第113話 Roots

 煉達が正月休みを過ごす中、ライカは独自に北大路家の出自に迫っていた。

 皐月の許可と協力を得て、家系図を辿っていく。

 そして、ある事を悟った。

(成程。渡来人が御先祖様なのね)

 北大路家は古代、『秦氏』を名乗っていた。

 秦氏は錦織等と共に渡来人を代表とする名字だ。

 然も、時の朝廷と繋がりが深い。

 当時の為政者と懇意にし、政権運営にも大きく影響を与えていた。

 もう一つ、ライカが注目したのは、その秦氏の起源だ。

 文献によれば、ユダヤ系、ともされている。

(ブラッドリー家もユダヤ系……偶然?)

 同じユダヤ系だからか、記憶転移が成功したのか。

 それとも、偶然なのか。

 ライカには、分からない。

 然し、先祖がはっきりした事で保守派を黙らす事が可能になった。

 これで「何処の馬の骨とも知れぬ奴」というのが、通用しない筈だ。

 然も、北大路家がユダヤ系ならば、親以派の王室は勿論の事、政府も文句が言えない。

 それ所か、大賛成する筈だ。

 オリビアとの結婚が、肯定される大きな前進と言えるだろう。

 ただ、同時にある問題が生まれてしまった。

(……イスラエルがどうするか?)

 スヴェンはイスラエルとの絶縁を公表されたが、残念ながらライカは、信じていない。

 それ所か、疑ってさえいる。

 帰還法、という世界でも稀な法律がある国だ。

 若しかしたら、スヴェンが送り込まれたのも、イスラエルが関与しているかもしれない。

 将来、煉を軍部又はモサドに招く為に。

 世界中に人脈と情報網を持つ彼等の事だ。

 既に煉の情報を何かしら、或いは全てを知っているかもしれない。

『もしもし?』

「!」

 振り返ると、ナタリーが扉にもたれ、こちらを見詰めていた。

「え? どうやって?」

『最近、貴女が少佐の情報を調べている事を知ってね』

「! 誰から?」

『ラングレーよ。全く、人使いの荒い組織だ事。スノーデンみたいに亡命しちゃっおかな?』

 危ない冗談ジョークだ。

 偏執病の長官が聴いていたら、激怒していた事だろう。

『友達のよしみよ。どう? 欲しい?』

「有難う!」

 感謝し、ライカは、報告書を奪う。

 そして、中身を見た。

 大方、自分が調べ上げた情報と殆ど同じだ。

 CIAでも同様の結果だから、限りなく真実だろう。

 否、最後の一つを除いては。

 ―――

『【ブラッドリー家】

 先祖は、英国王室の分家。

 現在の王室との戦争に敗れ、平民に転落。

 その後、新大陸に移住し、そこで米英戦争で戦果を挙げ、アメリカの独立に貢献する。

 独立後は、軍人一家として代々、多くの優れた人材を輩出。

 子孫は、米墨戦争、米西戦争、WWI、WWIIで活躍。

 特にWWIIでは、日系人部隊の指揮官を務め、欧州戦線で戦功を重ねる。

 戦後は、日系人の地位向上に努めた』

 ―――

 ライカは、確認した。

「最後のは、本当?」

『そうよ。若しかしたら、記憶転移は、運命だったのかもね? 余り非科学的な事は信じたくはないけれど、欧州で戦死した日系人の想いが、少佐とこの家を引き合わせたのかも』

「……」

 状況証拠でしかないが、これ程、証拠が揃ってしまえば、ナタリーの言う様に、煉が転生したのは、「運命」だったかもしれない。

 ナタリーは、続ける。

『輪廻転生を信じないお偉いさんは、失笑しているけどね。まぁ、死生観が違うから理解し難いんだろうけども』

「……」

 ライカが熱心なキリスト教徒だったら、彼等と同じく失笑していただろう。

『少佐は、これからどうなるの?』

「陛下次第。陛下は、王族にさせたがっているよ」

『遠くに行くのは嫌だな』

 ぽつりと、ナタリーは呟いた。


 CIAは俺の家系図を勝手に調べ上げたが、生憎、俺の先祖は平民だ。

 ブラッドリー家の先祖が王室、という事は有り得ない。

 出自がイギリスにあるのは事実だが、決して名家ではない。

 断言出来るのは、若し、没落しているのであれば、先祖代々、その事が口伝えしている筈だからだ。

 又、名家にはある家紋も我が家には無い。

 日本では各家に家紋があるが、あれは外国では珍しい事だ。

 家紋がある家は大抵、王室と言った名家だからだ。

 その為、家系図があり、家紋まで有する日本の家は、場合によっては羨ましがられる事がある。

 かく言う俺も転生直後は、驚き、北大路家が王室ロイヤルと勘違いしたほどであった。

 報告者のシャロンは、不快感を示す。

「勝手に調べるなんて無礼だよね?」

「まぁな。気持ち良い事ではない」

 ナタリーは、CIA。

 シャロンは、無所属だが、つてはある。

 それによれば、CIA内部でも強硬派と穏健派が居るらしく、両派は俺の扱いを巡って対立状態にあるそうな。

 強硬派は、俺に米国籍を押し付け、国の為に働かせたい。

 一方、穏健派は、平和的に接触し、最後は強硬派と同じだが、CIAの現地工作員としてスカウトしたい。

 どちらも国家機関の為、最終的な目的は同じだが、それまでの方法に差異がある。

 冷戦時代ならば、強硬派の様なやり方が通用したのかもしれないが、穏健派は。アフガニスタンやイラク等での反省を踏まえ、穏便に事を運びたいのだ。

「でも、どうして、先祖が王室なんだろ?」

「多分、何処かで改竄されたんだろうな」

「犯人は、ラングレー?」

「多分」

「理由は、イギリス?」

「多分な」

 俺の先祖が英国王室の分家として、イギリスへの影響を強めたいのかもしれない。

 実際、英国王室から離脱した王子と結婚したアメリカ人を通じて、アメリカは、対英政策を決める事を主張する政治家まで居る。

 共和制の国だからこそ、君主制への敬意が欠けているのかもしれない。

 日本でも血筋を政治利用する場合がある。

 豊臣秀吉も、農民の家柄だったにも関わらず、名家の家柄を自称し、関白の地位を得た。

 現代では、法の下の平等の為、誰しも権力者になれる好機はあるが、当時は規則上、低位者は関白になれなかったのだ。

 その様な事情が自称したのである。

「でも、噓から出た実だったら良いね?」

「そうか?」

「うん。考えてみなよ。若し、そうだったらパパは皇太子で私は、皇女だよ。憧れない?」

「……う~ん」

 肯定したいが、シルビアの多忙さと精神的苦痛を目の前で見ていた為、王族に憧れる気持ちは一切無い。

 生まれた時点で、衣食住は約束されてはいるものの、「伝統」を理由に制限される事が多いのだ。

 日本のある天皇も、小学生時代、学校で同級生達が綽名で呼び合っている事を羨ましがり、自身もその様に御願いした、とされる逸話を聞いた事がある。

 又、皇太子時代、イギリスに留学していたある天皇は、イギリスでの自由な生活を満喫した事を著書で御紹介されている。

 ないものねだりする気持ちは分からないではないが、実際になってみると、様々な苦労を感じて、結局、平民が最良、と感じるかもしれない。

 少なくとも俺には、あの様な束縛された生活と、国民からのプレッシャーには耐えられない。

 王族、皇族はそれに耐え得る我慢強さと精神力が無ければ務まらないだろう。

「パパって無欲だね? 皇太子、格好良いと思うけど」

「貴族でも嫌々だから俺には不釣り合いだよ。平民が1番だ。シャロンには、皇女、似合っているかも」

「え~。パパと一緒が良いよ」

 シャロンは、俺の隣に座ると、不可視の王冠を被せてくれる。

「有難う。でも、王冠って国王じゃね?」

「細かい所気にし過ぎ。パパのの穴は小さいね」

「こら、女の子がそんな下品な事言うもんじゃない。お嫁に行けなくなるよ?」

「パパに嫁ぐからセーフ」

 シャロンは微笑んで、俺を押し倒すのであった。

 

 北大路皐月は、保守派の医師ではあるものの、同性婚合法化に賛成する等、「全面的な保守派」とは言い難い。

 その為、同性婚反対派からは、嫌われている。

「正月から元気なことね」

 殺人予告に皐月は、呆れ笑う。

『売国奴め。死ね』

 ど直球な表現は、最初こそ驚いたものの、今は季節の挨拶状並に慣れた。

 左派からは、「右翼」と罵られ、右派からは、「売国奴」と言われる。

 これぞ、中道ではなかろうか。

 俺が転生する前は、極右派が抗議に来た事もあったそうな。

 その為、警察官立ち寄り所になっており、不定期に警察が来る事もある。

 これは、防犯、という観点が主なのだが、実際には、「監視」の意味もあった。

 病院の近くに繁華街という事もあり、所謂、反社会的勢力も通院するからだ。

 病院、という性格上、相手がヤクザでも、治療を拒む事は難しい。

 指詰めをしたヤクザや拷問に遭い、放置された半グレも急患として来ることもある。

 なので、情報収集の為にも警察官は、来るのだ。

「煉、去年は、何通来た?」

「3千通」

「1日100通ペースね」

 これでも全盛期―――昔と比べると少なくなった方だ。

 LGBTにまだまだ関心が薄かった頃、同性愛嫌悪ホモフォビアを掲げる人々から1日1千通ペースで殺人予告が送られて来た事を考えると、丁度、10分の1にまで減った感じだ。

「全部、纏めて、今まで通り警察署に郵送して」

「分かった」

 病院だけあって、年賀状が沢山来る分、その様な悪質な手紙も多い。

 煉が、院内でも帯銃しているのは、皐月の警護の意味もあった。

 脅迫状を纏めて段ボール箱に収めた後、俺は、皐月と共に院内を診て回る。

 回診には、司も一緒だ。

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