1校
・台湾 4校
・フランス 3校
と、世界中から12校来ているだけで、2人と比べる遠く及ばない。
意外なのは、トランシルバニア王国だ。
日本同様、防衛大学を有しているのだが、現時点で1校も来ていない。
北欧最大の軍事大国なのに、だ。
もう一つ、俺に関心を抱いている、とされるイスラエルからも無いのが不思議だ。
既に俺から興味を無くしたのか、それとも、今後、動きがあるのかは定かではない。
「勇者様は、御進学先、お決めになりましたか?」
沢山のパンフレットを前に悩む俺を見て、そう尋ねた。
「いいや。まだだよ」
「『善は急げ』と申しますように、お早目に進学先をお決めになって、悠々自適に最後の高校生活を楽しんだ方が宜しいかと」
「そうだな。そういうオリビアは、決めたのか?」
「勇者様と同じ所ですわ」
俺は、分かり易く顔を顰める。
「……おいおい、良いのか?」
「良いんですわよ。私が決めたことですから」
「……分かった」
夫と同じ進学先にするのは、意識調査をした場合、反対意見多数だろう。
・大学を甘く見ている
・人生をもっと大事にしろ
等の理由で。
然し、オリビアの感じを見る限り、意思を曲げる気は、更々無さそうだ。
今更、覆すことはないだろう。
「……俺、多分、司と一緒、若しくは近い場所だよ?」
「知っていますわ。ですから、現在、司様にある場所を御勧めしていますの」
「場所?」
オリビアは、ニヤリと嗤い、ある大学のパンフレットを差し出す。
『Royal University of capital』―――和訳すると、『王立首都大学』と書かれている。
ホワイトハウスのような真っ白な
「……」
「どうですか?」
どや顔のオリビア。
この
「……」
パンフレットを捲ると、2P目には、沢山の学部が紹介されていた。
———
『・医学部
・音楽学部
・外国語学部
・薬学部
・看護学部
・教育学部
・経営学部
・経済学部
・芸術学部
・建築学部
・国際学部
・歯学部
・獣医学部
・商学部
・神学部
・人文学部
・政策学部
・体育学部
・畜産学部
・農学部
・文学部
・法学部
・歯学部
・漫画学部
・薬学部
・理学部
・歴史学部
……』
———
と100以上ある。
「マンモス校だな?」
「我が国版
公立大学ならば、税金で運営されている為、これほど沢山の学部を設置すると、国民の反感を買う可能性が無きにしも非ずだが。
王立だけあって、血税が1銭も使用されていないのが、この大学の特徴だ。
全て北海油田の御蔭である。
自分の為に溜め込まず、国民に提供するのは、まさに
無論、これほど国民に奉仕を行うのは、革命対策とも言えるだろう。
欧州では、フランスやイタリア、ドイツ等、かつては王制、帝制の国々が多数派だったが、19世紀~20世紀にかけてどんどん消滅していき、今では、
・イギリス
・オランダ
・スウェーデン
・スペイン
・デンマーク
・ノルウェー
・ベルギー
と、両手で数えれるくらいまで減った。
トランシルバニア王国もまた、WWII中や冷戦期は亡命政府だった為、盟友が滅亡していく様をリアルタイムで見ていた国だ。
国民の反感を買わぬよう、「愛される王室」を目指した結果、現在のような私費を国民の為に投入する方針になったのだろう。
「オリビアは、王立首都大学に進学して欲しいのか?」
「はい。陛下の御意思でもありますので」
アドルフは、俺を忠臣と見ているらしい。
まぁ、働きぶりを見ればそうだろうし、イデオロギー的には、王党派だから否定はせんが。
「因みに司様、皐月様は、前向きに検討されています」
「……マジ?」
「はい。勇者様の居城に住むことを夢見ていますわ」
「……」
俺の城は、外見がノイシュバンシュタイン城っぽい為、城好きには溜まらないのかもしれない。
「あと、メイドも領民も付きますし、現時点で年収が発生していますわ」
「マジで?」
「領主様ですから、当然ですわ」
「……」
昔、聞いた時は半信半疑だったが、今のオリビアの態度を見る限り、とても冗談とは思えない。
お金には、現時点で不自由していない為、興味は無かったのだが、そこまで聞くと、関心が出て来るのが、人間の
「因みに幾ら?」
「天候によって年貢に増減がある為、定額ではないのですが、日本円で年間約2千万円ですわ」
「……凄いな」
「
年収2千万円と言えば、MLB年金とほぼ同額である(*1)。
MLB年金は受給するのに諸条件が必要不可欠なのだが。
トランシルバニア王国では貴族になれば自動的に領主なので、散財しない限り、安泰だ。
「御不在の現在は、王室から派遣された名代が管理されていますわ。居城には、住んでおらず、通勤という形ですが」
「……」
パンフレットを改めて見る。
「オリビア」
「うん?」
「春の旅行は、ここで良いかな?」
翌日―――令和4(2022)年3月19日土曜日。
成田空港に俺達の姿があった。
昨日の今日で準備が出来たのは、女性陣の間で、「春休みは、トランシルバニア王国に旅行」という空気があった為である。
それもこれも全てオリビアの策略であったことは、今朝気付いたのだが、時すでに遅し。
女性陣も喜んでいる為、今更、覆すことも出来ず、今に至る。
2月に荒廃した空港は、日本が御得意の復興速度で修復し、政変未遂前に戻っている。
そんな飛行場に、トランシルバニア王国の国章である双頭の鷲を尾翼に描かれたボーイングは、ゆっくり離陸の体勢に入った。
「師匠♡ 師匠♡ 師匠♡」
「パ~パ♡ パ~パ♡ パ~パ♡」
スヴェンとシャロンは、俺のそれぞれ、右側と左側に座り、すっかり観光ムードだ。
シャルロットも俺と向かい合っている為、孤独感は覚えていないようで、
「……」
薄っすら、微笑を浮かべて、雑誌を捲っている。
「zzz……」
初めてのエレーナは、アイマスクで仮眠状態。
ウルスラ、ナタリー、シーラは、
「「「……」」」
真面目な顔で、トランシルバニア王国の情勢を調べていた。
私的での訪問だが、部下である以上、旅行先でも俺をサポートする必要がある。
スヴェン、シャロンも3人が仕事している以上、一緒にしないといけないのだが、輪番制なのかもしれない。
「司、これどう?」
「似合っているよ」
皐月、司の母娘はトランシルバニア王国を構成する民族の一つ、サーミ人の伝統衣装であるコルトに身を包んで、今か今かと到着を待ち侘びている。
オリビア、ライカも嬉しそうだ。
「ライカ、勇者様を御歓待する用意は?」
「出来ています。まず、到着後に首相がお出迎えを。次に王宮にて、陛下主催の歓迎式典が。夕方からは、少佐の居城で、歓迎式典と夕食会が予定されています」
「目白押しだな」
若干、ドン引きしつつ、俺が言うと、ライカは首を振った。
「これでも抑えた方なんですよ」
「何?」
「元々は、空港にて陛下が直々にお出迎えされ、そこで、国営放送で生中継を行い―――」
「もう良い。有難う」
陛下の厚意は有難いが、やることが
恐らく、政変未遂事件で、王室内部にて、俺の株が急上昇し、「英雄の帰還」と言った感じで、期待が高まっているのだろう。
ただ、俺達の目的は、あくまでも旅行なので、そのズレが激しい。
「パパ、英雄だね?」
「ですです♡」
シャロン達は、途轍もなく嬉しそうだ。
「……そうだな」
俺は現実逃避をしつつ、頷く。
この時、俺は知らなかった。
陛下から頂いた領地が、その後、火種を生むことになろうとは。
煉達の乗るボーイングが、成田空港を発った直後、全世界の報道機関は、速報で報じた。
『―――え~。今、入って来た情報です。
ロシアのイゴール大統領がトランシルバニア王国を電撃訪問しました。トランシルバニア王国は、
・ハンガリー
・バルト三国
・ポーランド
・ウクライナ
同様、公の場で鎌と
冷戦後、ロシアの指導者が訪問するのは、公式では初めてのことで―――』
『―――米露はほぼ同時期に指導者が代わった為、新冷戦の雪解けの為に第三国で会談することが予想されていたましたが、イゴール大統領はアメリカよりもトランシルバニア王国を先に選んだ、という訳です』
『―――現地の様子です。
首都では今の所、反露デモは起きていません。
然し、何処か殺伐とした雰囲気で、歓迎ムードとは言い難いでしょう』
空港に着陸した大統領専用機からイゴールが、降りて来る。
電撃訪問だった為、受け入れ態勢が不十分だったのか、出迎えは少数だ。
イゴールの周りには、
それでも、軍事大国の軍人なので、そのどれもが強そうに見える。
彼等は、トランシルバニア王国の外務省が用意したロシアの三色旗と大統領旗を掲げた車に乗り込む。
そして、勢いよく発進するのであった。
[参考文献・出典]
*1:野球上達のサポート HP
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