第171話 Tecumseh's Curse
『第1節
大統領の免職、死亡、辞職の場合には、副大統領が大統領となる。
(中略)
第3節
大統領が、その職務上の権限と義務の遂行が不可能であるという文書による申し立てを、上院の臨時議長及び下院議長に送付する時は、大統領がそれと反対の申し立てを文書により、それらの者に送付するまで、副大統領が大統領代行として大統領職の権限と義務を遂行する。
第4節
副大統領及び行政各部の長官の過半数又は連邦議会が法律で定める他の機関の長の過半数が、上院の臨時議長及び下院議長に対し、大統領がその職務上の権限と義務を遂行することが出来ないという文書による申し立てを送付する時には、副大統領は直ちに大統領代行として、大統領職の権限と義務を遂行するものとする。
その後、大統領が上院の臨時議長及び下院議長に対し、不能が存在しないという文書による申し立てを送付する時には、大統領はその職務上の権限と義務を再び遂行する。
但し、副大統領及び行政各部の長官の過半数、又は連邦議会が法律で定める他の機関の長の過半数が、上院の臨時議長及び下院議長に対し、大統領がその職務上の権限と義務の遂行ができないという文書による申し立てを4日以内に送付する時は、この限りでない。
この場合、連邦議会は、開会中でない時には、48時間以内にその目的の為に会議を招集し、問題を決定する。
もし、連邦議会が後者の文書による申し立てを受理してから21日以内に、または議会が開会中でない時は会議招集の要求があってから21日以内に、両議院の3分の2の投票により、大統領がその職務上の権限と義務を遂行することができないと決定する場合は、副大統領が大統領代行としてその職務を継続する。
その反対の場合には、大統領はその職務上の権限と義務を再び行うものとする』(*1)
……
2022年3月12日土曜日。
夜、突如、大統領はゴールドシュミットを解任した。
全米三大ネットワークは、速報で報じる。
『―――ええっと、たった今、入って来た情報によりますと、
理由は、
「職務不履行」とのことです―――』
(合衆国通信社)
『―――ゴールドシュミット国務長官は、
「
と発言しました。
現在、
(大陸テレビジョン)
『―――大統領が認知症であるならば、憲法修正第25条第3節に該当する
任期途中の
又、
更に女性初の大統領にもなります』
(米国放送)
その後、
・国務長官
・司法長官
・司法副長官
等、閣僚がどんどん解任され、この日は、1973年10月20日―――『土曜日の夜の虐殺』以来の『2022年土曜日の虐殺』と呼ばれた。
翌日、日曜日。
テレビカメラの前のは、副大統領が居た。
父方の祖先がキューバで、母方のそれが中国である為、キューバ系とも中国系とも言える外見だ。
彼女の名は、カミラ。
アフリカ系、中国系、更には女性初の副大統領である。
白い歯を輝かせ、サラサラの直毛を
『―――昨晩、主治医に確認した所、大統領は認知症による攻撃性により閣僚の解任を乱発していました』
政権の弱点を副大統領が暴露するのは、異例中のことだ。
ただ、昨晩の虐殺により、元々あった大統領=認知症疑惑が高まり、遂には隠しきれなくなったのである。
『昨晩の攻撃性を見る限り、我々は残念ですが、大統領を「職務不適格」と判断し、合衆国憲法修正第25条に基づき、大統領を辞任させることに決定しました』
生放送、世界各国のSNSには、
———
『大統領 認知症』
『土曜日の夜の虐殺』
『第2のニクソン』
『合衆国憲法修正第25条』
———
等の単語がトレンド入りを果たす。
『―――私は、大統領を任期途中で病死したルーズベルトのようにさせたくはありません。
レーガンのような幸せ余生を過ごして頂きたいのです。
国民の皆様、どうか核のフットボールの権限を持つ者が、あれほど攻撃的なのは、外交上問題がある、とは言わざるを得ません。
核戦争を防ぐ為にも、私は今回、このような判断に至ったのです。
どうか御理解下さい』
その後、手続きは迅速に進み、カミラは、
・1945年のトルーマン副大統領が大統領に昇格して以来、77年振り
・副大統領から昇格した10人目の大統領
・アフリカ系では、13年振り2人目
・アジア系では、初
・女性初
と記録づくめの新大統領になった。
大統領が代わったことで、世界各国からは祝電が相次ぐ。
———
『大統領、おめでとうございます』
———
と。
その中身は定型文なので、
否、1か国は除いて。
「……」
カミラが、注目しているのは、同盟国・日本からの祝電。
中身は、他国とそれほど変わりは無いが、カミラには思う事があった。
(……アジアのイスラエル、か)
核保有国になったにも関わらず、日本はその事実に対し、否定も肯定もしていない。
その為、実際、どのくらいの品質なのか。
数はどのくらいなのか。
一切、分かっていないのだ。
CIAが調査に着手して以来、数か月経つものの掴むのは、偽情報ばかり。
これほど情報が無いと、本当はハッタリではないか? と勘ぐってしまいたくなるくらいだ。
「ゴールドシュミット」
「はい。大統領」
「貴方は何か掴んでいる?」
「推定6千発のみ、です」
「何故、情報が無いの? 日本のは筒抜けではないの?」
ゴールドシュミットは、諦め顔だ。
「それが、最近あった政変未遂事件で、情報統制がされ、例え同盟国であって、情報を開示しなくなりました。一応、圧力はかけているのですが、伊藤曰く、『在日米軍基地に搬入する』との一点張りで」
「! 我が軍が持つの?」
初耳だ。
「何故、私には、知らせなかったの?」
「情報漏洩対策です。FBIの調査では、政権内部にロシアの内通者が居る模様で」
「何と……」
然し、カミラは知らなかった。
これもゴールドシュミットの策略であることを。
(秘密は小出しにな)
ルーズベルトが原爆計画を推し進めていたが、トルーマンは、何も知らなかった。
トルーマンが知ったのはルーズベルトが病死して、自分が大統領に昇格した時のことだ(*2)。
「この伊藤は、ファシストらしいけど?」
「それはありません」
「どうして?」
「日本は、あの戦争で大陸に手を出すことが如何に不利益か多くの代償を払って学びました。今後、大陸に進出することは、ほぼ無いかと。伊藤もスイスのような国防を目指しているので、日本が第三帝国になることは現時点では、有り得ません」
「……その核兵器の管理を在日米軍に任す、というのは?」
「非核三原則がありますからね。それを調整するまでの間は、在日米軍基地内で保管することで、批判をかわす狙いがあるのでしょう」
在日米軍基地は、アメリカの領域だ。
日本の司法は、遠く及ばない。
「・横須賀
・佐世保
・横田
・嘉手納
・三沢
・岩国
の六つに配備される予定です」
「数は?」
「今の所、まだ協議段階です。ただ、改憲後に管理が
「分かったわ。会って確かめたい」
「では、そのように、日程を調整します」
「御願い」
去年の五輪では、新型ウィルスを懸念して大統領は、訪日を見送った。
当時、副大統領であったカミラは、政務をこなしつつ、アメリカ選手団の活躍に興奮したものだ。
(ついでに観光を楽しむものもいいね)
『【カミラ副大統領が大統領に昇格】
アメリカで女性初の大統領がこの度、誕生した。
キューバと中国に出自を持つカミラ氏である。
前大統領の下では副大統領として補佐に徹し、余り表舞台に立つことを好まず、「地味」であったが、今回の緊急登板でその手腕が問われる。
ルーズベルト大統領の後任であるトルーマン大統領は、就任直後、周囲の人々から、
「君は選挙を経ていないから、今後の舵取り次第では、全国民を敵に回す恐れがある」
と釘を刺された(*2)。
この時の心理的圧力が後の原爆投下の決断に繋がったのかは、定かではない。
然し、棚から牡丹餅で戦勝の英雄になったトルーマン大統領は、2期目の選挙もシカゴ紙が世紀の大誤報を出す等、すったもんだがあったが、大勝し、無事2期8年を務めあげている。
一方で、ウォーターゲート事件(1972年)で辞任(1974年)したニクソン大統領の後任のフォード大統領は、事件が尾を引き、1976年の選挙では、対立候補に惜敗。
令和4(2022)年現在、「大統領選挙で未勝利の大統領」という不名誉な記録を持っている。
トルーマン大統領のように英雄になれるか。
フォード大統領のように短命政権に終わるのか。
今後、その政権運営に注目が集まる』
———
「……」
国営紙の社説を読み終えた俺は、それをシャロンに渡す。
アメリカに出自を持つ者として、一応は、この出来事に注目していたのだ。
「パパ、大統領が代わったね?」
「そうだな」
「この人、大丈夫かな?」
「というと?」
「ほら、前の時もあったし」
「……ああ、そうだな」
シャロンの言葉に俺は、思い出す。
2009年、アメリカで初めてアフリカ系の大統領が誕生する直前、白人至上主義者による暗殺未遂事件が報道された。
容疑者の2人は、沢山のアフリカ系を殺害した後、候補を暗殺する計画を練っていたのだ(*3)。
肌の色だけで暗殺の対象になる。
アメリカの人種差別が無くならない訳だ。
その後、自国第一主義を掲げる者が大統領になったことで、アメリカの人種はより、分断され、白人至上主義者の憎悪犯罪が以前より目立つようになっている。
「それにテムカセの呪いも気になるし」
「あー……」
テムカセの呪い―――西暦で20年の倍数に当たる年に大統領選挙で勝利した大統領を襲う災難だ。
科学的な根拠が無い為、都市伝説、と言えるだろうが、実際、多くの被害者が出ているので、信じている者も多い。
例
1840年 ハリソン →翌年、大統領就任式後に風邪を発症し、病死。
1860年 リンカーン →1865年、暗殺。
1880年 ガーフィールド→翌年、暗殺。
1900年 マッキンリー →翌年、暗殺。
1920年 ハーディング →1923年、心臓発作で死去。
1940年 ルーズベルト →1945年、脳溢血で死去。
1960年 ケネディ →1963年、暗殺。
1980年 レーガン →翌年、暗殺未遂。
……
2020年 前大統領 →2021年、骨折。
2022年、認知症で辞任。
1980年以降は、呪いの効果が薄まっているようだが、内容を見る限り、完全に無くなった訳では無い為、油断大敵だろう。
「パパは、呪いを信じる?」
「あるだろうな。こっちでは、言霊ってのがあるように」
「無事に任期を過ごせたらいいね」
「そうだな」
俺達は、カミラが無事であることを祈るのであった。
[参考文献・出典]
*1:アメリカ合衆国憲法修正第25条
*2:『その時歴史が動いた』2001年7月25日
前編「米ソの攻防 〜原爆投下・トルーマンの決断〜」
*3:AFP 2008年10月29日
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