第135話 LOVE&LIES

 富田は、逃げていた。

「ひ……ひ」

 同志達は皆、戦死し、生存者は自分のみ。

 同じく逃げているムラートだが、チェチェン紛争でロシア軍相手に戦っている為、体力がある。

 富田を置いてどんどん逃げていく。

「ま、待って……」

「……」

 パルクールのように岩々を飛び越えていく。

 コーカサス山脈で鍛えた結果だろう。

「居たぞ!」

「捕らえろ!」

 突撃隊のヘリコプターが、前方監視赤外線熱線暗視装置で発見。

 麻酔銃で撃ちこむ。

「ぐふ!」

 富田の背中に刺突し、一気に体全体に回る。

 倒れた富田に網が被せられた。

「隊長」

「うむ」

 ラインハルトが、ゆっくりと近付く。

 ムラートの姿は、もう見えない。

 山岳地帯を得意としているだけあって、流石だろう。

「追いますか?」

「いや、無理は禁物だ」

 深追いすればするほど、逆転される可能性がある。

 日中戦争の際、日本軍は、大陸で連戦連勝であったが、深追いし過ぎたのが、敗因の一つになった。

 富田を回収して、ヘリコプターは去っていく。


「……?」

 富田が目覚めると、両手足に激痛が走った。

 見ると、

「!」

 あろうことか、

「な!?」

 手足の切断部分は、止血され、だるま状態だ。

「何で!」

「黙れ」

 白衣のスヴェンに顎を掴まれる。

「少佐、もう少し若いのは、用意出来なかったんですかい?」

「移植希望者に年齢は分からんよ」

 煉は、防腐処理された両手足を綺麗に梱包していた。 

 ヤクザが続けて尋ねる。

「はぁ……それで、そっちはどうするんで?」

脚フェティシズムポドフィリアって知ってるか?」

「ぽど……? いえ」

「要は、脚に性的興奮を覚えることだよ」

「! まさか」

 ヤクザは、ドン引きした。

「そうだよ。世の中には、そういう性癖が居るってことさ」

 性癖は、十人十色。

 架空フィクションだが、『モナリザ』の手を見て勃起した漫画の登場人物も居る。

 胸部や臀部が多数派だろうが、世界は広いのである。

 多様性が叫ばれている昨今、このようなフェティシズムも何れは、理解されるような時代が来るのかもしれない。

老人性愛ジェロントフィリア脚フェティシズムポドフィリアに売るんだよ」

「……」

 片仮名ばかりでヤクザの思考は、既に停止していた。

 クーラーボックスに入れられた両手足は、そのままされていく。

「……少佐、言っちゃ悪いですが、あんたはサイコパスですな?」

「そうか?」

 煉は嗤い、富田を見た。

 そして、チェーンソーを握る。

「おい、嘘だろ?」

「嘘で態々わざわざ、ホームセンターまで行ってチェーンソーは買わんよ」

「……!」

 目を背ける。

 その先には、バラバラになった肉塊が。

「お前、まさか!」

「生き胴をしてみたよ」

「……」

 ヤクザが、エチケット袋を持って退室。

 ヤクザであっても堪えれなかったようだ。

 スヴェンが手榴弾を持って来た。

「師匠、生き胴よりも、最近、観た映画のシーンをやりたいです」

「生き胴は、飽きた?」

「正直に申し上げますと……はい」

「分かった。じゃあ、そっちだな」

 煉は、チェーンソーをしまい、代わりに手榴弾を受け取る。

 そして、富田の前まで来る。

「映画って口だったっけ?」

「そうですね」

「じゃあ、俺達は、日本人らしく腹で行こう」

「切腹ですか?」

「そういうことだ」

 メスを握り、そのまま外科医のように腹を切り裂く。

「!」

 熱を感じた後に富田に痛みが襲う。

「綺麗な臓物だな」

「でも、年相応に汚いですね」

「そうだな。脳味噌は綺麗に残ると思うから、その時は、売ろう」

「はい」

 腹の奥深くに手榴弾がしまわれる。

 そして、ピンが外された。

「!」

 激痛と異物感に富田は、悶える。

 然し、手が無い為、自力で取り出すことは出来ない。

 2人は、離れていく。

「師匠、何故、日本人は、切腹を好むんですか?」

「日本人というか武士だな。腹に魂がある、と古くから信じられていたんだよ」

「腹に?」

「ああ。んで、切腹は、常人には耐え難い苦痛が伴う。武士以外の人間は、泣いて逃げ出すレベルだ。それに耐え得るのが、武士なんだよ」

 赤穂浪士の事件でも、彼等は斬首刑よりも切腹を望んだ。

 苦痛からすると、斬首の方が楽なのにも関わらず、だ。

 それ程、武士は切腹に拘るのである。

 その様は、余りにも凄惨な為、執行人が早めに介錯する場合もあるのだが。

 兎にも角にも、武士は切腹>斬首なのである。

 談笑していると、爆音が轟く。

 振り返ると、富田は腹を爆散して死んでいた。

「脳味噌、残っているな」

「口だと残り難いでしょうですしね。師匠の好判断です」

「有難う。じゃあ、摘出するぞ」

「はい」

 2人は、テキパキと作業に移るのであった。

 

 数時間後、解体作業が終わり、富田は、されていく。

 残った部位が、何に使用されるかは、俺は知らないし、興味が無い。

 研究機関か臓器移植か、収集家か……

 どれにせよ、知る必要の無い事Need not to knowだ。

 明け方、ホテルに戻る。

 返り血の付いた軍服は、大使館で捨てて着替えた為、警察に押収されることはない。

「じゃあ、解散」

「えへへ♡」

「うふふふ♡」

 解散と同時に、シャロンとスヴェンは、俺の手を握る。

 そして、一緒に寝室に向かう。

 シーラ、ナタリーの殺気が怖く、エレーナの興味津々な視線も気になるが、それはさておいて。

 今は、こっちが優先だ。

 寝室のベッドでは、既に、

・司

・オリビア

・シャルロット

・ライカ

・皐月

 が、寝ていた。

 昨晩、同衾して以降、そのまんまだ。

 途中で起きないよう、強めの催眠ガスの御蔭である。

 ベッドに入ると、

「たっ君♡」

「勇者様♡」

 俺を模したダッチワイフを抱いていた2人は、ダッチワイフを投げ捨てて、俺に抱き着く。

 夢の中でも、判別が出来るのは、凄い事だ。

 シャルロットが起きる。

「煉?」

「御免ね」

「うん……」

 シャルロットは、俺の胸部を枕にし、寝る。

「何処行ってたの?」

「トイレ」

「愛人と愛娘を連れて」

「連れションだよ」

「……もう」

 スヴェン、シャロンも胸板に寝る。

 両脇に正妻、胸部に、愛人X2と愛娘。

 非常に暑苦しい。

「……」

 俺は、リモコンに手を伸ばし、冷房をつける。

「パパ♡ 愛してる♡」

「俺もだよ」

 シャロンとキスすると、シャルロットが不機嫌になる。

「娘と……気色悪い」

「娘だけど、血の繋がりは無いよ」

「そうだけど……」

「大丈夫だよ」

 シャルロットの頭を撫でる。

「君も愛してるから」

「……知ってる」

 シャルロットは、俺に口付けすると、そのまま、首を絞める。

 力が弱い為、苦痛は無い。

 それでも、心を痛めていた。

「貴方が死んだら、私も後を追うから」

「分かってる」

 DVで病んだ彼女は、自分で言うのも何だが、俺が精神的支柱になっている。

 それから涙をこぼし、涙と鼻水を俺の顔に押し付けるのであった。


 翌朝。

 俺は、起床する。

 明け方に帰って仮眠した為、睡眠時間は、1~2時間くらいだろうか。

 余り眠れなかったのは、久し振りに戦闘を経験し、アドレナリンが出て気が昂ぶり、結果、不眠になったのかもしれない。

 まだ女性陣の多くは寝ている為、慎重にベッドから脱出だ。

 居ないのは、ライカとオリビアのみ。

 ライカは、朝食の準備。

 オリビアは、トイレだろうか。

「……」

 俺は、朝風呂の為に浴室に行く。

 扉を開けると、

「あ」

 シャワーをしていたオリビアとばっちり目が合った。

「勇者様、お早う御座います」

「おお、お早う」

 挨拶して、扉を締めようとするも、阻まられる。

「御一緒しましょ?」

 目力が凄い。

 まるで、獲物を見付けた虎の目だ。

 サバイバーが聴きたくなった。

「また、どうでも良いこと考えてますわね。夫婦なので、混浴は当然のことですわ」

 そう言って、オリビアは、俺の腕を引っ張り、そのまま浴槽に浸からせる。

「掛湯くらいさせてもらいませんかね?」

「潔癖症の勇者様のことですから無問題モウマンタイですわ」

 急に広東語。

 オリビアは、その双丘を俺の背中に押し付ける。

「昨晩、勇者様が、外出する夢を見ましたの」

「うん」

「それで無事、帰って来て下さったのですが、新しい女性を連れていました」

「……」

「『英雄色を好む』、と申します様に、わたくしは、勇者様の女性関係は問題視しない方針です」

「うん」

「ですが、その女性は、ナタリーだったのです」

「あいつが?」

「はい」

 オリビアは、背中を爪で引っ掻く。

 皮膚が割き、出血した。

 湯が沁みて痛い。

「んだよ?」

「夢で分かっていても怖かったんですわ。勇者様が、私より若い女性に惹かれるのは……嫌です」

「若いってそんなに―――」

 2回目の引っ掻き。

 何言っても、不信感のようだ。

 俺は振り返って、その目をじっと見る。

「な、なんですの……?」

 怒られる、とでも思ったのかオリビアは震えた。

「そう構えるな。怒ってないから」

「そう……ですの?」

「日本にはね。『女房と畳は新しいほうがよい』って諺があるんだと」

 ―――

『【女房と畳は新しい方が良い】

[意味] 何でも新しい方が気持ちが良いという例え。

[注釈] 新しいものは全て清々しくて美しいということ。

    男性本位であった封建時代の諺で、現代では畳屋以外の女性は機嫌を悪くす

    る可能性が高い為、堂々と使える場は少なくなっている。

[類義] 女房と菅笠は新しいほうが良い/女房と茄子は若いが良い

[対義]女房と米の飯には飽かぬ/女房と鍋釜は古いほど良い/

    女房と味噌は古い方が良い』(*1)

 ―――

 あくまでも諺なのだが、解釈の仕方によっては、

・年齢差別

・女性差別

 とも読み取れてしまい、現代では、公的な場では、使い辛いだろう。

 若しかしたら、今後は、女性客室乗務員スチュワーデスや看護婦等のように、死語になっていくかもしれない。

 当然、オリビアは、気分を害す。

「知っていますが、好きな諺ではないですわね」

「俺もだよ。もう一つ、フランスには、こんな諺がある―――『女とワインは古いほど良い』」

「!」

 これまた、使い方次第では、炎上しかねない諺だろう。

 これは、フランスで、女性はワインに例えられ、大人の女性は若い男性からの憧れを意味している(*2)。

 諺通りと言うべきか、実際にフランスの第25代大統領が15歳の時、同級生の母親であり教師であった女性(39)と恋に落ち、彼女の離婚が成立した翌年、大統領が29歳の時に正式に結婚した。

 39歳の女性教師と15歳の教え子の恋は、日本では、即アウトだろう。

 アメリカでは、児童ポルノとして刑務所行きだ。

 それでも、スキャンダルにはならず、愛を育んだ2人は、略奪愛とはいえ、純愛とも言えるだろう。

 尤も、フランス人は、政治家の恋愛に寛容だ。

 現大統領の前任者は、妻帯者でありながら女優との不倫を認めたが、それが理由に退陣とはならなかった。

 日本では、直近では、75代首相・宇野宗佑(1922~1998)は、女性問題が報じられ(捏造説あり)、それが原因で総選挙で大敗。

 責任を取って退陣した。

 アメリカの大統領も実習生との不倫が暴かれ、一時は、罷免されそうな勢いであったが、何とか任期を全うすることが出来た。

 閑話休題はここまでにして、俺は、オリビアを抱き締める。

「俺は新しいのも古いのもどっちも好みだ」

「!」

「でも、裏切ることはしないよ。現時点で満足しているから人員充足だよ」

「……本当ですか?」

「ああ」

 オリビアの背中を撫でる。

「勇者様……♡」

 トロンとした目。

「愛してるよ」

 俺達はキスをする。

 そして、浴室の電気を消すのであった。


[参考文献・出典]

 *1 故事ことわざ辞典 一部改定

 *2 ウーマンエキサイト 【「女とワインは古いほど良い」年齢とともに美しく

               なるために必要なこと】 2016年12月8日

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